第5話:薬草取りと出会い(1)
追放されたこと自体はどうでも良かった。
あのパーティーに未練なんてさらっさら無いし、復讐なんて気分にもならない。ゲイルをはじめとするあの連中と二度と顔を合わせたくない。そんな思いしか僕の胸中には無かった。
しかし、だった。
クレシャだ。僕の相棒である魔犬のクレシャ。テイマーとしての唯一無二の相棒である彼女だけは、何としても取り返さなければならない。
僕はそう心の底から思っている。ただ、僕の現状はと言えば……
「はぁ」
ため息が消えていったのは、春の山中だった。冬の気配などとうの昔で、生命力おうせいな雑草雑木がうっとうしく緑を広げている。
そんな山の中を、僕はナタを振るって緑をかきわけながら進んでいるのだけど……本当、はぁだよなぁ。
これがである。
これが今の僕の現状だった。山の中をかきわけながら生えている薬草、山菜取りに精を出している。
何故こんなことになっているかと言えば、まず第一にはだ。クレシャを取り戻すことに僕は失敗したということだった。
正確には、失敗までもいっていないけど。僕がクレシャを取り戻すことに動くことは、ゲイルも十分に予想していた。クレシャの見張りがキツイことキツイこと。昼夜問わず、二人以上のメンバーが見張りにつく手厚さだった。
どうあがいても救出は無理、と。
現状では判断するしか無かったのだ。もちろん、僕にあきらめる気はまるで無く、だからこそである。僕はこうして山の中を歩き回っているのだけど。
金だよなぁ。
クレシャを取り戻すことが最重要だけど、そのためには僕が生きていることが最低限の条件であり。金がいるのだ。食べるためにも寝るためにも。そして、クレシャを取り戻すために装備を整えるにも、戦力として人を雇うためにも。
だからこれだった。
薬草、山菜取りにはげんで小銭をかせいでいるのだ。
……本当は、もっと効率良く稼げる手段がいくらでもあったのだけど。
「はぁ。あのくそヤロウが」
思わず恨み声がもれて、ナタの振り方も必要以上に荒々しくなる。
くそヤロウはもちろんゲイルのことだけど、アイツなマジでやりやがったからな。お前には次の仕事も所属先もねぇみたいなことをほざいていたが、その通りのことを実行してくれたのだ。
仕事自体はたくさんあるのだ。
魔性と呼ばれる、魔物とはまた毛色の違った脅威の活動が活発になり、王やら貴族やらが、その対処につきっきりになっていた。
警備やら犯罪者の捕縛やら、あるいは魔物の討伐やらだけど。冒険者などという怪しいなんでも屋が生まれるくらいには、世間は仕事で満ち溢れているのだ。
そして、僕は冒険者としての経験がそれなりに豊かで、クレシャ無しでもそこそこに戦える実力もあった。
なのに僕には仕事が無かった。もちろんゲイルだ。この近隣で最強のパーティー、そのリーダーであるゲイルがあちこちに圧力をかけていた。
カリスには仕事を回すな、回せばヒドイ目に会うことになるぞ。なんてね。
「はぁ。本当、まったく」
ため息はどうにも止まらないのだった。おかげで僕はこの有り様だ。知り合いのばあさまに頼みこんで、草と友達になってなんとか生活費をかせいでいる。
これではまったくダメなのだ。
本当に何とか生きていられるという状態だった。クレシャを取り戻すための時間的、経済的な余裕はまったく無い。
何かを考える必要があった。
クレシャを取り戻すために、現状を変えるための打開策を。
もっとも、それが思いつかないから僕は山中でひーこらしているわけだが……ん?
しげみをかきわけて開けた場所に出たのだが、僕は軽く目を丸くすることになった。
なかなか珍しいものを目にしたのだ。多分、元荷馬車だろう。おいしげる雑草に覆われるようにして、半壊した荷馬車が転がっていた。
その木片には、ところどころ黒ずんだシミついているが……ふむ。
軽い驚きは一瞬のものだった。
この辺りはわりと知られた名所だったりするのだ。
良く効く薬草の名産地だとか、そういう話じゃない。密輸業者に大人気。そんな名所だった。関所で税を取られることを嫌う商人どもにとって、この山中は格好の密輸ルートであるようだった。
そしてである。
脱税商人たちに人気だということは、その脱税商人でひと儲けしたい連中にも大人気なのだ。
ようは山賊どもだ。
目の前の光景はそういうことなのだろう。関所逃れを企んだ商人どもが山賊の餌食になり、結果今は、なごりとして荷馬車が残るのみと。
「……うーむ」
僕は荷馬車を見つめて一つうなり声を上げる。一応さ、これでも名うてのパーティーのメンバーだったわけでさ。新人の頃から、それなりに仕事に恵まれてもいれば、火事場泥棒になんて手を染めずに生きてこれたわけだけど。
僕は「はぁ」とため息だった。
情けないが、四の五の言える贅沢は僕には無い。気は進まないが、あきらめて火事場泥棒に精を出すとしようか。
残骸に近づいて目をこらす。うん。予想はしていたけど何も無いな。何を運んでいたかなんて、予想出来るような何かすら何も無い。
山賊の仕事のなごりなのだから、そりゃそうかなのだけど。
でも、何か無いのかね。しゃがみこんで視線を低くし、周囲のしげみにも目をこらして……おっと?
少しばかり胸が高なるのだった。あった。しげみから何かがわずかに顔を見せている。それは何かの尻尾のようだった。ウロコに覆われた、人の前腕ぐらいの太さと長さの尻尾。
「ははぁ」
ピンときて、僕は思わず笑顔だった。ドラゴンだ。間違いなく、アレはドラゴンだ。




