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第13話:共闘

 闇色の人型の襲撃からほどなくだ。


 偵察から戻ってきたレニーが僕にしかめ面を見せてくる。


「ダメだな。四方八方魔性だらけだ。オーク、トロールもいりゃ、例の人型も大勢だ」


「そっか。じゃあ逃げるのは」


「少なくとも今は無理だな」


 僕はため息を噛み殺しつつに頷きを返した。


 そんな現状だった。人型の襲撃から、のんびりとした制圧業はその名残も消え失せた。周囲には魔性が満ち、脅威である謎の人型も大量にあり。メンバーたちと茂みに隠れてじっとしているしか無いと、そんな状況だ。


 本当ため息しか無いよなぁ。先行きは真っ暗。メンバーたちにとっても、その心労はかなりのもののようだ。地面でひっそりと身を低くして、みんな不安の表情をしている。まぁ、うん。ただ、彼らが不安を覚えているのは先行きへの不安ばかりじゃなかったりするんだけどね。


「しかし、すごい状況だな。これは」

 

 レニーが呆れの視線を向ける先だ。僕もまた同じ先を見つめて、「ふーむ」とひと息だった。


「本当ねぇ。まったく居心地の悪い」


 僕の言葉に応えてだろう。地面にあぐらをかくゲイルがにらみつけてくるけど、つまりそういうことだった。


 一緒なんだよね、ゲイルのパーティーと。しげみの隙間を分け合うようにして、間近に隣り合っている。


 もちろん望んだ状況ではなく不可抗力の結果だった。人型の襲撃でなし崩し的に休戦になり、お互い退避を選んだんだけどね。リーダーが僕とゲイルなのだ。経験を同じくするところがあれば、選んだ退避経路も似通ってしまい。そもそも理想の退避地なんてそうあるもんじゃないし。結果の今だった。こうして望まぬ同席を強いられているのだ。


 しかし、みんなには悪いことしたなぁ。どちらかと言えば無神経な方の僕やレニーは良いんだけどね。ただ、エイナさんみたいな繊細なメンバーたちにはなかなかに耐え難い時間のようだ。実際、そのエイナさんは居心地悪そうにしながら敵意に満ちた視線をゲイルたちに送っている。ちなみに僕の相棒たちやレニーの相棒はまったくだった。魔獣らしくと言うか、ゲイルたちを気にかける素振りはほとんど無い。代わりに、優れた聴覚がわざわいして、周囲の魔性の気配に忙しそうにしていてかわいそうではあるかな。


 まぁ、アレだけど。僕は片膝を抱きながらに軽くため息をつく。居心地が悪いのどうのと、現状はそんなことを気にしてる場合じゃないよなぁ。


「で、どうするリーダー? どう動くつもりだ?」


 レニーが現実に向き合わさせてくるけど、そうだねぇ。


「動くか、静観を守るか。どう思う? 退避しようと思えば無事にいけるかね?」


「期待は薄めだな。俺たちは中枢体に近くまで入り込んでいる。周囲は魔性がうじゃうじゃで見つからずなんて無理だろうし、見つかればそれで魔性がうじゃうじゃだ」


「だろうねー。じゃあ静観の方は? 貴族の方々が何とかこの状況を片付けてくれないかね?」


「知らねぇよ。向こうさんの状況なんて分からねぇからな」


「だよなぁ」


「このまま静観を続けられるとは思わない方が良いぞ。魔性に見つかるのも時間の問題だろうさ」


 僕は舌打ちを噛み殺すのだった。メンバーたちを不安にさせないよう泰然にふるまってみてはいるけど、これは厄介だぞ。


 無理に動けば全滅の憂き目に会いかねない。貴族たちが事態を収拾させてくれるのを期待するのもリスクが高い。待っている間に魔性に見つかり、そこで全滅の危険が大きいし。


 さて、どうする? 退避に動くのも静観するのも選び難い。ただ、第三の選択肢なんてものは……


「おい、カリス」


 それはゲイルの声だった。何を思ったか、僕の名を呼びつけてきたのだけど、今けっこう忙しいんだけど? 僕はゲイルの無愛想な顔をにらみつける。


「なんだよ? 今お前と親交を結んでるつもりにはなれないんだけど?」


「はん、ぬかせ。提案だ。黙って聞け」


「は? 提案?」


「休戦だ。テメェらもそれに異存は無いな?」


 そんなものはすでになし崩し的に成立していたと思っていたけどね。なんにせよ、僕は頷きを見せることになる。


「そりゃあね。まぁ、それはお前らの話だけどな。僕たちにお前らを直接害する意図はもともと無い」


「ごたごたうるせぇよ。とにかく休戦だ。で、次の提案がある」


「次?」


「共闘だ。これも異存はねぇだろ?」


 僕は眉をひそめて応じることになった。


「……共闘? この状況を脱するまでのか?」


「それ以外に何がある?」


 思わぬ提案に僕は少しばかり二の句が告げなかった。あのゲイルが僕に共闘の提案。そのことに対する驚きが大きかったのだけど、しかし共闘か。間違ってもそれは良い選択ではあり得なかった。


「悪いが断る。数が多ければ多いほど魔性からは脅威に映る。脱出に際しては、それぞれ別行動を取った方がまだマシだ」


 これは冒険者としては当然の判断だったはずだ。だが、ゲイルは目に見えて侮蔑の笑みを浮かべてきた。


「お前はまったく……はん。大したことの無いヤツだな」


「なんだ? お前はわざわざケンカを売るために提案なんてかこつけて来たのか?」


「違う。別にケンカを売るつもりもなければ、脱出のための共闘ってわけじゃねぇよ」


「は? それは……」


「制圧だ。中枢体を破壊する。そのための共闘だ」


 場がざわめいた。それだけ思わぬ提案であり、無謀と言えるものであり。


「ちょ、ちょっと、ゲイル! そんな無茶な……」


 リラなんかはそう訴えかけたのだけど、ゲイルはうるさそうにするだけだった。


「この凡百共が。それしかねぇだろ。分からねぇか」


 僕はアゴに手を置いて考えることになった。中枢体の破壊か。異様な強さの人型もあれば、それは一見無謀に思えるし、事実無謀だろうが……


「……脱出を狙うのと、どちらがマシかって話か」


「お前は分かるようでけっこうだ。お前らの口ぶりじゃあ、ここは中枢体からさほどの距離は無い。そうだな?」


「まぁ、事前に想定された位置の話だけど、そうだ。安全圏を得ようとするよりかは、はるかに近い」


 ここでレニーだった。バーセク種の背中をなでながらに、どこか呆れた表情で口を開いてくる。


「なるほどな。逃げるよりかは、いっそ制圧に乗り出した方がって話か。距離も近ければまぁそうか。慣れぬ森を長いこと襲われながらに逃げるよりかはマシかもしれねぇが……どうだ? 現状を考えると、貴族連中は制圧に失敗したか、もしくは逃げ出した後だ。そんな魔性を相手に、俺たちがどうにか出来るもんなのか?」


 レニーの疑念は僕の疑念でもあったが、ゲイルは嘲りの表情で答えてきた。


「だから凡百のバカは。それ以外に無いって言っているだろうが。この強度の魔性を相手に背中を見せながら戦ったところで生き残れる見込みなんてねぇよ。だったら、選択は攻めだ。一丸となって攻め立てて、一気呵成に中枢体を破壊する。そのための戦力も無いわけじゃない」


 そうしてゲイルは僕を、いや僕と相棒である魔獣たちに視線を向けてくる。


「突破力として活かせそうな戦力はある。メンバーも質は悪くない。どうする? ここでボーっと殺されるのを待つか? それとも脱出を試みて無駄に屍をさらすか?」


 その問いかけはもちろん僕へのものだった。さて、どうするかなんて考える必要は無かった。どうやら僕たちに選択肢は無さそうだ。


「指揮はどうする? 一丸と言ったが、僕か? お前か?」


「はん。マヌケな問いかけだ。その点において、お前と俺とどちらが優れているか。語る必要はあるか?」


「無いな。業腹だけど、そこは任せる」


「素直なことでけっこうだ」


 明言は無くても、これが結論だった。納得は得られるものだと思っていた。だが、不満の声は僕のメンバーから上がることになった。


「か、カリスさん! ちょっと待って下さい!」


 不満の声はエイナさんだった。ゲイルを横目ににらみつけながらに、僕に対して訴えかけてくる。


「本当、ちょっと待って下さい。ゲイルですよ? 協力なんて正気じゃありません」


「分かってる。ただ、他に選択肢が……」


「そこは私も分かっています! ただ、ゲイルですよ? さっきだって私たちを襲撃してきた相手です。指揮を任せきるのはどうかと。私たちを危機に陥れてくる可能性は十分にあります」


 その可能性は僕の頭にもあった。ゲイルの指揮能力は高いのだ。現状を打破しようと思えば指揮を任せてしまうのが一番だけど、本当にね。ハメられる不安はどうしようもなくつきまとう。ただ、やっぱり現状を考えるとそれは甘受せざるを得ず。


「……まぁ、そうだね。ただ、中枢体を破壊するまではそんな余裕もないだろうさ。なぁ、ゲイル?」


 ゲイルは「ふん」と嫌味な笑みを見せてくる。


「そうだな。そんな余裕はさすがに無いだろうし、なんなら約束もしよう。少なくとも今日一日はお前らに手は出さない。これで良いか?」


「そうかい。そりゃまったくありがたいね」


 さすがに信用などは出来なかったが、とにかく共闘は決まった。だが、それも間違いなく中枢体を破壊するまでだ。その後は……まぁ、その時に全力を尽くすだけだ。


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