23.近未来予想図
俺と雫の分の食事が運ばれ、姉貴が出て行った後、鍵をかける。
施錠の音が鳴ったのと同時に、布団の中から雫が顔を出した。
「……死にたい」
「生きてくれ」
かまくらから亀に進化したが、この短時間で癒える訳がない。
俺に対してはノーガード戦法で問題なくても、他は別。
予想外のところから奇襲となれば、そりゃこうもなる。
「何で気づかなかったんだろ……」
「俺も気配で察知しただけだ」
そんなに仲はよくないとはいえ、血の繋がりのある姉だ。
同じ屋根の下で十数年も暮らしていれば、嫌でも色々身につく。
「食欲はあるか?」
「……うん。お腹は減ってる」
「じゃ、ちょっとだけ出るか」
「……うん」
元気は食から。
今は色々とキツいだろうし、ゆっくりするか。
藤田家の元日の夕食は、お雑煮と刺身が基本。
普通のうるち米が主食になるのはここから。
「美味しい」
「よかった」
俺が作った訳ではないが、食を楽しむ気持ちは出てきたらしい。
一歩一歩、着実に回復しているようだ。
「この後どうする? 帰るなら送るし、泊まってもいいし」
「うーん……一旦帰ろっかな。ボクの家にもお客さん来るし。
怜二君の家もそうでしょ?」
「まぁ、親戚は来るな」
「だよね。しばらくは電話にしよっか」
正月の挨拶周りがあるから、松の内までは来客が多くなる。
雫だったら365日いつでも大歓迎だが、その辺の都合もあるか。
「同棲始めたら、こんな感じなのかな」
「そう……だな」
日々のエネルギーを補給し、様々な味を楽しむ行為、食事。
そんな当たり前の日常に、雫がいる。
(それだけで、めちゃくちゃ幸せだ)
『幸せを噛み締める』という言葉があるが、毎食そうなるな。
そこに雫がいるなら、何だってご馳走になる。
「怜二君ってカレー好きなんだよね?」
「あぁ」
「作りたいんだけど、お弁当には難しいな……カレーコロッケとかは好き?」
「好きだな。雫が作ってくれるメシは全部好きだけど」
「嬉しい。それじゃなおのこと美味しいの作らなきゃ」
たまには、俺が弁当を作ってみたいな。
同棲するとなったら、家事も分担しないとならんし。
「そういえば、怜二君って苦手な食べ物ないんだっけ?」
「んー……まぁ、そうだな。何も浮かばない」
「おかげでメニュー決めるのが楽だよ。いつも完食してくれるし」
「愛する彼女の作ってくれた美味しい弁当だからな。
残せと言われても絶対に残さんよ」
「ありがとっ♪」
雫が作ってくれるならゲテモノでも食える。
流石にそういう方向に茶目っ気は出さないと思うが。
……ん、どうした雫。何故誰もいない場所を見つめてるんだ?
「ねぇ、怜二君。ボクと怜二君だけで食卓を囲むのもいいけどさ、
ちょっと寂しいとは思わない?」
「……? 別にそうとは思わないが」
雫と一緒に食事ができるのなら、そこに寂しさは感じない。
この質問は一体どういう意図が……あ、もしかして。
「ボクはもう二人……いや、三人ぐらい欲しいな」
「あぁうん、分かった。そういうことか……」
お腹の辺りをさすっているのを見て察した。
そういうことか。そういうことなら俺も欲しい。
「大学卒業したら、ね」
「あぁ。俺も頑張らないとな」
それそのものは雫にしかできないことだが、その為の補助として、
経済面・生活面といった部分で精一杯サポートするのは当然。
痛みを代わることはできなくても、できることをできる限りする。
それが愛する女を持つ男の義務であり、責任だ。
「だからさ、その……『練習』とか、必要じゃない?」
「……まだ酔ってるか?」
「そう見える?」
「いや全く」
素面であってもこうという辺り、この肉食さは元よりか。
雫の本質は根明で天真爛漫ということを考えると、ある種当然かも。
となると俺も、こじらせてられんが。
「雫。俺は男だ。それも健全な男子高校生。それだけは忘れないでくれ」
「分かった上で言ってるから安心して♪」
「それで安心できると思うか?」
「全然。安心させないのが目的だし、ボクはいつでも大歓迎だよ♪」
「……だよな。雫はそういうヤツだよな」
こういう流れの話は俺の必敗だし、この危なっかしさが雫の最大の魅力。
これが『惚れた弱み』ってヤツなのかねぇ……
夕食を食べ終え、下げ膳をして、雫と共に玄関へ。
時間で言えばそれほどでもないが、夜道を一人で歩かせる訳にはいかない。
「遅くまですいません。ご馳走様でした」
「いいのいいの。お粗末さまでした。またいらっしゃいな」
「えぇ、近い内に失礼します」
「失礼するなら来て欲しくないわね」
「あ……えっと、また来ます」
「正解!」
「母さん……」
うちの母さんはこういうタイプではなかったはずなんだが、
これは渚さんに染められたと見るべきか。
雫もこんな感じでげんなりしてたんだろうな。
「それでは、また」
「はい、またねー」
雫と共に外に出て、手を繋ぐ。
お互いに面倒な母親を持つことになったのも、共有行為の一つか。
同じ気持ちを実感できるという点だけ見るなら、むしろ喜ぶべき。
……素直には、喜べないが。
「一年の計は元旦にあり。今年もいい年になりそう♪」
「だな。いい正月だった」
雫の左腕が前後に揺れるのに合わせて、俺の右腕も揺れる。
色々あったを通り越してあり過ぎたという感じだが、ご機嫌ではあるらしい。
「真っ暗だねー」
「だな。足元気をつけろよ」
「うん。怜二君って優しいね。送り狼になってもいいのに」
「……あのなぁ」
俺だって雫とそういうことをしたいという気持ちはある。
だからこそ、無理矢理にするということはしたくない。
そして、ややナルシストになるが。
「俺が狼になるのは、大切なものを守る時だけだ」
愛する彼女の前で、獣の姿は見せたくない。
だが、カッコつけることと守ることのどっちが優先するべきかなんて、
考えるまでもない。
「……どこまで惚れさせれば気が済むの?」
「どこまでも」
「……大好き」
新年最初の夜は、静かに更けていく。
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シャンプーを洗い流して、コンディショナーをつける。
ボクの髪はあまり長くないから、少量を軽く。
怜二君の前では、いつでも可愛い女の子でいたいから。
(いつ、何があるか分からないしね)
意図しない形ではあったけど、王手がかかった。
寝落ちさえしなければ、あの後は間違いなく……
(……惜しいことをしたかもしれない)
酔った勢いで押し倒して、そのままドロドロと。
混乱する怜二君の思考をボクの身体で塗りつぶせば、
その後にやることはただ一つ。
(怜二君は、そういうのを望んでなかったみたいだけど)
一応、ボクのスタイルは悪くないと思ってる。
胸は大きい方で、運動してるからくびれもあるし、スキンケアも十分。
何より怜二君もボクが、そしてボクの身体が好きだと言ってくれたし、
そういった意味での魅力はそれなりにあるというのは、自惚れではないはず。
となると、何でこうなったかは明らかで。
(優しいのもそうだけど、絶食寄りの草食系だったから、かな)
今まで彼女がいなかったから、ボクをどうしたらいいか分からない。
ボクはベタ惚れだから何してもいいんだけど、傷つけたくない。
……正直、ボクは怜二君にだったら傷つけられたいとさえ思ってる。
ボクにとっても怜二君は初めての彼氏だけど、同時に最後の彼氏。
だから、怜二君に色々したいし、色々されたい。
(ボクに対する好意はしっかり示してくれるけど)
こういうことって、普通逆だと思うんだけどな。
無理強いはよくないけど……我慢できなくなるのは、ボクの方が先かも。




