13.藤田家の31日
除夜の鐘の音を聞くだけで百八つの煩悩が消えるなら苦労しないし、
年越し蕎麦を食べるだけで長生きできるなら医者はいらない。
「だが、鐘の音は気持ちいいし、蕎麦と酒はいつでも美味い」
「インスタントだから健康にはむしろ悪いんだけどね」
「ごちそうさま。適当にお菓子広げとくな」
お菓子やジュース(親父は酒とつまみ)等の嗜好品を好きなだけつまみ、
アーティストが多数出演する年越し番組を見ながら、まったりと過ごす。
これが、藤田家の年越しスタイル。
「今年も一年、無事に……お前は無事でもないか」
「まぁ、何も無かったなんてとても言えんわ」
「お疲れ様。あんたはやっぱり自慢の息子よ」
透との決別、雫との交際開始。
長年の腐れ縁が切れたことか、思いがけない縁が結ばれたことか。
親父とお袋にとっては、どっちの方が大きいと思うのだろうか。
「俺としては、お前の成績がグンと伸びたのも嬉しいな。
この分だといい大学行けるべ」
「学費は心配しなくていいからね。教育ローン借りるし、
怜二なら奨学金も行けるでしょ? 一種も二種も」
「今の所は」
春先はボーダーだったが、現在は余裕で基準をクリアしてる。
もっとも、3年生になってもこの成績を維持できないと意味無いが。
(雫は……逆に借りれないか)
成績は申し分ないが、世帯年収的に引っかかりそう。
源治さんは大手企業の部長クラスだし、海も働いてる。
トータルしたら普通に8桁乗ってるだろ。
となれば奨学金は借りられないし、そもそも借りる必要が無い。
「この分だとバイトもいらねぇか」
「どこに受かるかにもよるけど、する余裕ないと思う。
あったとして短期か派遣の単発か」
「奨学金二つ借りて、慎ましく暮らせば大丈夫でしょ。
足りなかったら仕送りもするけど」
「その時は頼むわ」
お金の大切さはしっかりと分かってるつもり。
国立大ならそれなりに負担も減るし、頑張らないと。
「ところで、ここにいないってことは今年も?」
「今年も。三が日かその辺でこっち来るとさ」
「大学も忙しいし、大変なんでしょ」
何せ、俺が大学に入った場合。
「帰ってきたら驚くだろうな。
弟が天才になっていた上に、彼女までできたってんだから」
「……かも、な」
「一体どこで差がついたのかしらねぇ。
どっちも私達の子なのに」
「俺もバリバリ働かねぇとな。来年にゃ大学生二人なんだからよ!」
「私もパート始めようかしら。二人とも大学行けば、
時間できるだろうし」
3つ違いだから学校で一緒になることはないし、
去年は大学生になって一人暮らしを始めたから、なおのこと会わない。
そんな、俺の姉貴……藤田一葉と合わせて、二人の大学生が生まれる。
もう一年経てば姉貴が社会人になるが、それまでは家計を圧迫するだろう。
「それはそうと、一葉も盆と正月ぐれぇ帰ってこいってもんだ」
「年明けには帰ってくるんだけどねぇ」
姉貴は基本的に、年一回しか家に帰らない。
進学先は他県ではあるが、そこまで遠い所ではない。
にも関わらず、帰らない理由を俺は知っている。
(盆と年末は、一大イベントがかぶってるからな……)
日本で最も大規模な同人誌即売会、コミックマーケット。
姉貴はそれの書き手をやっている。
中学入った頃から傾倒し始め、あっという間に部屋は漫画だらけに。
今現在は部屋自体を使っていないこともあり、大半は埃をかぶってるが。
(まぁ、別に言ってもいいとは思うんだけど)
説明とかがややこしいというか、面倒くさい。
その内本人から言うだろうし。
「で、お前は初詣行くのか?」
「あぁ。雫と一緒に」
「了解。若い二人で楽しんでいらっしゃい」
最近思うんだが、お袋はどうも渚さんに似てきた気がする。
両家公認の仲ではあるんだけども、んな所を合わせんでいい。
……っと、雫から電話か。
「よう」
「やっ。新年まで1分前ですが、どうお過ごしですかな?」
「家族とゆっくり、テレビ見てるよ」
「楽しそうで何より」
おどけた調子の声を聞いただけで、表情まで浮かぶ。
向こうも向こうで、楽しく一家団欒の様子。
「そういえば、初詣っていつ行く? すぐ行くか、一回寝るか」
「どっちでも大丈夫だけど、雫は?」
「仮眠、取らせてもらえないかな。実は今もわりとギリギリ」
「了解。しっかり寝ても大丈夫だぞ。モーニングコール入れるから」
「ううん、頑張る。一緒に初日の出見たいから」
素直に嬉しい。色々なところで、同じ時間を共有してくれる。
……さて、もうすぐ年越しだ。
「10からカウントしよっか」
「あぁ……ってもう10ねぇよ! えぇっと7!」
「あっ6!」
バタバタしながらも4秒前にタイミングが揃い、3、2、1。
「「ゼロ!! ハッピーニューイヤー!」」
テレビ番組には年越しの演出。色々とあった日々は去年になり、
雫と新たな思い出を紡いでいく、新たな1年が始まった。