15.足掛け二年目
「彼女さんと初詣デートするの?
だったらお姉ちゃん出発時刻ズラすけど」
日の出予想時刻の一時間前。
身だしなみをしっかりと整え、持ち物も確認済み。
「勿論。ということで行ってくる」
「行ってら。さて、お姉ちゃんも準備はしておくか」
冬場は筋肉の存在をありがたく感じる。
動けば発熱してくれる天然のカイロがある感じ。
といっても、思いっきり真冬だから厚着はするけど。
「あ、そうそう弟くん」
「何だ?」
「姫始めに関してはきちんと避妊を……」
「しねぇよ!?」
「えっ、高校生で産ま……」
「そっちじゃなくて! 始めねぇよ!」
今になって思い出したが、藤田家にも渚さんみたいな奴いたわ。
しばらく会ってないから忘れてたが、姉貴も爆弾投げがち。
こういうこともあるから、どうあれ初詣は一人で行くことにしてる。
正月に帰ってくるのはいいが、多少は落ち着いてくれんもんかね。
水橋家に辿り着くと、もう外に雫がいた。
「あけましておめでとう、怜二君」
「あけましておめでとう。中で待っててよかったぞ?」
「ちょっとでも早く会いたくて」
「寒い中よくやったよ……ほら、こっち」
「えへへ、あったかい♪」
雫を抱きしめ、熱を分ける。
俺の筋肉には彼女を温めるという役目も加わった。
「ずっとこのままでいたいな」
「俺もそう思うが、一緒に初日の出見るんだろ?」
「それもそうなんだけどね。それじゃ腕貸して」
「ほい」
ぎゅっと腕を抱きしめ、俺の右肩に顔を寄せて。
何かいつもより強く抱きしめてるな。これだと……
「それじゃ、行……わっ!?」
「っと」
思ったとおり、バランスを崩した。
路面が凍ってるから、歩きやすさも考えないと。
「大丈夫か?」
「うん……ありがとう」
「どういたしまして。今日は手で行くか?」
「そうする。あ、手袋外さなくていいよ?」
「自分の手袋を外しながら言われても」
「怜二君の方が先じゃん」
等々言い合っている内に、素の俺の右手と雫の左手が繋がる。
ここもしっかりと温めないとな。
「待った。そういえばボクの手冷えてない?」
「冷えてはいるけど、その内温まるだろ」
「ごめんね。ボク冷え性とかじゃないんだけど……」
ずっと外にいたから、末端中心に色々と冷えてしまったんだろう。
だが、それなら俺が温めてやればいいし、それに。
「手の冷たい人は心が温かいって言うだろ? そういうことだ」
「怜二君は手も心も温かいけどね」
「それなら何より」
「もっと言うと全身温かいかも。カイロみたい」
「じゃ、肌身離さずついてていいな?」
「勿論。火傷しちゃうぐらいにお願いね♪」
カイロじゃ低温火傷がせいぜいだが、俺と雫の熱さは火傷じゃ済まない。
同じことを雫も思ってくれるのなら……嬉しいな。
目的地であるお寺に到着。
人混みでごった返してるから、はぐれない様に腕を組んでゆっくり歩く。
「そろそろだね」
「だな。……結構、屋台出てるな」
「……お腹すいてきた」
「俺も。初日の出見たら何か買うか」
たこ焼き、じゃがバタ、ベビーカステラ。
食べ物以外だとお面は勿論、木工細工なんかもある。
「あっ、見て見て!」
「おっ!」
オレンジ色に染まりつつある東の空から、今年最初の太陽が顔を出した。
予定時刻とほぼ同時に、俺と雫で初日の出を見ることができた。
「綺麗……今年も宜しくね、怜二君」
「あぁ、宜しくな」
一年の計は元旦にあり。
このスタートなら、最高の一年に……ん? あぁ、そうか。
そりゃお腹空いてる訳だ。
「…………その」
大体一秒半ぐらい、腹の虫から食事の要求が。
雫はものの見事に真っ赤になっているが……
「可愛いから大丈夫だ。とりあえず食おうぜ」
「あう……」
この世で雫を困らせていいのは俺だけだ。
腹の虫に嫉妬しても仕方ねぇけど、譲れねぇよ。
「ふーっ、ふーっ、あむっ。はふはふ」
それなりに腹にたまるものを食べたかったので、
新年最初の食事は屋台のじゃがバタに決定。
熱い物を息で冷ましながら食べるだけで何故こうも可愛いのか。
「あったかーい♪」
(あぁもう、いちいち可愛い)
この笑顔を守る為だったら、俺は何だってできる。
できる『気がする』じゃない。実際にやってみせる。
この言葉を大言壮語にしないぐらいの自信は、今ならある。
「じゃがいもとバターだけで何でこんな美味しくなるんだろうね?」
「ご飯に卵と醤油かければ美味しいのと一緒だろ。相性の問題」
「そっか。ということはボクと怜二君みたいな感じか」
「んっ!?」
危うくむせるところだった。
確かに俺と雫の相性はじゃがバタやTKGどころじゃないけど、
こんなサラっと出てくるとは思わなかった。
「どっちかというとボクはバターの方かな。
前はカチカチになってたけど、今はご覧の通りだし」
「となると俺はじゃがいもだが、芋臭いからか?」
「じゃがいもはバターをしっかり包み込んで、支えてくれる。
だからボクは、そんな力強いじゃがいもさんに安心して溶けられる」
「成程ね」
雫がふにゃる頻度は、俺の前に限っては間違いなく増えてる。
その理由が俺であるなら、俺は喜んでじゃがいもになろう。
「だから、ボクはいつでも食べていいからね?」
「お前本当に危機感持てよ!?」
「ボクのガードはもう崩されちゃってるから、
怜二君に対してはノーガード戦法しか取らないから♪」
雫はガードをしないし、俺のガードは貫通してくる。
こうなると、覚悟を決めなければならないのは俺か……