第12話:息つけぬ休息(2)
「……本当ですか? 私が知るあの男らしくないのですが」
アロンソを通じて、ゲイルに利用されかけたエイナさんだからねぇ。いぶかしげな表情をしているけど、アイツを下に下に見ることは仕方ないことだろう。ただ、これは僕が在籍していた時までは事実だったし。
「本当、本当。さすがのアイツも、パーティーを壊滅させてまで手を出そうとはしなかったから。そこら辺の分別はあったから」
「分別……あの男からはほど遠い言葉のような気がしますが。しかし、ひどい好色漢なのは事実ですよね。やはりあの男は、カリスさんとは比べようもないヤツです」
僕と比べてどうかは知らないけど、やはりエイナさんはゲイルをこき下ろしたくて仕方がないようだった。まぁ、うん。アイツの弁解をするつもりは無いし、黙して同意しておくのだけど。ただ……アイツは好色漢だから色街に繰り出しているかと言えば、そこは少し違うのだけど。でも、これも口にする必要は無いかね。エイナさんも別にアイツの素性に興味なんて無いだろうし。
しかし……な、なに?
気になるのはバーレットさんの様子だった。僕とエイナさんとのやりとりを、静かにそして鋭い目をしてうかがってきていて。
やっぱりって言うか、何かあるよなぁ。
この人は、何か意図があって僕に絡んできて、僕を観察してきている。その理由なりが是非とも知りたいところであり。試しに酔わせてみるかねぇ? とらえどころの無い人だけど、酔わせると意外と素直になってくれるかもしれないし。
となれば、さっさと酒場と行こうか。
もともとお酒を純粋に楽しむような気分でも無かったし、僕は適当な酒場を見つけ、2人を先導してその扉をくぐった。
「……おぉ」
僕は思わず歓声を上げるのだった。
通りからしてにぎやかだったけど、酒場の中もなかなかのものだった。三十人程度は入れそうな規模の酒場なんだけど、その八割方の席はすでに埋まっていて。
良い活気だよなぁ。じっくりゆっくり飲めるって感じは無いけど、こういう活気もまた良いものだよね。
空いている席は、カウンター付近にまちまちある感じで。選択肢も無く、僕はそこを目指すことに。
「やぁ、大将。盛況だね」
久しぶりの酒場でちょっとばかり浮かれているところもあって。思わず店主にそんな挨拶をさせてもらったんだけど、店主はにこやかに応じてくれた。
「ははは、そうだな。普段はこんなもんじゃないんだけどな」
僕は首をかしげつつカウンター席に腰を下ろすことになった。これが普段の盛り上がりかと思っていたけど、そうでも無いの?
「祭りって感じでも無いけど、何かあった?」
「いや、祭りみたいなもんさ。この町でさ、この地域の将来を決めるような争いが繰り広げられてるんだ。カリスってヤツのことを知ってるか? アンタと同じ、魔犬を連れているテイマーらしいが」
隣のエイナさんが思わずといった感じで僕を見つめてきたけど、僕も驚きを示すことになった。カリスってヤツねぇ。心当たりは大いにあるけど、何故いきなりそんなヤツの名前が出てくることになったのか。
「へぇ、カリスなんてテイマーがねぇ。そいつが一体どうしたのさ?」
「ゲイルはもちろん知ってるだろ? ここらを牛耳ってる冒険者だが、その手下どもにそのテイマーがケンカを売ってんだとさ。パーティーを作って、ゲイルの座を狙おうってな」
「ほ、ほぉ。ゲイルの座を狙ってね」
「その前哨戦がこの町でって話なんだよ。それで人が集まってんだ。結果次第じゃ、身の振り方を考えにゃならんヤツも出てくるからな。冒険者どもも、商人どももだ。ゲイルは嫌わてるからなぁ。カリスってヤツが良い成果を出せそうならってことだ」
ゲイルから僕に乗り換えるかどうか。この町のにぎわいは、それを判断するために多くの冒険者たちや商人たちが集まった結果らしい。
まぁ、ありがたいことだった。
ここでリラたちに競り勝つことが出来れば、多くの協力者を得ることが出来るかもしれないということであり。しかし、喜ぶよりも先に疑問が湧いてきて。
なんで、それがうわさになってるんだ?
僕たちはそこまでの謀略をめぐらしてはいなかったし、リラたちは僕たちがこの依頼を受けることを知らなかったわけだ。アイツらにしても対決になるなんて話をしようが無い。
となると……この人かねぇ。
エイナさんも同じことを思ったのか。2人して、僕の隣のバーレットさんを見つめることになった。僕とリラたちの対決になるなんて、そんな絵を描けたのは双方に依頼を回したこの人以外ありえない。
バーレットさんは僕たちの視線に気が付いてはいないようだった。酒場に縁がないだろうお姫様は、荒っぽい喧騒に興味深げに視線をさまよわせるばかりで。
まぁ、間違いなくそうだろうから、あえて言及するつもりも無いけど。しかし、この人は分かんないよなぁ。この件だけを念頭に置くのならば、味方と言って差し支えは無いのだけど。今までの一連のあれこれは、この人を純粋に味方とすることをためらわせるもので。
とにかく酔わせてみよっかね。
頭にあった作戦を実行しようと、大将に呼びかけようとして、そして、
「げ」
騒がしい店内において、不思議とそんな声が耳に澄んで届いた。
理由などは分かっていた。聞き覚えがあれば、敵でもあったわけで。僕はそれなりに鋭敏であるはずなのだけど、その感覚に引っかかったということだ。
酒場の入り口に目を向ける。
そこには、魔犬を二体連れたテイマーが立っていた。頑健なバーセク種を連れて、明らかに顔をしかめる中年は間違いない。レニーだ。クレシャを捨てたなんてほざいてくれたアイツが、この酒場を訪れてきたのだ。
僕もしかめ面だったけど、それ以上にアイツは顔を不快そうに歪めていた。それはそうだ。僕はアイツにとって仇敵であるだろうし。イブもおかげもあって、アイツはゲイルのお使いをこなせなかったわけだ。ゲイルからお叱りもあっただろうし、僕について良い思いを抱いているはずが無いだろう。
そして、僕の願うところはレニーがこの酒場を立ち去ってくれることだった。
ただでさえ、バーレットさんがいてリラックスとはほど遠いのに。まさか、この場所で魔犬をけしかけてくることは無いだろうけど、それでも空間を同じくするのは勘弁だった。空いている席は、この周辺しか無いことだし。
あの男にしたところで、僕と同じ空気を吸っていたくは無いはずだ。
立ち去ってくれると信じたのだけど、あー、うん。さすがはゲイルの手下ってことか。僕の思う通りにはなってくれないようだった。
眉間にしわを寄せた表情で、レニーは僕たちの方向へと向かってくる。逃げ出すような真似はしたくないというプライドなのか、それとも僕の居心地を悪くしてやろうという悪意なのか。後者であれば褒めるしか無かった。僕はものの見事に嫌な気分にさせられていることだし。
どうしようかね。
僕の方が立ち去るのも、何とも気に障るし。何か一つぐらいは皮肉でもぶつけてやろうか。そう思って待ち受けたわけだけど、性格の悪さじゃ僕が太刀打ちすることが出来ないということなのか。
率先してだ。
席を求めてか、近くまで寄ってきたレニーは椅子に腰を下ろす僕を見下しながらに口を開いてきた。
「……良かったな。元気そうじゃねぇか」




