26.恋人のお耳
カップルとしてベタなことを一つずつやりたい。
それが、俺と雫の共通の考え。
「で、何がしたいんだ?」
週末に呼ばれたので、雫の部屋へ。
どうやらやりたいことがあるらしい。
「何だと思う?」
「うーん……ノーヒントじゃ浮かばんな」
「怜二君はやったことあるけど、ボクがまだしてないこと」
俺と雫で経験の有無があるとな。
となると何だろう。男女ゆえにというのは関係ないだろうな。
やりたいってことは俺がやっても雫がやってもいいことだろうし。
「一緒にRPGやるとか?」
「違うよ。もう一個ヒント出すね」
そう言うと引き出しから何かを取り出した。
先端が少し曲がっていて、その逆側には白いふさふさしたものがついた棒。
……ということは。
「耳掃除?」
「半分正解。答えは……」
ベッドに腰かけ、太ももをポンポンと叩く。
確かに、雫から見ると『された』ことはあっても『した』ことはない。
「はい、頭をここに」
膝枕で耳かき。これは確かにベタかつやりたい行為の一つ。
海やら遊園地やらで俺が雫に膝を貸したことはあるが、
その逆はなかったし、憧れの行為の一つ……なのだが。
「雫」
「?」
「一回考えてくれ。その服装でいいのか?」
現在の雫の服装は、これからやる行為を考えると問題がある。
上に着ている厚手のトレーナーは問題ない。これは普段着だろう。
問題は下の方であって……この季節に何でミニスカートなのかね。
「むしろこれ以外考えられないよ。ボクは怜二君の彼女だもん」
予想はしていたが、事も無げに言い切られた。
そうとなれば、受け入れる他に選択肢はない。
「……分かった。それじゃ頼むわ」
覚悟を決めて、雫の太ももにそっと頭を乗せる。
彼女とはいえ、女の子の膝枕なんて当然初めて。
一体どういう感触が……おぉ、これは。
(柔らかい……だけじゃない)
雫の太ももはその名称に反してあまり太くないが、『細い』と形容するのは間違い。
一番相応しいのは『引き締まっている』だろう。
それは即ち、日々の運動によってしっかりと鍛えられているということであり、
十分な筋肉が蓄えられているということを意味する。
(だが……)
筋肉には硬いイメージがあるが、それは力を入れている時の場合だ。
力を抜いた時は驚く程柔らかくなるのが、良質の筋肉だと言われている。
で、雫の太ももはそれを適度な脂肪とすべすべの柔肌が覆っている訳で。
「どう?」
「最高」
他の男子は夏場の体育の時間ぐらいしか見ることのできない、脚線美の上半分。
その感触は予想を遥かに超える極上の逸品。
直に接触している側頭部に密着し、多幸感で脳をふやけさせる。
(これは、ヤバイ)
この膝枕は危険だ。中毒性があまりにも高すぎる。
こんな状況で耳掃除までされたら、(脳内)麻薬過剰で捕まりかねん。
膝枕一つで、犯罪じみた心地よさまで……
「……あっ」
ぼんやりと夢心地でいたら、頭上から雫の声が。
何かに気づいたような感じだが、どうした?
「怜二君、ごめん」
「何が?」
「ボク、膝枕すると耳かきできないや」
「何で……」
聞こうとしたところで、その原因が思い当たった。
膝枕は耳かきをする側のベーシックな体勢だが、雫には不向き。
その理由は……
「もしかして、見えない?」
「……うん」
肩こり、男からの視線、着られる服の少なさと並ぶ悩みの一つ。
左耳辺りに感じるほのかな熱源は、下を向いた時の視界を奪うには十分だった。
「こんな感じで、膝寄りにしたらどうだ?」
「ギリギリ見えるけど、不安定で危ないよ?」
「それもそうか……」
雫の傍にいる度に、こうして新たな側面が見えてくる。
男からしたら魅力的でも、本人にとってはコンプレックスにもなるわな。
「ごめんね。この枕に頭乗せてもらえるかな? そしたらできるから」
「分かった。それじゃ頼む」
代わって置かれた青い枕に頭を乗せ、目を閉じる。
無理なことを無理してやる必要はない。耳かきだけでも幸せだ。
それに、この枕は普段使いなんだろう。微かに甘い香りを感じる。
ということは、これも実質膝枕みたいなもんだ。
「最初は耳のマッサージからするね」
耳かきが始まるかと思ったら、そのウォーミングアップからだった。
ここから入念にやってくれるとはありがたい。
「自分で試してはみたけど、痛かったら言ってね?」
「了解」
雫の指が、そっと俺の耳の上部を挟む。
事前に準備していたのか、ほんのりと温かい。
「まずはこうして……」
くい、くい、という感じで引っ張られる感覚。
無理の無い範囲で、力も丁度いい。
「こうすると血行が良くなって、自律神経が整うんだって。どうかな?」
「あぁ、気持ちいい」
「ふふっ、よかった」
だからなのかね、心臓が早鐘を打ちっぱなしなのは。
このドキドキ全開のシチュの中、血行まで良くなったらこうもなるか。
「で、この辺りが耳のツボ」
今度はぐっ、ぐっ、と押される感覚が。
爪も綺麗に切ったんだろう。痛みは一切無い。
「最後に全体をよーくほぐして……」
「おぉ……」
両手の親指と人差し指を使って、ぐにぐに、ぐりぐりと。
軟骨の部分は弱めに、耳たぶは強めにと、力の使い分けも完璧。
思わず声が漏れてしまう。
「はい、これでおしまい。それじゃ耳かきするね」
既にかなり気持ちよかったんだが、本番はここから。
ここまで来ると逆に不安だ。俺は俺を保っていられるだろうか……




