27.リアルバイノーラル
耳は五感の一つである聴覚を司る、繊細な器官だ。
その内部を自分で見ることは基本的には不可能。
故に、耳かきは他の誰かが行うのがいい。
そして、それは己の一部を誰かに預ける行為であって。
「結構溜まってるね。自分でしたことある?」
「綿棒でちょっと擦ったことはあるけど、怖くて。
小指で掻いたりするぐらいかな」
「分かるなぁ。ボクもお母さんにお願いしてるし。
それじゃ今日はしっかり取ろうか」
至極当然のことだが、それができるぐらいには信頼してる。
じゃ、任せたぜ。
「ティッシュを用意して、と。それじゃ行くよー」
ガサガサ、ゴソゴソと耳かきと耳垢が擦れる音。
普通は触れられることのない場所を触れられるのは、怖くもある。
しかし、そこに雫の耳かきという要素が掛け合わされれば、
そんな恐怖はこの気持ちよさを引き立てるスパイスに早変わり。
やってることは普通のことなのに、何故背徳感があるのだろう。
「痛くない?」
「全く」
むしろめちゃくちゃ気持ちいい。
触覚もそうなんだが、雫の耳かきは音さえもヒーリング効果があるかのよう。
丁寧な耳かきそのものによるガサゴソという擦れの音は勿論だが、
とりわけ時折聞こえる呼吸音から一生懸命さが伝わり、精神的にも安らげる。
「ふぅ……ん、大きいの取れそう」
少しだけ強く、しかし痛みを感じないように擦り上げる。
数秒後、うまく捕まえることができたようで。
「取れたっと。見る?」
「いや、別にいい」
「分かった」
脇に用意したティッシュに耳垢を落とし、もう一度耳の中へ。
大きなものが取れた影響か、音が少しだけ静かになった。
「後は仕上げかな。梵天入れるよー」
「あぁ」
綿毛特有の耳かきより重めで、なおかつ様々な種類の音が鳴る。
これで、表面に残った耳垢も綺麗に取れる。
「そういえばさ、これって綿じゃないらしいんだよね」
「え、そうなのか?」
「うん。これって鳥の羽なんだって」
「へぇ、羽毛なのか」
雫の豆知識を聞きながら、ボソボソ、ボソボソ。
一頻り拭き終わり、今度は右耳かと思ったら。
「ふーっ」
(っ!?)
雫の吐息が耳の奥へ入り、鼓膜を揺らす。
直接触れられた訳でもないのに、耳どころか脳まで犯されるような、
感じたことのない奇妙な感覚に思わず身震いをすると。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
「うぉぉ……」
立て続けに二回、三回、四回。
俺が困惑しているのを知ってか知らずか、繰り返された。
「はい、これで綺麗になったよ」
「あ、あぁ……」
どうやら、梵天で払いきれなかった残りを吹き飛ばすつもりだったらしい。
善意でやってくれたことなんだろうけど、これはあまりにも……
「じゃ、今度は右だね。ちょっと移動できる?」
「えぇっと、こんな感じ?」
「うん。それじゃこっちもマッサージから始めるね」
ふにふにと耳を揉み解されながら、工程はまだ半分であることに気づく。
つまり、今度は右耳にさっきのが来るのか……大丈夫だろうか。
「よし、こんな感じかな」
右耳の掃除も終わり、最後の仕上げの梵天が入る。
これで細かい耳垢を除去された後は、吐息が来る。
(覚悟は決まってる)
なるべく無様な姿は晒さないようにしよう。
雫はあくまで、俺の耳を綺麗にする為にやっているんだ。
……梵天が抜かれた!
「ふーっ」
(っ……)
覚悟は決めていても、クるものはクる。
だが、さっき一度経験したことだ。それなら問題ない。
後は礼の言葉を言えば……
「……はーっ」
「おぉうっ!?」
突然、雫の吐く息の質が変化した。
梵天で取れなかった耳垢を払う為のものではなく、熱っぽい吐息が耳に。
予想外過ぎて思わず変な声が出てしまった。
「ふーっ、はーっ、ふーっ、はーっ」
「ふぇっ、ふぃっ!? ふぁっ、ふはっ!?」
一度出てしまった声は止まらない。しかも雫は2種類の吐息を使い分けてる。
今更気づいたが、こいつ……俺の耳で遊んでるな!?
今日はここでイタズラっ子な部分出して来たな!?
「ふっ、ふーっ、はーっ、ふっ」
「おっ、ちょっ、待っ、おい!?」
更に緩急までつけてきて、2×2の4種類に進化。
急激に増える攻撃パターンに全く対応できず、弄ばれるばかり。
「ふーぅっ、ふっ、はーぁっ」
「待て! 待ってくれ! 頼むから!」
ここに来てまだ変化の付け方があった。
遠くから急に近くに来たり、ずっと近くで息を吐いたり。
距離の遠近でさらに二倍、いや、近づくスピード等も考えたらもっとだ。
吐息一つで何十種類の責めが繰り出せるんだよ……!
「ふーっ、はーっ……ふふ、ふふっ」
この楽しげな声はいつものそれではない。悪い意味でキマってる。
圧倒的優位に立っていることを自覚している、捕食者の笑みだ。
「こんなとこに、弱点あったんだぁ……ふーっ♪」
耳の奥は脳と繋がっている。信頼できない相手に預けられる場所ではない。
雫はその信頼に応え、しっかりと耳かきをしてくれたが……こうなるとは。
「楽しかったー♪」
(…………………………)
ツッコミ入れる気力もない。雫の吐息責めは脳に効きすぎた。
言葉にドキドキすることはあれど、物理的にゾクゾク来たのは初めて。
『彼女』になった雫の変化には毎回驚かされる。
「気持ちよかった?」
「……どちらかと言えば、疲れた」
「そっか。それじゃここにどうぞ」
目の前には雫の膝が。あぁ、膝枕だけなら普通にできるか。
それじゃ、しばらく休ませてもらうか。
「怜二君、向き違うよ?」
「へ?」
耳掃除はもう終わったんだから、どっちの耳を向けても問題ないはず。
それとも雫にはこだわりがあるのか?
「ほら、こっち」
(……?)
言われるがまま頭を動かすと、そこにあったのはとても柔らかいもので。
「で、こう」
(ちょっ!?)
それとは別の柔らかさが、頭上からも来て。
「はい、完成」
太もも、お腹、胸。
雫の女の子らしい柔らかな箇所三点で、俺の頭は完全にロックされた。




