18.新年のご挨拶with姉
スリを交番に突き出し、適当に証言を済ませて、向かうは雫の家。
どうやらこいつ、他の何人かからもスッていたらしい。
「今度からは、人混み多いとこは気をつけとけよ」
「うん。鞄に入れて抱えることにする」
多少ながらも、警戒していてよかった。
それにしても、馬鹿はどこにでもいるもんだな。
「こういうとこで危なっかしくなっちゃダメだよね。
怜二君が守ってくれるのは嬉しいけど、ボクもしっかりしなきゃ」
「その気持ちがあれば十分だ」
「危なっかしい子になるのは、怜二君いる時だけでいいよね?」
「ここ姉貴いるぞ!?」
「ほうほう、これはやはり……」
「とりあえず黙れ! 何を言うのかは知らんが!」
別の意味でのバカが身内にいるとめんどい。
この危なっかしさも雫の魅力ではあるが、今日はちょっと控えてくれ。
「あけおめー! そしてことよろー!」
「あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「……ん?」
水橋家の玄関を開けると、出迎えたのはお茶目な不惑、渚さん。
事前に雫が連絡を入れたから、姉貴が来たことには驚いていない。
ただ、姉貴の方は渚さんに驚いている。
「あのー、すいません。間違ってたら本当にごめんなさい。
雫ちゃんのお母様で……?」
「バッチリ二児の母でーす☆」
「……娘が二次元なら親も二次元とは」
「人ん家の玄関先で膝をつくな」
いちいちオーバーリアクションなんだよ。気持ちは分かるが。
俺も初めて会った時は勘違いしかけたけど。
「あなたが怜君のお姉さんね。お名前は?」
「一葉で……ちょっと弟くんよ。君は彼女の母さんまで……」
「渚さんはあだ名つけるの好きなだけ。他意はない」
「ふむふむ、それじゃ『はーちゃん』かな」
「お母さん……あの、大丈夫ですか?」
「いいよいいよ。細かいことは気にしないタイプなんで」
正確には大雑把だけども。姉貴は気にしないとならんことも気にしない。
その分俺は余計なとこまで気にしがちだったから、
そこら辺を考えるとバランス取れてるのかもしれんが。
「ところで雫。お父さんの説明はした?」
「あっ……そういえば、まだだった」
「?」
水橋家の人々と初めて会うにあたり、最もハードルの高い人物。
一度打ち解ければ何ら問題ないのだが、初対面だと流石に。
姉貴のメンタルは変に強いというかぐにゃぐにゃしているが、
それが果たしてどこまで保つか。
「先に言っておくけど、怖がってもらって大丈夫よ」
「どういう前置き!?」
「えっと……顔がとても怖いんです。でも、心は優しいです。
だから、安心して……というのも難しいですけど」
「成程……弟くんよ、君は会ったことあるの?」
「何度か。雫や渚さんの言ってることは事実だが、
人間としてはとても温かい人だから、その辺の心配はない」
「……信じるよ」
グッと、恐怖心を堪えて。
靴を揃え、源治さんがいるであろうリビングへと向かった。
「失礼します」
「おぉ、あけましておめでとう」
「あけおめ! あ、怜二の姉貴さん、どうも!
俺は雫の兄の海ッス!」
「あっ、これはどうも……」
借りてきた猫。もとい姉貴。
海の爽やかな挨拶に答えながらも、目線は源治さんをチラチラ。
あの姉貴がこんな縮こまってるとこ、17年生きてきて初めて見た。
「君が、怜二君の姉か。俺は海と雫の父の水橋源治だ」
「はっ、初めまして! うちの愚弟が実に大変お世話になっており、
この度はご息女の雫様と交際させて頂くことにつきましては、
私と致しましても不徳の致すところでございまして……」
「落ち着け。何かおかしなことになってる」
礼儀正しいんだか正しくないんだか。
源治さんの顔を見てビビるのは仕方ないとしても、ビビり方がおかしい。
「……ふっ。まぁ、そうかしこまらんでくれ。
面が人間離れしていることに自覚はあるが、俺はただの人間だ」
「は、はいっ!」
「万年猫背が見たことない背筋の伸び方してる」
「心中お察しします。ゆっくり慣れてって下さいな」
「え、えぇ……」
海に促されるも、この恐怖心は簡単には消えないか。
源治さん、本当にいい人なんだけどな。
「ところで皆、お餅は何個焼く? おせちもあるけど」
「俺は4つでー」
「俺も4つだな」
「例年通りっと。怜君とはーちゃんは?」
「んー……3つで」
「み、3つでお願いします」
「了解。雫は?」
「ボクは2個かな」
「ほいほい。今年も期待していいからねー?」
この分だと、おせち料理も手作りなのだろうか。
いずれにしても、こう言う自信があるということは期待していいはず。
「ところでお母さん、今年のおせちってどうなってるの?」
「数の子をふんだんに使うことにしました。雫が婚約したし」
「……合ってはいるよ、うん」
ツッコミを入れたいところだが、間違ってはいないからなんとも。
その為にいい大学に入れるように頑張ってるとこだし。
「お屠蘇もあるんだけど、はーちゃんってお酒飲める年?」
「一応、二十歳です」
「ということは、海と同い年か」
「んじゃタメでいいッスか?」
「えぇ、はい。宜しくお願いします」
「いやいや、そっちもタメでいいって。同い年同い年」
(……本当にこいつは俺の姉貴か?)
玄関前からと変わりすぎて、疑念すら湧いてきた。
この一家相手に初対面で平常心を保てというのも無理な話だろうけど。




