20.お家デート(予行演習)
雫と俺の家の距離は、近くはないけど遠くもない。
気軽に行けるという程ではないが、徒歩でも問題ない距離。
「それにしても、雫ちゃんの家って大きかったね。
結構お金持ちだったりする?」
「お父さんとお兄ちゃんが頑張ってるんで。
お母さんも二人とボクを支えてくれますから」
(何だかんだ、全員ハイスペックだからな)
海の虚弱体質はともかくとして、全員何かしら秀でている。
遺伝もそうだけど、源治さんと渚さんの教育が上手かったんだろう。
ただ、万人に通じるものではなさそうだが。
「時に弟くん、雫ちゃんをうちに呼んだことってあるのかね?」
「そりゃ……あれ、ねぇか? 思えば付き合ってからは一度も……」
雫が俺の家に来たことは二回ある。
一回目は勉強会で、二回目は俺が風邪を引いた時。
前者は雫以外にも何人かいたし、後者は俺が呼んだ訳ではない。
そういえば、お家デート的な感じで呼んだことはないな。
「ボクもその内行きたいとは思ってたんだけど、
普通にデートするのが楽しくて楽しくて」
「ラヴが過ぎまっせー。リア充爆発しろー」
「はいはい。ま、今回もちょっと違う感じにはなるかもだが、
よかったらゆっくりしてってくれ」
「うん、宜しくね」
スマホの写真では見せたが、雫が実際に俺の親と会うのは初めて。
大丈夫だとは思うが、気を引き締めるか。
「ただいま」
「おかえり。雫ちゃん、あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
玄関に入り、最初に出てきたのはお袋。立ち上がりは問題なし。
ここは文字通りホームだし、そんなに気を揉む必要はないか。
「ところで母君よ」
「なんだい姉君」
「弟くんと雫ちゃんが将来を誓ってるって知ってるの?」
「ちょっ!?」
めんどいのが一人いたよ! そしてこういう感じになった場合、
わりかしお袋も乗っかる!
「勿論。渚さんから聞いたわ」
「お母さん……まぁ、事実ですけどね!」
雫もげんなりした後にすぐ切り替えてこう!
あぁもう、こうなったら俺も同じテンションで行くしかねぇわ!
「当然だ! 言ってなくてすまんな!」
「いやぁ、これは孫の顔見れるのも時間の問題ね♪」
「9割ぐらい雫ちゃんに似ますように! 特に顔!」
「怜二君もカッコいいから半分ずつがいいです」
「あっ、はい」
(……気持ちは分からなくもないが)
俺が雫に勝ってる部分なんて筋力ぐらい。
大体の分野で負けてる以上、優秀な方に似た方がいいといえばいい。
その辺はある程度運だから、最終的には教育次第なんだろうけど。
「雫ちゃんのとこでご飯食べてきたのよね? ありがとうね」
「いえいえ。母は人に料理を振舞うのが好きなので」
「しっかりしてて本当にいい子ね。じゃ、これはそのお礼。
もう一個はお父さんからね」
「あっ、ありがとうございます」
お袋から雫に、ポチ袋が二つ。雫はそれを丁寧に受け取った。
お年玉はこうして各家庭を行き来するから、多少の差はあれど、
家計の観点で見ると大体とんとんになる。
……だから多いんだよな。『お年玉はお母さんが預かっておくから』って。
「それじゃ、上がって頂戴」
「はい、お邪魔します」
「邪魔するなら帰りなさい」
「えっ……」
「母さん」
「冗談よ。固くならないでってこと。君は怜二の婚約者なんだから」
「全く……ごめんな、雫」
「ううん。むしろ嬉しいかも」
「……そうか」
両家公認だからな。親父も同じ感じだし。
結婚の挨拶は男の大一番と言われるが、相当楽になりそう。
「おぉ、君が娘さんか。あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます。水橋雫です」
「知ってる。写真通りの美人さんだな」
「ありがとうございます」
うちの親父は顔も背丈も普通。体型は典型的な中年太り。
そして何よりも目立つのは。
「ということで、俺の家には初日の出がもう一個ある訳だ」
「そうそう。このツルツルテカテカした……ってオォーイ!」
「ふふっ……あ、ごめんなさい」
「謝るなって。どっちか悩んだ時は大爆笑で頼む」
これが一連の流れ。親父のハゲ頭は悩みでもあり武器。
最近は武器にする時の方が多いらしい。
「そして怜二よ。お前も将来はこうだ」
「隔世遺伝しねぇかな……爺ちゃんはふさふさだったし」
「もう少し頑張ってくれれば、孫の彼女にも会えたんだけどね」
俺の祖父母は、俺の高校入学を待たずして他界した。
中学の頃から入退院を繰り返してたから、多少は覚悟してたけど、
流石に泣きに泣いたなぁ……
「ところで、お屠蘇飲む? うちは大人用と子供用があるの。
よかったらどう?」
「では、頂きます」
「おう飲め飲め。将来は盃交わすんだからよ」
「親父は飲みすぎんなよ?」
うちのお屠蘇は、日本酒を使ったものと使わないものの二種類。
俺と姉貴も毎年ノンアルの方を飲んでいる。
「一葉はどっちにするんだ?」
「勿論大人用! お姉ちゃんも飲んじゃうよー!」
「向こうでも飲んだんだから、ほどほどにしとけよ?」
飲兵衛の遺伝子は、少なくとも姉には受け継がれている。
俺はどうなんだろうな……3年後の話だが。
こくり、こくりと静かに。んぐっぐっ、という感じで豪快に。
お屠蘇の飲み方一つでも、雫と姉貴の違いが出る。
「美味しい……」
「っかー! これが大人の味ー!」
片や文化祭の巫女コスプレ以来の、日本の美。
片や完全に居酒屋のオッサン。
年齢どころか、もはや性別の違いさえ見えてくる。
「姉貴、ビールじゃねぇんだから」
「節目の酒ってのは美味いのよ! お母さん、もう一杯!」
「はいはい」
お屠蘇ってこんなグビグビ飲むものではなかったと思うんだが。
それはそうと、雫は横顔も綺麗だな。
ほんのりと赤らんでる頬が何とも美しく、可愛い。
(まぁ、当然だけどな)
正面から見て可愛いんだから、どの角度から見ても可愛いだろ。
お気に入りの角度はあったとしても、死角は……ん?
「雫、もしかして眠い?」
「ん……ちょっとだけ」
少しではあるが、雫がうとうとしている。
軽く仮眠はとったが、そう長くはもたんわな。
それじゃ、ここは一つ。
「俺の部屋来る? しばらく寝ててもいいし」
「……いいの?」
「あぁ。じゃ、そういうことで」
「分かった。雫ちゃん、ゆっくりしていいからね」
「アレだ、後は若い二人でごゆっくり」
「おねむの雫ちゃんも可愛いな……後で資料撮らせてくれない?」
「自分の顔撮ってろ」
年末年始は忙しい。その分疲れも溜まる。
だから、休める時にはしっかり休まないとな。
……俺はここで気づくべきだった。
雫の表情は眠気だけではなく、別のモノもはらんでいることを。




