第22話:やはり迷う(2)
「率直に言えば。ただ、実際の反応は様々でした。戸惑っている人や不安がっている人。怒っている人もいました。ただ、これはバーレットさんに対してでしたけど。これもあの女が妙なふるまいを見せるからだと」
とにもかくにも、あの僕の発言を肯定的に受け入れてくれるメンバーはいなかったらしい。そりゃそうか。僕がメンバーであっても同じことを思うだろうし。そんなヤツじゃなかっただろって不満を覚えるのは当然だ。
しかしまぁ、うーん。イブをかまっているので私もとマールがじゃれついてきているけど。もう一度、毛皮に顔を埋めたくなるよなぁ。メンバーからこう不評を買うのはかなり胸にくるって言うか。
「あのー……どうしても、あのように振る舞わなければならないでしょうか?」
そしてのエイナさんだけど、この人は僕がああ振る舞わなければいけない理由を知っている人だ。そのエイナさんが、こう忠告めいた言葉を口にしている。なかなかちょっと肝が冷える感じが。
「そ、そんなに? パーティーが分解しかねない状況だったりするの?」
もはやゲイルへの対抗よりも、パーティーの存続を心配しなければならない状況にあるのかと危惧したわけだけど。
「い、いえ、そこまでのことは。不評ではありますけど、まだまだ驚きの方が勝っている感じですし」
とのことだった。僕は安堵し、ただ首をかしげることになる。
「だったら、エイナさんのさっきの発言の意図は? 僕が強く出ないといけないことは君も知っていることだろ?」
必要があってのことだってさ。背後では、再びエイナさんの頷く気配があった。
「分かっています。領主からの協力を取り付けるためにも、バーレットさんの眼鏡にかなうようなふるまいをする必要があると」
「そうそう。それに実際、僕は頼りなく映るみたいだしさ。バーレットさんの件を抜きにしても、ゲイルに対抗するためにはああいうふるまいが必要な気がするんだよ。でないと、僕についてきてくれる人はこれ以上は出ないんじゃないかって」
昨夜のレニーとの一幕で思い知ることになったけどね。とにかく、メンバーからの不興を買おうが、あのふるまいが僕にとっての最善だった。
ただ、エイナさんには、僕の選択が最善手と映っているのかどうか。
「私も……カリスさんのおっしゃることは理解しているつもりです」
内容自体は肯定だったけど、それで終わりとはなりそうにない雰囲気があって。そしてやはり、エイナさんには続く言葉があった。
「ただ……どうなんでしょう。必要であることは本当に分かるんです。でも……私はそれが必要では無いようにも正直思えていて」
それは間違いなく否定の言葉だった。僕は思わず問いかけることになる。
「理由は? 何でエイナさんはそう思ったのかな?」
僕のがんばりが否定されたような気分に一瞬なったわけだけど、問いかけには純粋な疑問の思いしかにじんでいなかったはずだ。実際、何でエイナさんがそんな結論を得たのかって不思議でしかたなかったし。
ともあれ、優しいエイナさんだった。僕が苦労していることを知っていれば、強い否定の言葉を並べたくは無かったようで。言葉を選びながらにといった雰囲気で、おずおずとして返答をしてきた。
「あー、本当に分かるんです。カリスさんの苦渋の選択は、正しいとは思えるんです」
「でも、ただなんだよね」
「正直……はい。力強さも大切だと思います。ただ、それはカリスさんの良さではありません。少なくとも、私はそう思っています。ゲイルのような力強さをよそおったところで、その……狸芝居なんて言ったら失礼なんですけど。領主の後ろ盾を得たところで、信望を得られるかどうかは。むしろ……」
「失うと?」
「はい。領主の協力を得ようとしているのは、ゲイルに対抗するために大勢力を築くためです。しかし、カリスさんが今のふるまいを続ければ、手段は達成出来てもその目的が怪しくなるような気がするんです」
僕は「うーむ」なんてうめきつつ、前髪をかきむしることになった。それは……あり得るかもなぁ。
領主の後ろ盾を得たところで、僕の態度が不興を買ってしまえばだ。結局のところ、大勢力を築くことは出来ないのかも知れない。ただ、僕はそうは思っていないから、あんなふるまいをしていたんだけど。
「でもさ、今までよりは良くないかな? 不甲斐ないよりは、はるかに人を集めるんじゃ?」
「その可能性は否定はしませんが、低いような気はします。カリスさんはゲイルの土俵で戦おうとしているんですよ? にわか芝居で、あの傲岸不遜なしたたかさに敵う自信がおありですか?」
「そ、それはまぁ……ただ現状を変える必要が……」
「大丈夫です」
なにが大丈夫? って、僕はエイナさんを振り返ることになった。彼女は力強い目をして頷きを見せてきていた。
「大丈夫です。カリスさんはゲイルとは違います。ゲイルなんかとは違う、素晴らしい魅力をお持ちなんですから。日和見を決め込んでる連中も、すぐにカリスさん支持を表明してくるに決まっています」
「……そ、そう? なんかこう、正直具体性に関してはうーんって感じだけど」
「わ、私を信じて下さい! きっとそうなりますし……その、私はカリスさんにそんな苦しんで欲しくは無いと思っていまして」
多分だけど、これが一番エイナさんが伝えたかったことなのかもしれない。心配そうな目をして僕を見下ろしてきていて、僕は苦笑を返すことになった。
「ごめんね、エイナさん。どうにも心配させてしまったみたいで」
「無理をさせてしまっているようで本当に申し訳なくて。無理はなさらないで下さい。いえ、無理をするべき状況ではあるのですが、えー、そこはアレです。領主に媚びるだけが残された手段ではありませんから」
「え? そんなのある?」
「ありますとも、領主の娘が、従者を連れているとは言えこうして無防備な姿をさらしているんですから。捕らえて、領主を脅すことも出来ます」
それは、物騒と言ってこの上無く物騒な意見だったけど。僕は思わず感心してうなることになった。
「な、なるほど。その手があったか」
「もちろん領主との関係は悪くなりますけど、ゲイルを潰してしまえば、その後釜はカリスさんです。今のゲイルのように内政に欠かせない存在になってしまえば、恨まれたところで向こうからは手が出せません。今後の私たちの安全にも、何も問題はありません」
「ま、まぁ、何も問題が無いってことは無いだろうけど、うん。確かに一案ではあるかな。しかし、あー、エイナさんもなかなかの策士だね」
僕の中でのエイナさんは、真面目で優しい魔術師さんだ。だから、この手の攻撃性のある策略とは無縁であるような気がしていたんだけどねぇ。エイナさんは僕が初めて見るニヤリとした意味深な笑みを見せてきた。
「私だって冒険者ですから。品行方正というわけでは決して」
「な、なるほどねぇ」
「とにかくです、カリスさん。私はカリスさんがゲイルのようにふるまう必要は無いと思っていますし、その時には全力を尽くすつもりです。汚い方策だろうが、手を汚せない私ではありませんから」
「……そっか」
「そうなんです。だから、思い悩まないで下さい。それじゃあ、私は行きますね」
言葉通り、エイナさんはすぐに去っていった。
残されたのは夕焼けの底の静かな時間だった。空気を読んでいるなんてことは無いんだろうけど、イブとマールも静かに僕を見つめてきていて。小川のせせらぎばかりが妙に耳に響く。
そして、僕はあぐらをかいて、そこに頬杖だった。
悩ましかった。エイナさんの気遣いは心の底からありがたかった。ゲイルのようなふるまいをすべきでは無いという意見は、まったくありがたい意見でしか無かった。
ただ、喜び勇んで頷けるかと言えば、それはもちろん違う。
バーレットさんを人質になんて、リスクが高すぎる方策だし。エイナさんが言うように上手く立ち回ることが出来れば良いけどさ。失敗すれば貴族を敵に回すことになる。魔性への対応に忙殺されているとは言え、支配者層を敵にね。魔性への対応の中で練り上げられた、破格の怪物共を敵に回すということになってしまえば……僕はもとより、エイナさんたちが無事ですむはずが無い。
だから、現状はバーレットさんの求めに応じて、ゲイルを真似たふるまいをしておくのが一番……ってなれば悩まずにすむ話なんだけど。
うーん、だった。
ここでエイナさんの諫言が効いてくるのだ。狸芝居かぁ。確かにね。ここでゲイルの真似事をして強いリーダーを演じたところでだ。そこに何らかの魅力が生じるかと言えばって話で。ゲイルと比較して上回るような何かを周囲が見出してくれるかと言えば。
「……なんだかなぁ」
僕はゲイルのパーティーにおいて、それなりの働きをしてきた男だ。テイマーとしても、それなりの実力を持ち、何故だかドラゴンになつかれもしている。
しかし、この程度だ。手札として活かせるのは、この程度。そして、この手札で勝負をしていかなければならないのだけど、正直手詰まり感がなぁ。
凡才としては仕方がないことなんだけど。
僕は茜が走る川面を見つめながら、とめどなく悩みにふけるしか無かった。




