第5話:読めない真意(1)
領主の娘さんからの依頼を受けた僕たちは、早速とある町を訪れていた。
「よーし。着いたね」
町の入り口に立って、僕はひと息をつく。
そこそこ長い道のりだったけど、やっとたどり着けたわけだ。もちろん依頼のための道のりであれば、1人旅じゃない。額に汗しているエイナさんが僕に応じてくる。
「やっとつきましたね。ここが拠点となる町で?」
「そう。ここを拠点として、いざ侵食の制圧をって」
「いよいよですか。腕がなりますが……しかし、良かったですね。道中、何事も無くって」
僕は本当にと頷くことになった。
「だねぇ。道中から、あるいは奇襲なりでもあるかと思ったけど」
罠である可能性もあればかなり気を使って、そのせいで疲れてもいるのだけど。とにかく何事もなくて胸をなでおろせているのだった。
「これから先もさ、何事も無ければ良いけどね」
「はい。ただ、油断も出来なければですが……あの、注意してきましょうか?」
エイナさんが不安の眼差しを背後に送ったけど、僕は苦笑を浮かべるのだった。
「あはは。そうだね、どうしようか?」
この旅路は、当然2人旅でも無かった。依頼がなかなかに大事だし、パーティーメンバー全員の大所帯での旅路であったのだけど。
そのメンバーたちだ。めちゃくちゃ和気あいあいとしているんだよね。町並みを眺めながら、それぞれに談笑していて。イブを抱き上げて、町並みを眺めさせているメンバーなんかもいたりして。ロッシさんがしかめ面でたしなめていたりするけど、なんか違和感があるなぁ。ゲイルのパーティーにいた時のことを思うとこれはまったく。
「楽しそうだねぇ、ほんと」
「危険については、ちゃんと話してあったんですけど。やはり気を抜きすぎでしょうか?」
確かにそう見える気はした。少なくとも常在戦場の心得のようなものは感じないけど、別にこれはね。
「まぁ、いいんじゃない? このぐらいでさ」
「そうでしょうか? これだといざという時に……」
「気持ちは分かるけど、僕たちは貴族みたいな武人として期待して育てられたような連中とは違うし。あまり根を詰めたらすぐにへばっちゃうよ。だから、君もね」
僕の足元には、澄まし顔のクレシャと、見慣れぬ景色に不安ばかりのマールがいて。その僕の足にすがりついている方を抱き上げて、エイナさんに手渡す。
「君にはいざという時の活躍を期待してるから。とりあえず、この子とゆっくり町並みでも眺めると良いと思うよ」
エイナさんはいつも僕の補佐をがんばってくれてるしね。リラックスを出来る時にはして、精神を休めて下さいってことだった。
その優秀な副長格は、マールを受け取ってはにかむような笑みを見せてきた。
「少し気を張りすぎていたかもしれません。分かりました。少し気を楽にしようかと」
「そうそう。それが良いと思うよ。僕も道中は疲れたから、どうかな。良い酒場でもあったら良いんだけどなぁ」
「へぇ、カリスさんってお酒好きなんですか?」
「酔うのはそこまでだけど、酒場の雰囲気を味わいつつちびちびやるのがね」
ゲイルのパーティーで諸処の問題に忙殺されていた時は、それが一番の楽しみだったなぁ。
僕は町並みを眺めてみる。
この町はこの辺り一帯の交通の要衝として発展したようで。商人やら冒険者やらの流入が多ければ、彼らを対象にした店も多く軒を連ねているようだった。この分ならば、雰囲気の良い酒場の一つや二つぐらいあってもおかしくないだろう。
もちろん、酒場に出向くのは依頼を終えた後になるだろうけどね。メンバーたちにはリラックスしてもらいながらも、リーダーである僕が気を抜くわけにはいかないし。でも、やっぱり店を思わず探してしまうような……って、ん?
僕は遠くに目を細めることになった。
どうにも見覚えがある姿が見えたような気がしたのだ。品の良い従者たちを連れて、しかし本人は旅装束の冒険者然とした女性。
あれはまさか……いや、まさかじゃないな。あんな奇妙な一団は、なかなか目にすることは無いだろうし。
「カリスさん。アレって、バーレットさんでは?」
僕は同意の頷きを見せることになる。
「そうみたいだね。こちらに向かってきているみたいだけど……エイナさん」
「分かりました」
副長殿は、僕の胸中を的確に察してくれた。メンバーにバーレットさんの到来を告げて、礼儀良くあるように注意を出してくれて。
なんとも僕が人に恵まれていることを実感するけど、それはともかく。身分差もあれば、棒立ちで待ち受けるわけにはいかない。
バーレットさんたちに向けて、歩みを始める。そして、同時に胸中で首をかしげたりもする。
あの人は、なんのためにこんな場所にいるんだ?
依頼の成否の判断はギルド職員に委託する場合もあるけど、その場合は別に費用が発生するからね。自ら確認するのが確実でもあれば、たいてい依頼主本人が行うものではあるけれど。
だからと言って、バーレットさんぐらいの身分の人がわざわざ確認に出向いてくるのは例が無かった。その程度の仕事は、部下なり家臣なりに任せるのが自然であるし。
「お久しぶりでございます。まさか、このような場所でお会い出来るとは思いませんでしたが」
とにかく、にこやかにだけど、疑念を表明しつつ挨拶することなり。バーレットさんは「うむ」と、無愛想にだが鷹揚に頷きを見せてきた。
「お久しぶりと言えばお久しぶりか? まぁ、会えて嬉しいぞ。しかし、何故私がここにいるのか。それが気になっているようだな?」
察しの良いお姫様だった。さすがは社交界なんてものが存在する上流階級のお方なのかねぇ。もっとも、この人はあまり華々しき社交界の住人って感じは無いけど。
ともあれ、僕は素直に疑問をぶつけることにした。
「えぇ、その通りで。依頼の経過を見守りにいらっしゃったので?」
「そうなるな」
「バーレット様ほどの身分の方がそれを行われるのは、何とも意外ですが」
「別に意外でも無いぞ。ただの趣味だ」
「趣味?」
「見ての通り。わたしはなかなか活動的な方でな。屋敷に籠もっているよりは、外に出てやんちゃをしていたいものなのだ。でな、制圧にもついていくからな。そのつもりでいるといい」
僕は二の句が告げずに、バーレットさんの無表情をマジマジと見つめることになった。
「……あの、それは私たちに着いていらっしゃるということで?」
「そういうことだ。なに、私は練気も使えれば、剣の腕もそれなりだ。何より逃げ足の速さは折り紙付きでな。従者もついていれば、邪魔にはならんから心配するな」
正直だ。
そんなことを言われてもってなってしまうわけだけど。




