第7話:新たな相棒
山のふもとに下りた僕は小屋の前にいた。
この山に、薬草を取りに行ったり、狩りに向かったり。そういう人たちが共同で管理している準備小屋で、僕も拠点として利用しているんだけど。その前で僕が何をしているかと言えば、たき火の面倒を見たりしているのだ。
目的は言わずもがな。
にっくきドラゴンを鍋仕立てに頂いてやろうと、僕はその準備を……というわけでは無かった。
そろそろ日暮れも近いし、燕麦でも煮て食べようと準備をしていただけである。じゃあ、くだんのドラゴンはと言えば、だ。飼い慣らすのをあきらめて野に放したとか、そうでは無い。
「……ふーむ」
思わずうなってしまうのだった。
しゃがみこむ僕の目の前にだ。そこには僕の手をガジガジしてくれた子ドラゴンがいた。
ジーっと見ているのだった。僕の手を。血の味に執心しているわけじゃないはずだ。コイツが見つめているのは、僕が握っている木の枝の一本だった。
では、その目的はと言えばである。
僕は適当に枝を遠くに放り投げる。反応は劇的だった。バタバタと四肢を動かしながら、子ドラゴンは枝に突撃する。
で、枝をくわえ込むと、これまたバタバタとして僕の元に戻ってきて。そして何かを期待するように、またまたジッと僕を見つめてくる。
「……うーむ」
僕は子ドラゴンを見つめ返しつつ、再びうなるのだった。
これなぁ。信じがたいけど、これさ。絶対になついてるよね、この子。
人には決してなつくことの無い魔獣の王。それが子犬みたいにはしゃいで、棒遊びに精を出している。
僕はただただ首をひねるのだった。こんな遊びをする生物じゃ無いはずなんだよなぁ。いや、知能は高いらしいし、肉食動物だから。狩猟本能もあれば、動く何かに飛びかかるような一人遊びはする可能性はあるのだろうけど。
僕みたいな、別個体を遊び相手にするような社会性はね? 無いはずなんだけどね。しかも人間を相手にして。魔犬であってもなぁ。品種改良されていない種類は人間にこうも無警戒に接してくることは無いって言うのに。
なんかクレシャを思い出すのだった。ブルーバック種も長くて百年程度の交配の実績しか無い種族で、なおかつ個体の性質としてなかなかに凶暴で、クレシャも純粋以上にその口で、凶暴過ぎて交配で活かせないからって、ほとんどタダで払い下げてもらったけど。
あの子も普通になついたからなぁ。ともすれば、従順とされる他の魔犬種よりも従順だったぐらいだ。
ただ、うーむ。この子ドラゴンは、当然魔犬とは違う。そもそもとして社会性が無ければ、人に親しむ可能性は無いはずだけど……もしかして、スキル?
僕のような社会の底辺には縁は無いけど、貴族の連中はスキルなどという力を生まれついて持っているそうだ。それは現実をねじ曲げるようなものであるらしいけど。
「まぁ、いいか」
ド平民の僕にそんなものと縁があるはずも無いし、それに理由などはどうでも良い話だった。
ドラゴンが僕になついている。
この事実が重要だった。なついていて、あるいは調教も出来る可能性があって、クレシャを助けるために、ゲイルに対抗出来る可能性があった。
「君さ、一緒に戦ってくれるかい?」
たわむれに尋ねてみる。子ドラゴンは返答としてか、枝を地面にポトリと落としてきた。うーむ、賢い。よっぽどこの棒遊びが気に入っているようだけど、口から離さないと投げてもらえないってちゃんと理解している様子。なんか幸先に良いものしか感じないよなぁ。
とりあえず子ドラゴンが飽きるまで遊んでやった。
遊び疲れたのだろうか。たき火の前であぐらをかく僕の上に、子ドラゴンはのっそのっそとはい上がってきた。
多分、ここが一番暖かくて居心地が良いとで思ったのかな? あぐらをかいた脚の上で丸くなると、すぐにうつらうつらと舟をこぎ始めた。
僕はトカゲはそこまで好きじゃないからね。可愛らしいとは思えなかったけど、愛らしくは間違いなくあった。頭をかいてやったりすると、ウロコの上からでも気持ちは良かったのかどうか。すぐに目を閉じて、かすかな寝息を立て始めて、これもまた少しばかり愛らしい。
「……なんとかなるかもな」
夕暮れなずむ山の景色に、僕は思わずポツリと呟く。
あのドラゴンが、ここまで僕になついている。理由はさっぱりだが、その事実は希望にしかなり得ない。
さて、やることは色々あるぞ。
この良い流れに乗って、この子ドラゴンと信頼関係をきずき、戦力に出来るように調教する。エンチャントが出来るようにもしないとなぁ。魔犬とは魔術への抵抗の質が違うだろうから、その辺りを理解して適切なエンチャントを編み出すのだ。
あと食べるものかな。この子ドラゴンはまだまだ小さいし、まだまだ大きくなるはずだ。成長を邪魔しないためにも、何とか十分な食料を準備する必要があるだろう。そして、他に……何か、すべきことがあるような……って、あ。
「名前だ」
僕は気持ち良く寝息を立てる子ドラゴンを見下ろした。そうだ、名前だ。別に、子ドラゴン呼びであっても調教自体には問題は無いけど、それは僕が嫌だからなぁ。クレシャと同じように、新たな相棒として名前をつけてやらないと。
「……どうしよっかなぁ。君さ、男の子? 女の子?」
尋ねかけへの答えに寝息以上のものは無く。そして、ドラゴンは卵生。卵生の生き物の雌雄を判別するのって難しいもんなぁ。ここは中性的な名前で……いやでも、コイツはゲイルに対抗する切り札だもんな。なんかこう雄々しい名前をつけてやりたい気も。
そうして、僕はひとしきり悩んで。なんとか一応の結論を見出すのだった。
「エヴァンセス」
呟きがその結論だった。
エヴァンセス。僕の故郷の昔話、そこに登場するドラゴンの名前である。まぁ、ドラゴンらしくと言うか、退治されちゃう悪竜の名前ではあるけど。とにかく、そこそこ勇壮で、愛称はイブとかエヴァになって、そこそこ中性的だ。
「エヴァンセスのイブ。とりあえずはこれでいこっか」
僕はあぐらの上の子ドラゴンに視線を落とす。相変わらず気持ち良さそうに寝入っているけど、大丈夫かなぁ。ちゃんと自分の名前だと認識してくれるだろうか? 認識する知性を見せて、僕に従ってくれるだろうか。
「……頼んだよ、イブ。本当、頼んだから」
願いも込めて、イブの背中をなでてみる。
イブはこれまた気持ち良さそうに身じろぎを見せるのだった。