30.カカオと砂糖と愛情と
side:水橋雫
今日の放課後は料理研究会の活動場所、家庭科室に来ている。
3年生の引退後は、鞠ちゃんが会長になった。
「ボクのわがまま、聞いてくれてありがとう」
「ううん。雫ちゃんならいつでも歓迎するよ」
ボクは部活や研究会には所属していない。
だけど、鞠ちゃんのおかげでここに招いてもらえた。
「それじゃ、早速始めよっか」
「うん」
もうすぐボクにとって、そして怜二君にとっても大切な日が来る。
定番も定番なのに、今までずっと縁がなかったから忘れかけてた。
「みんな注目。今日はバレンタインに向け、手作りチョコを作ります」
お菓子作りの経験はないけど、怜二君に渡すチョコは手作りにしたい。
ということで、鞠ちゃんと料研の皆の力を借りることにした。
事に気づいたのは1月が終わる頃。
正月気分も抜け、いつも通りの日常が……と言うには少し騒がしい日々が。
何せ先輩方はセンター試験を終え、志望校を選定する時期だから。
うちは一応進学校だけど……何か『自称』進学校っぽいから……
「先輩から聞いたんだけどさー、国立行け国立行けってうるさいと。
こっちはあんたらの実績の為にやってねーっての」
「先生方のいい加減さも大概にして欲しいものね。
大学選びほどその後の人生に大きく関わるものはないというのに」
変に躍起になっているというか、何というか。
大問題で懲戒免職出すわ、その隠蔽を図るわ、職務中に酒盛りするわと、
およそ教師とはとても思えない醜態の数々はここでもなお。
この学校で信頼できる先生は、上田先生辺りの2、3人しかいない。
「てゆーか、もっと近くに一大イベントあるじゃないの。ねぇおシズ?」
「え……?」
全く思い当たる節がない。
学校行事の大体は2学期にあるものだったし、冬場に何かあったかな……?
「知らんぷりしちゃって。藤くんに渡すんでしょ、ア・レ」
「怜二君に……?」
誕生日はまだ先だし、去年、ボクと一緒に怜二君のお祝いもした。
クリスマスも過ぎたし、これから先に何かを渡す……あっ!
「……バレンタイン?」
「そう! さてさて、女神様の本命チョコはどう決めてくれるのか!
こーれは一大事でっせー!」
ボクの馬鹿! 何でこんな大事なこと忘れてたの!?
去年は鞠ちゃんから貰ったのとか、売れ残りで安くなったチョコとかで、
完全に『食べる人』の位置だったけど、今年は違う!
怜二君の為に『渡す人』にならなきゃ!
「で、おシズは確定だけど皆さんは? あたしは食べる人!」
「私は作る人かな。料研で皆の分を作るから」
「渡す人がいなくなったから、私はいつも通りね」
「バレンタインコラボでチョコエッグが発売されるらしくて!
20種類のノーマルは箱買いすれば当確で入ってるんだけど
公式でも明かされてないシークレットレアは単品にしか入ってないから
サーチ能力か圧倒的な経済力のどちらかが必要となるけども
ここは正攻法でちゃんとお金を落としてこそ……」
「貰えないから『買う人』は男子連中にそこそこいそうだけど、
『爆買いする人』はヒナ以外にいないって」
プレゼント用のチョコを買って渡すこともできるし、
味の面で言ったら間違いなくそっちの方がいい。
だけど……彼氏の為に手作りチョコを作って渡すことは、
ボクが憧れてたシチュエーションの中では1、2を争う。
「ねぇ、鞠ちゃん。お願いがあるんだけど」
「なにかな?」
「今日の放課後……チョコレートの作り方、教えてくれない?」
作り方自体は本やインターネットで調べることはできるけど、
誰かに教わってもらった方がいいし、今なら……
「それなら料研に来てよ。丁度バレンタインに向けた活動するつもりだったし。
皆で一緒にチョコ作ろっ♪」
「……ありがとう!」
友達がいるのって、本当に嬉しいな。
怜二君……美味しいチョコ、作るからね。
ということで、鞠ちゃんと料理研究会の皆に協力してもらえることになった。
部外者のボクも温かく迎え入れてくれて、心強いことこの上ない。
「さて、一般に手作りチョコは『溶かして固めるだけ』と言われがちですが、
実はそれが難しかったりします。知っている人もいると思いますが、
各テーブルに資料として用意した板チョコの注意書きを見て下さい」
これはボクも知ってる。意外とその作業は簡単ではない。
溶かすことと固めること自体は難しくないけど、それだけだと。
「『ブルーミング現象』という言葉がありますね。溶かし方や固め方、
その他にも保管方法や環境等によって、チョコが白くなることがあります。
そうなると風味や食感で劣りますし、見た目にもよいものではありません。
今回作る手作りチョコは『丁寧に溶かし、丁寧に固める』ことを大切に、
皆で協力していきましょう」
お母さんが言っていた。
「『手作りチョコって溶かして固めるだけだろ?』とか言われたら呼びなさい。
溶かしたてアッツアツのチョコを塗りたくってやるから」って。
怜二君ならまずありえないけど、前島君とかだと言いそう。
神楽坂君は表面上は嬉しそうにして、見えないとこで愚痴るタイプか。
「では、まずはテンパリングから行います。素材チョコを用意し、
湯煎の準備を始めましょう」
さて、それじゃ頑張らないとね。それと明日は怜二君にチョコの好みを聞こう。
チョコの種類一つとっても、ビターからスイートまで色々だしね。




