第17話:酒場でのひと息(2)
まぁ、既視感しかないけど。
つまるところレニーだった。アイツは不満半分驚き半分って顔をしてるけど、それもさもありなんって言うか。こんな一つ入った路地の酒場で、まさか僕と偶然出会うとは思っていなかっただろうからね。僕と同様の驚きを覚えているはずだった。
しかし、アイツどうするのかね?
そんなところにボケっと立っているなって、常連たちから非難の視線を集めることになっているけど。
レニーは「うっ」と顔をしかめて逡巡を露わにするのだった。性格が悪いわりにはまともな神経を持っているということなのか、早く身の振り方をと焦っているのだろうかね?
僕としては……うーん、どうだろう。レニーには、立ち去って欲しいような、そうでも無いような。この平穏な時間を邪魔して欲しくは無いのだけど、この町に来てから目の当たりにすることになった妙な態度はけっこう気になっていて。
まぁ、何はともあれ、アイツがどんな選択をするのか次第か。空いている席は、よそ者の周囲ということもあってか僕の近くにしかないけれど、一体どんな選択をするかね?
結局は前回と同じ決断になったようだった。
バーセク種を引き連れたレニーは、店主に注文した上で僕のそばに近づいてきた。そして、ひと席をはさんだ隣に何でも無いような顔で腰を下ろしてきた。
本当、何を考えてこの選択をしてきたかは分からないけどさ。でも、こうなってしまったわけだし。色々と聞いてみようかと思うけど……しかし、ちゃんとしたテイマーなんだろうなぁ。
職業柄というか、そんなところがまず気になったりしたのだった。
ちゃんと調教が出来ているっぽいのだ。魔犬の生来の凶暴性もあって戦場では戦わせることが出来ても、それ以外ではまったく全然な半端者のテイマーもけっこう多かったするんだけど。
コイツはそうでは無いらしかった。バーセク種の二体は、大人しくレニーの足元で小さく腹ばいになっている。他の客たちの食事を気にしている様子でも無ければ、クレシャを気にはしつつも、吠えかかってるような気配はまったく無い。
レニーをリーダーとして認め、その指示に忠実に従っているといった様子である。言い換えれば、レニーはしっかりと自らをリーダーと認めさせて、十分な調教をほどこしているということだ。
クレシャを捨てやがった男だけど、同じテイマーとしてはある程度の敬意を払わなければいけないような気がするような。まぁ、実際払えるわけが無いんだけどさ。
ともあれ、僕は少しばかり眉をひそめることになった。
注目したのバーセク種二体の様子だ。傷だらけのように僕には見えた。明らかに体毛がえぐれている部分もあれば、腫れているように見える箇所も少なくない。
以前であればコイツが無茶な指示でも出してるのかって軽蔑するところだったけどね。この調教の様子を見てしまえばなぁ。以前にこの二体を役立たずとなじったコイツではあるけど、それでも傷だらけになるような使役をするテイマーとは思うことが出来ず。
思い起こされるのは追放された前日だ。
クレシャを肉壁だの備品だのと言われたものだけどさ。レニーの上役だろうリラは、ゲイルの熱心な信者だ。レニーがどんなバーセク種の使い方を強いられているのかは、容易に想像がつくけど……むむむ。
僕は思わず周囲を見渡すのだった。
いや、そんな必要ないんだけどさ。あのお姫様はついてきていないんだから。それでも、いたら失望されそうなことを僕はしたくなっているわけで。で、実際に行動に起こしてしまうわけで。
「……傷に良く効く軟膏があるけどさ、良かったら使うか?」
なんかこう、同じテイマーとしての衝動みたいなのがあったのだ。魔犬が怪我をしていることにも、嫌な使い方を強いられているだろうことにも。安っぽい同情ではあるんだけど、そんな声かけをしたくなってしまったのだ。
で、レニーの反応だった。
前回の邂逅では無視を決め込んでくれたコイツだけど、今回は違うらしい。酒盃をかたむける手を止めて、いぶしげな視線を僕に向けてくる。
「軟膏だ?」
当然の疑問の声に、僕はそりゃそうだと頷きを見せる。
「だから、軟膏だっての。血止めと化膿止めの。そいつら怪我してるんだろ? お前も自前のを使ってるんだろうけど、よく効くからさ」
余計なお世話だろうけど、使って損は無いわけだし。僕は腰の荷物袋から、くだんの木の小箱入りの軟膏を取り出す。
いつかの薬草取りに励んでいた時に、ついでに自分用にと作って置いたのだった。売り文句には偽り無しで、効能には自信がある。だから、いいから受け取れって突きつけてやるのだったけど、レニーは僕の顔と軟膏を無愛想に交互に眺めてくる。
「……毒入りってヤツか?」
そして、めちゃくちゃ失礼なことを言ってきやがったのだった。僕が顔をしかめることになったのもそりゃ当然の話で。
「なわけがあるか。これはクレシャにも使ってやったヤツだぞ? 入れてるわけが無いっての」
これまた当然の文句だったはずだけど、レニーのヤツは呆れたように眉根にシワを寄せやがるのだった。
「テメェはまったく……平凡な野郎だな」
そしてのこの発言だったけど、うん。ひどい罵倒では無かった。それでもあー、へ、平凡。普段であれば言わせておけと鼻で笑っておくぐらいですますことが出来るのだけどさ。メンバーたちから凡庸だって不安がられて、見るべきところが無いからってゲイルらしさなんてものをお姫様から求められている今の僕だからして。
「へ、平凡ってあぁっ!? 僕が平凡ってなんだよっ!! 自分を襲ってきた暴漢のために特製の軟膏を渡そうとする人格者だぞっ!! どこが平凡だよどこがっ!!」
「まぁそうだな。ただの平凡でも無く、筋金入りだろうが……とにかくうっせぇよ。迷惑だろうが」
言われて、僕は怒気を収めるしかなかった。た、確かに。お客さんたちは明白に非難の目つきで僕をにらみつけている。
「……一応言っておくけど、お前が平凡とか言ってきたのが原因だからな」
「平凡って言われたぐらいでここまで叫び出すヤツを俺は知らねぇよ」
それはまぁ、これも確かに。
これ以上突っかかるのは理不尽でしかないか。ただまぁ、因縁もあればトゲトゲしくならざるを得ないけど。
「で、どうすんだよ? 僕特製の軟膏だぞ? 受け取る気はあんのか?」
「……ふん」
鼻を鳴らして、レニーは店主に注文を飛ばした。適当に何かみつくろってくれって感じだけど、そうしておいて僕の軟膏を手早く奪い取ってきた。
で、バーセク種たちに軟膏を塗り始める。どうやらだ。注文した分はおごるからって、軟膏分はチャラだって主張したいみたいかな。
ふーむ、とうならざるを得なかった。
平凡だとか、コイツは僕についてほざいてくれたけどさ。どっちかと言えば、コイツの方が平凡だよな。ふっつうの義理とか人情で動いている感が半端無くて。礼は言いたく無いからって、その代わりを用意しようとする感性がね。
あと、バーセク種の相手の仕方もふっつうと言うか。平凡にテイマーとしての愛情を注いでいる感じだった。軟膏を塗る手つきも乱暴のようでけっこう労りが透けて見える。
「アンタさ、どんなことを思ってクレシャを捨ててくれたりなんかしたんだ?」
そんなことが気になり尋ねることになった。テイマーが使役する魔獣にどれほどの愛情を注ぐのかって、その辺りのことは実体験として理解していそうだし。そういう手の非道が出来そうなタイプには、あまり見えないけどねぇ。
レニーは作業を進めながらに、静かにたたずむクレシャをちらりとうかがってきた。
「……そいつは元気みたいだな」
疑問への答えとは思えない、意図の読めない発言だった。僕はとりあえず頷きを見せる。
「まぁね。変わらず元気なものさ」
「俺は死んだと思ったんだ」
「は?」
「気がついたら頭から血を流して倒れていて、浅い呼吸ばかりで何の反応も寄越してこなかった。そして、ゲイルの敵だったお前は、俺にとっても敵だった」
おおよそ言いたいことは分かったのだった。
クレシャが死に体であり、僕が敵でもあれば容赦する必要は無かったと。でも、じゃあクレシャが無事であれば、捨てる気は無かったってことかね?
「……アンタもたいがい平凡な気がするけどねぇ」
かなり口と性格は悪いだろうけど、根っこの部分はさほど僕と変わらないような気がするような。
しかし、そんな僕の呟きがコイツにどう響いたのか。再び「ふん」なんて鼻を鳴らし、酒杯を一度かたむけた上で、
「お前はどこの出だ? どこでテイマーの技術を学んだ?」
そんなことを尋ねてきたけど、雑談したくなったって感じ?
まぁ、良いけど。つまみを世話してもらったみたいだし、雑談にぐらい応じさせてもらうさ。もともと、コイツの妙な態度が気になっていたところだし。
まぁ、コイツ中身平凡そうだからなぁ。
この地域一番のパーティーに誘われて浮かれてたんだろうけどさ。現実を知って、色々思ったりしてるってのが態度の原因だろうね、きっと。




