第9話:刺客との戦い(1)
そうして僕はイブと山を下りることになったんだけど、なんとも一安心だった。どうやら心配は全て杞憂だったようで。
たどり着いたのは寂れた宿場町だ。正直、町と呼ぶのもはばかられるぐらいで、あるものは宿がわずかに二軒、三軒。あとは塩屋なり、パン焼きの工房なりがポツポツと建っているぐらいで。
僕は宿場町の入り口に立ちながら、なんとも言えず苦笑だった。まぁ、無いよなぁ。ゲイルたちに出会うかもなんて、心配したりしたけど。
ここはそもそも用が無ければわざわざ訪れるような所では無くて。アイツら、たいがい遊び好きだもんな。こんな田舎でうろついているわけも無いか。
「じゃ、ゆっくり回れるか。お前もね」
僕が声をかけたのは、首ヒモの先にいるイブだ。多分、人里なんて見たことないのだろう。見るもの全てに興味しか湧かないらしく、フンフン鼻を鳴らしながら周囲に首を伸ばしている。
この状況なら、ゆっくりとコイツの好奇心を満たしてやっても問題は無さそうだよな。ドラゴンということで、間違いなく人目は集まるけど、さわぎになり得るほどの人の目は無くて。ゲイルの一派の影も無ければ、さわぎになったところでさして問題は無いし。
僕はある程度イブの好きにさせながら、物資の調達を行っていくことにした。そして、おおよそはつつがなく終えることになり。
僕は縁石に腰を下ろしながら一段落だった。無事に買い物を終えることが出来たわけだ。店主なんかと「その生き物……なに?」みたいなやりとりをすることになったけど、それ以上のことは無く、さわぎにはまったく縁も無くて。
で、こちらも順調だったようだ。
イブの好奇心を満足させることも出来たかな?
「満足したかい、イブ?」
僕は自身のひざの上に問いかける。そこでは、イブが丸くなって軽く寝息を立てていた。返事は当然無いけど、まぁ、満足してるって様子だよね。好奇心を十分に発散し、今は睡魔の要請に身を任せている感じ。
用事は終えたけど、山に戻るのはもうちょっと寝かせてからでいいかな。なんか幸せそうだし。
そう思って、僕は人気の無い宿場町を眺めて。そして頭によぎるのは、これからのことだった。
物資は調達出来たけど、今後もとりあえずは薬草取りかなぁ。今僕が出来る唯一の仕事だし。その合間をぬって、イブの調教を進めて。頃合いを見計らって、クレシャの奪還を挑む。そういうことになるのだろうけど。
「いつになるかねぇ……」
ため息をつきたくなる気分だった。順調に待てが出来るようになったとは言え、調教はまだまだ始まったばかり。しかも、相手はドラゴンだ。どんな調教の難しさが潜んでいるとも知れず、先はまったく見通せなくて。
そうなると不安なのはあの子だよな。僕は膝の上に再び目を落とす。イブはこうして、何とも幸せそうに寝息を立てていられるのだけど。
「クレシャなぁ」
あの子は一体どうしているのだろうか。真っ当な扱いを受けていればそれでいいけど、備品だなんて言い放つゲイルの元にいるもんな。あの新しく雇ったテイマーとやらも、どの程度まともなのかさっぱりだし。
「……だよな」
僕は一つ頷く。一刻も早くクレシャを奪還しなければならない。あらためて、その思いがフツフツと湧いてきて。
うん、いても立ってもいられなくなってきた。
イブには悪いけど、早速山に戻らせてもらおっか。そう思って、僕はイブを起こそうとして。
「いけっ! やっちまえっ!」
僕はイブを抱いて飛び退っていた。
カンに従ったのだ。それなりに練り上げられていた僕の感覚が、そうすべきと伝えてきて。
それは間違いなく正解だった。
何かだった。けたたましいうなり声を上げて、何かが僕が座っていた縁石に飛びかかった。イブを抱えたままで、地面を転がりながらに何とか体勢を整える。そして確認する。魔犬だ。二匹の魔犬。バーセク種か。ずんぐりとして頑強な体格をした魔犬だが、それはともかくとしてだ。
バーセク種はこの辺りに生息する種族では無い。間違いなくテイマーがいる。そう思って視線をさまよわせれば、やはりバーセク種二体に近寄る人影があった。
「……そうか、お前か」
おおいに見覚えはあった。
クレシャを奪われた酒宴においてだ。ゲイルが意気揚々と紹介してきた、中年のテイマーがいたが。
ズバリそいつだった。ゲイルに似た下品な笑みが印象的だったけど、今回もまた、そいつはそんな笑みを俺に向けてくる。
「いいカンしてんね、アンタ。レニーだ。アンタの後釜の、腕利きのテイマーってヤツだな」
で、尋ねもしない自己紹介を口にしてきた。まったくもっとありがたいことだね。出来れば、そんなどうでも良いことでは無くて、もっと意味のある説明が欲しかったところだけど。
「追放して終わりじゃなかったのか? ゲイルの指示か?」
「そういうこった。みじめながらに元気そうだって風のうわさがあってな。ちょいとイジメて来いってご命令だ」
立ち上がりながら、僕はうんざりとため息だった。
そんなこったろうと思ったが、ゲイルはクレシャの奪還に虎視眈々と動いている僕がお気に召さないらしい。それが嫌ならクレシャをさっさと返せって話だけど、あの陰険野郎にそんな器の大きさは期待出来ないだろうからなぁ。
しかし……マズイな、これは。