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第14話:求められるふるまい(1)

 悩ましかった。


 魔性たちとの戦闘に身が入らない程度には、そのことで僕の頭は一杯だった。


 だから、クレシャの注意の吠え声に僕は助けられることになったんだけどさ。


 オークという怪物がいる。


 土色の体をした亜人型の魔性の一種だ。個人的な感想としては、全てをスケールダウンしたアメジストアイってところかな。


 体格だけは、アメジストアイの成体に比肩するけど、あのクマさんほどの筋力も敏捷さも無ければ、豊富な魔力も持ち合わせてはいない。ただ、そこらの手頃な木を引っこ抜いてぶん回してくるから、そこが厄介で。


 そして、現在だ。


 僕はそのオークを間近にしていた。最接近というほどでも無いが、十分に相手の攻撃圏内だった。土色の巨人は両手で握った大木をふりあげ、僕をぺしゃんこにしてやろうと息まいている。


 少し冷や汗を浮かべることになった。


 オークの意図に沿ってしまえば、僕の身長が半分以下になる未来は想像に難しくなく。ただ、しょせん相手はオークだ。人間の棒術の達人とかじゃない。全てが鈍重であれば、避けるのはたやすい。


 そばにいるマールと共に、大木の一撃を軽く横にかわす。その上でひと仕事だ。狙いは醜悪な巨人のふしくれだった指である。長剣を一閃する。いく本もの指が宙を飛び、自然のなりゆきで大木が地に落ちる。


 で、つかみかかってくるオークから、適当に後ずさって距離をとる。あとはまぁ、僕の相棒たちに任せるかね。


 木笛で指示を飛ばす。


 ゴブリンの群れを相手にしていた二体を呼び寄せた上で、次いでさらにの指示。クレシャが雷撃でひるませ、イブがその太い脚に猛然と頭突きをかます。多分、スネの辺りが折れたかな。耳に残る破砕音が響き、オークはたまらず膝を突く。


 で、最後はマールちゃんで。


 身動きが取れなくなったオークの体を、幾筋もの大地の槍が突き抜ける。


 これで、はい。窮地はあっという間に消えることになった。


「おぉ、リーダーっ!」


「はは、さすがですねっ!」


 あとはゴブリンばかりということもあってか、メンバーたちから気楽な称賛の声が飛んできた。


 僕は一応笑みを返しつつ、しかし、心ここにあらずだった。危険が去って、再び思い悩まなければならなくなったのだ。


 本当、この依頼で僕はどうふるまっていけばいいのか。


 僕が視線を向けた先にはバーレットさんがいた。彼女は従者たちに囲まれながら、僕をじっと観察し続けている。



「えー、どこか体の具合でも悪いのですか?」



 戦闘が終わって、休息にと選んだ木陰においてだ。根本に腰を下ろしていた僕に、エイナさんが心配そうに声をかけてくれたのだった。


 大丈夫、何も問題は無いよ。いつもの調子で平然を気取ろうとしたのだけど、周囲の状況を把握して、その考えを変えることになった。


 近くに他のメンバーたちがいなければね。それぞれが、それぞれの休憩の時間を過ごしており、内緒話なんかをするにはちょうど良かった。心配の声には首を左右にしておいて、僕はエイナさんにお願いをすることにした。


「いや、体調は悪くないよ。ただ、悩んでいることがあってさ。君に聞いてもらいたいことがあるんだけど、良いかな?」


「私にですか? もちろんですとも。私で良ければはい、喜んで」


 エイナさんは気張った笑顔を見せてくれて、僕も笑顔を返すことになる。


「ありがとう、助かるよ。それで早速なんだけど、これからどうしたら良いかって悩んでて」


「これから……ですか? 私たちに出来る範囲で上手くいっていると思っていましたが」


 エイナさんは首をかしげているけど、それはその通りだった。実際、上手くいっているのだ。この上なく上手くいっていたりするのだ。


 魔性の制圧のために中枢体を探しているのだけど。ゴブリンだけで無く、オークに出会うことになったように順調にその中枢体に近づくことは出来ていた。


 捜索のペースとしては非常に早いものだった。僕のそれなりの経験と比べても、一位、二位を争うぐらいに早く、リラたちに負けていることはまずあり得なくて。


 そのことはメンバーたちに伝えてあって、彼らの雰囲気を明るくすることに貢献していたりするけど、それはともかく。


「問題はバーレットさんでさ。エイナさんも、感じているところはあるだろ?」


 僕の問いかけを受けて、エイナさんはくだんのお姫様に視線を向けるのだった。


 珍しく彼女は僕につきまとってはいなかった。同行しているんだから少しは仕事をしてやろうなんて、イブの遊び相手を買って出てくれていて。


 まぁ、ただただ同行者に徹しているのが退屈になってきたんだろうけど。とにかく彼女は、現在イブとにらみあっているのだった。いや、うん、にらみあっているんだよね。遊んでいるようには欠片も見えないけど、それにはイブに原因がある。常人とはちょっとばっかり雰囲気の違うバーレットさんを、イブは遊び相手として受け入れることが出来なかったようなのだ。


 それでも遊んでやろうと近づくバーレットさんと、じりじりと後ずさるイブ。よって、にらみあいだった。お互いにストレスがたまっていそうでどうかと思うけど、僕にとっては非常に好都合。こうしてエイナさんと内緒話が出来るしね。ちなみに、クレシャはいつも通りに腹ばいで休憩していて、マールは僕の腕の中で寝ている。そんなマールを、イブは恨めしそうに見ているような感じがあるけど……まぁ、うん。ドラゴン殿にはがんばって頂くとして、問題はバーレットさんだ。


「……正直、試してきている感じはありますよね」


 どうやらエイナさんは同じ感想を抱いているようだった。僕はすかさず頷きを返す。


「だよね。試されている感じがあって、それは特に僕に対するものかなぁって思っているんだけど」


「それで間違いないと思います。カリスさんが試されているようで……求められているような気もします」


 これまた同じ見解をお持ちのようだった。再びの頷きをして見せることに。


「やっぱりそう思うよね。で、あの人が僕に何を求めているかと言えば……」


「多分ですが、よくゲイルを引き合いに出して来ますから」


「ゲイルらしさって、そんなことになるのかね」


 やれやれとしか言う他無い話だけど。どう考えてもあの領主の娘さんは、僕にアイツのような苛烈さだか卑劣さだかを求めているようで。そのことが決定的になったのは昨日か。レニーに対して、敵対的な態度を見せなかった僕を、あのお姫様は失望の目で見つめてきて。その上で、闇討ちをしろとけしかけてもきて。


 ゲイルみたいにふるまえと言われたところで、頷きたくなる要素は皆無なんだけどね。でも、そうとばかり言っていられないのが現状か。僕は一つため息を吐いた上で、真剣な顔をしてエイナさんに向き合うことになる。


「僕が心配しているのは、例え依頼をこなしても約束が果たされないかもってことでさ。僕っていう人間が期待にそぐわないからって」


「その可能性は……普通だったらあり得ないんでしょうけどね。契約を裏切るのは依頼主にとってもリスクしかありませんから。依頼主としての信頼を失うのはもちろん、恨みを買うことにもなりますし」


「ただ、向こうさんはなぁ」


「多少信頼を失ったところで揺らぐような立場じゃありません。私たちから恨みを買ったところで、ゲイルたちに始末させればそれで終わりです」


 本当、エイナさんが言った通りで。


 立場が弱ければ、依頼主様の意向は極力お聞きしなければいけないわけだ。ただ……ゲイルらしくねぇ?


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