第25話:魔性の群れ(1)
とにもかくにもだった。
ごろつき共と、そいつらを利用しようとしたリラへの殺意が湧いてくるのはどうしようも無かった。
「あぁもう! 無事に戻ったら、アイツら絶対に蒸し焼きにしてやります!」
エイナさんが若干ダーティーなところをうかがわせる怒声を上げたりしているけど、それはこの場全員の総意だろう。
そう思えるだけのこの状況だったのだ。僕は冷や汗で背筋を濡らしながらに周囲の状況に目を配る。
この状況さ、一体何? それなりの歴がある冒険者の僕だけど、この状況は初めてだった。見渡す限りのゴブリン、ゴブリン、またのゴブリン。合間に町のごろつきの死骸がアクセントになっていたりするけど、とにかく雲霞のごとくのゴブリンにまみれてしまっているのが現状だ。
処理自体は順調ではあった。
森での戦闘の積み重ねで、かなり練度が上がっていたということもあるだろう。三隊に分かれて有機的に戦ってきたのだけど、その成果が十二分に出ている。一丸となってお互いをフォローし合う、スキの無い戦いぶりを披露することが出来ていた。
そして、大きな意味を持っているのはエイナさんという腕利きの魔術師の存在だ。
魔力を練るのも早ければ、行使も早く、規模もそこそこ。ゴブリン自体が魔術への耐性に優れた種族でも無ければ、近づく端から死骸の山を作り上げてくれている。
しかし……数、だよなぁ。
近寄ってきたゴブリンを斬り落とし、回り込もうとしてくれる連中にはクレシャで雷撃を浴びせ牽制し、一団となっている連中はイブで粉砕、あるいはマールの魔術で串刺しに葬る。こんな作業を続けながらに、やはり僕は冷や汗だった。
本当、数だよ、数。
見渡せるだけで百以上は存在していた。五十程度はすでに駆逐したのだけど、減少していく雰囲気が一向に無い。どうやら魔性の侵食度は僕が理解していた以上らしい。森にはかなりのゴブリンの余力があったようで、次から次へと数を増して襲いかかってくる。
これがはなはだマズかった。冒険者として鍛えられているとは言え、僕たちの体力は無限ではあり得ない。中核として活躍してくれているエイナさんにしても、当然その通りだ。いつまでも今の精度と頻度で魔術を放つことが出来るわけじゃない。
心配して思わず見つめたことに気づいたらしい。エイナさんは疲れの見える顔に笑顔を浮かべてきた。
「大丈夫です。ごろつき共とリラに制裁を加えるまでは元気でいますとも」
気丈にふるまってはくれたが、そうとばかりはいかないはずだ。ほどなくして疲弊し力尽きる未来が見える。
そして、その未来が訪れた時には、僕たちはゴブリンに包囲されてなぶり殺しにされるわけで。
「やれやれ。とんでも無い連中についてきてしまったな」
不意に響いた声はバーレットさんのものだった。相変わらずの腕組みで呆れ顔だけど、ついてきてくれやがっていたのだ。いや、町で待機しておいてくれって告げてあったのだけどね。何を考えてかついて来ていて、優雅に観戦してくれやがっていて。
「このままでは全滅だが、どうする? 町の安全の問題もあるからな。良かったら手を貸してやろうか?」
僕は思わずちょっとムッとしてしまうのだった。僕をすでに見放しているからだろう。バーレットさんの態度はいつにも増して傲岸に見えて……って言うか、領主の娘なんだから言われなくても手ぐらい貸せよって感じで。役に立ちそうな従者を引き連れていることだしさ。
なんとなくお願いしますと口にはしたくない気分だった。いやまぁ、ピンチではあるんだけどさ。それでも援助を乞うのは最後にしておきたい気分。
よって最後から二番目ぐらいの手段を選ぶとしますかね。
「どうぞ観覧していて下されば。そろそろ僕も全力を出しますので」
「む? 全力?」
僕はそれには答えず、エイナさんに目を向ける。
「じゃあ、エイナさん。ちょっと行ってくるから」
「いつも通りということで?」
「そう。もうちょっと数が減った後の方が良かったけどね。仕方ない」
僕は近寄るゴブリンを適当に斬り捨てつつ、周囲の様子に目を配る。相変わらずうじゃうじゃだけどね。さて、どこに斬り込めばってことで。
最後に、僕は首をかしげるバーレットさんに対し口を開く。
「私たちの実力ですがね、正当な評価のほどをお願いしますよ」
ちょっと未練がましく領主の後ろ盾の可能性を残そうとあがいたりしつつだ。僕は木笛を数回鳴らし、そしてゴブリンの群れへと飛び込んだ。
つまるところエイナさんの言うとおり、いつも通りということだ。
いつも僕は魔獣たちと一緒に一方面を担ってきたけど、その再現だ。ちょっと数が多すぎたからためらわれるところは大きかったんだけどね。疲弊して周囲を囲まれて動けなくなったらあの世行きまった無しだし。
だから、一丸となって対処出来ていたら良かったんだけど、エイナさんの疲弊具合もあればどうにもそれは許されず。
まぁ、アレだ。将来への不安から来るモヤモヤ感で胸が一杯だし。やってやろうかね。胸がすくぐらいの活躍ってやつを。




