2.友達の先でやれたこと
俺と雫は、互いに相手が初めての恋人。
故に経験則といったものが存在しない。
ということで、ベタなことを色々試すことから始めることにした。
今回もその一つであり、訪れたのは喫茶店。
雫が穂積に挨拶ぐらいはできるようになった、春の頃に訪れて以来。
「飲み物はどれにする?」
「えーっと、オレンジジュースでいいかな?」
「分かった」
頼むメニューは決めてある。
当時は全く気づかなかったが、こんなものがあったとは。
今の俺と雫の関係なら、これしかない。
「ご注文お決まりになりましたら……」
「あ、もう決まってます」
「はい。それではご注文お伺い致します」
雫も覚悟は決めた様子。
それじゃ、お願いするか。
「オレンジジュース、カップルドリンクで」
一つの飲み物を、カップル用のストローを使って二人で飲む。
ベタ中のベタな、ややバカップル臭い行為。
「やってみたかったんだよねー♪」
(やる相手ができるとはねぇ……)
雫が読んでた少女漫画の中にあったシチュの一つ。
付き合う前も色々あったけど、これは流石に初体験。
「カップル用のストロー来るんだよね?」
「そうだな。ここは用意してあるそうだ」
「楽しみだなぁ。……えへへ」
俺と付き合い始めた雫は、よく笑う。
些細なことで顔をくしゃっとさせて、笑顔になってくれる。
そこにも惚れてるし、それならこの笑顔を守らねばな。
「お待たせ致しました。カップルドリンクのオレンジでございます」
運ばれてきたグラスの中には、オレンジジュースともう一つ。
2本が絡み合い、ハートの形を作っているカップルストロー。
「これが実物かー。結構ねじれてるね」
「確かに。もっとスッとしてるのかと思った」
そして、思ったより飲み口が近い。
必然、顔を近づけて飲むことになる。
そういう狙いで作られたものなのだから、当然といえば当然だが。
「それじゃ、一緒に飲んでみよっか」
「あぁ。……じゃ、行くぞ」
雫もストローを咥えたのを確認して、ゆっくりと吸う。
螺旋状に絡まった根元からジュースが吸い上げられ、ハートを満たし、
互いの口の中へと流れ込んでいく。
(……水分を摂取しているはずなんだが、口が渇く)
恋人同士になってなお、緊張してしまう。
容姿以外にも可愛いポイント盛りだくさんの雫だが、顔も当然可愛い。
ぱっちりとした大きな瞳に、綺麗に通った鼻筋、桜色の小さな唇。
肌も毛穴一つないし、小顔なのにどことなくもちもちしてそう。
……ほっぺたつまんでむにーってしたいな。って、何考えてんだ俺。
「……ぷはっ。なんだろ、味わかんないや」
「俺も。味わうということに関しては向いて無いなコレ」
などと言いつつも、また同時にストローを咥える。
細めのストローだから、量はなかなか減らない。
そして先ほどからずっと、互いの目は合ったまま。
「すごく、ドキドキしてる」
嬉しい。
こんな俺でも雫をときめかせることができるのは、とても嬉しい。
……いや、自信を持てよ俺。俺は雫の彼氏だ。
こんな俺『でも』じゃない。こんな俺『だからこそ』、だ。
「いいな、この感じ」
「うん。照れちゃうけどね」
「顔赤いぞ」
「お互い様」
だろうな。さっきから顔が火照って仕方ない。
けど、雫から目を離すつもりはない。
「うー……」
「目を逸らすな」
「……がんばる」
雫の視界から外されることはあるとしても、だ。
こうなってる時の雫は、なおのこと可愛いし。
一通りいつも通りのコースを回り、雫の家へと向かう。
夕方には誕生日会があるし、早めに戻ることにした。
「ごめんね、ちょっと短くなっちゃって」
「家族との時間も大切だろ? それに、今年からは友達も」
「……うん」
実は、この誕生日会に呼ばれたのは俺だけではない。
穂積と古川先輩と八乙女も呼ばれている。
一応は門倉にも声はかけたらしいが、予定があるとのこと。
ということで、今日は水橋家に都合4人を呼ぶことになった。
「雫の誕生日なんだから、盛大に祝わねぇと。
それなら俺だけじゃなくて、友達も呼ぶのは当然だろ」
「直前まで考えたんだけどね。怜二君のことは大好きだけど、
みんなのことも違った意味で好きだから……」
「そういうところも、俺が雫を好きになった理由だ」
「……ありがとう」
俺は、雫をしっかりと彼女扱いするが、束縛するつもりはない。
折角できた友達との楽しい時間を邪魔するなんてもってのほかだ。
エゴで幸せを奪うような男に、誰かを愛する資格はねぇ。
「考えてみたら、みんなも怜二君と仲いいよね」
「色々と関わったからな。盗難事件にいじめにリハビリに」
「色々あったね」
この辺に関わった奴はもう一人いるがな。
手柄だけ横取りしようとした挙句、全員から嫌われることになったが。
「いつも思うんだけどさ、怜二君って本当に今まで彼女いなかったの?」
「本当だ。彼女のかの字も無い学生生活だった」
「不思議だなぁ。学校の七不思議に入るんじゃない?」
「そこに入ったら何らかの怪談だろ」
「怜二君だったらトイレの花子さんとも仲良くなれそうだけど」
「俺を何だと思ってるんだ!?」
「誰にでも優しくて、最高にカッコいい、大好きなボクの彼氏」
「大当たりだよこの野郎! ちょっとナルシスト入るけど!」
「安心して。優しいこともカッコいいことも事実だから♪」
「ったく……」
惚れた弱みだな。このイタズラな笑みも可愛く見えてしまう辺り。
照れて顔が赤くなったりするのに加え、
相手を困らせるのが好きなのも、お互い様ってことか。