終話:魔獣との戦い、そして(3)
「僕もご相談が。ゲイルに対抗する気はおありで?」
「アイツの支配に甘んじることが生き残る唯一の道かとは思いはしましたが。もちろん。カリスさんが同志とあれば」
「あはは、あまり頼られても困りますけど、それは良かった。おたくでテイマー1人雇ってくれるってそういう話でよろしいですかね? ドラゴンがいるんで、将来的にちょっと食費がかさみそうですけど」
話が上手くまとまりそうだから、軽口まじえてのお願いになったけど。な、なんですかね? 旦那さんはけげんそうに首をひねっていて。
「テイマーを雇う……ですかね?」
「あー、テイマーは当然僕ですけど……む、無給ですかね?」
同志なんだから給与とかいらないでしょ? とか、けっこうなことを言われているのかと思ったけど。旦那さんは慌てた様子で首を横に振って。
「い、いやいや、もちろん雇うとなれば、それは相応のものをお支払いしますが。カリスさん。私はですね、貴方に私たちのリーダーになってもらいたんですよ」
「……リーダー?」
エイナさんも「へ?」って感じになっているけど、僕も当然そんな心地で。自身を指差すことになるのだった。
「あのー、僕が? いや、無くないですか? 人数比的にも、僕が貴方たちのパーティーに加わるって感じになりますよね? そちらのメンバーもんなのには納得しないでしょうに」
アマルテ夫妻のパーティーのメンバーとして、ゲイルに対抗しながら今までがんばってきたのだろうにねぇ。さすがに僕じゃダメでしょうし、そのことは旦那さんもよくよく分かっているはずなんだけど。旦那さんは、再び首を左右にしてきて。
「いや、カリスさんであるべきなんです。私の後ろを見てもらえれば分かるかと思いますが」
「後ろ?」
言われて、僕は旦那さんの背後に目をこらすことになる。そこでは松明が光っているけど、それに照らされているのは……
「アロンソの連れてきた連中ですか」
アロンソの連れてきたゲイル傘下の連中だ。痛むだろう足を引きずりながら、うかがうような目つきで僕を見つめてきているけど、あれ何? どんな気持ちで僕を見てんの? 不審に思っていると、旦那さんは頷きを見せてきた。
「そうです。彼らは、カリスさんの世話になりたいと口にしていて」
「へ? ぼ、僕に?」
「今日の失敗でゲイルに罰せられることが分かりきっているってこともありますがね。元からアロンソにこき使われてうんざりしていたようで。その上で、アメジストアイが襲いかかってきた時のカリスさんのふるまいを目にしたもんですから」
「えー、何か関係ありますかね?」
「自分たちを助けるために、魔獣に立ち向かってくれたと。感銘を受けたってことなんでしょうが、分かりますか? カリスさん」
な、何を? って感じだけど、旦那さんは真剣な表情で言葉を続けて。
「貴方の実力と人柄。それが大事なんです。ゲイルに対抗するための旗頭として。貴方がリーダーであればこそ、ゲイルに対抗しようと思う連中は集まってくる。貴方がリーダーならば自分たちを見捨てないと安心して集まってくる。そういうことなんですよ、カリスさん」
そして、見つめられてしまったけど、え、えぇ? ちょっと後ずさってしまうのだった。そんな実力にも人柄にも僕には縁が無くて。ゲイルから追い出された負け犬だし、リーダーにするにはちょっと情けないって言うか、大分頼りないような気はするけど。
しかし、旦那さんに続いてエイナさんだった。力強い目をして、頷きをみせてきて。
「カリスさん。やりましょう。貴方なら出来ます」
本当にそうかな? って感じは恐ろしくするけど……まぁ、そうだね。一応、追い出されたとは言え、僕はゲイルのパーティーの副長格だったし。冒険者としての格ってものを考えれば、僕が頭をやるのがねぇ。
「……分かりました。では僕が、リーダーやらせて頂きましょうか」
エイナさんと旦那さんが同意の頷きを返してきて。
どうやらこれでね。カリスのパーティーなんて、うさんくさいけど、そんなものが成立したみたいだった。
「では、リーダー。早速ですが、どうします? やることは山積みでしょうが」
旦那さんに問いかけられたけど、うーん。僕はわずかに首をひねった。それはまぁ、やることは色々とあるだろうけど。まずはそうだね、とにもかくにもゲイルのパーティーに対抗出来る戦力を揃えないと話にならないだろうけど……って、あ。
僕はアメジストアイの死骸に目を向ける。そう言えば、コイツが何故襲ってきたのか謎だったけど。戦力。もしかしたらあるかもなぁ。
「ちょっと失礼。クレシャ、イブ、おいで」
文字通り、ちょっと失礼するのだった。
アメジストアイが現れた方向を思い出し、そちらに足を進める。エイナさんと旦那さんも不思議そうについてきたけど、エイナさんが我慢しきれない感じで問いかけてくる。
「あのー、カリスさん?」
「なーんでアメジストアイがあんな凶暴だったのか疑問だったんだよね。普通のアレは、雑食だし好んで人間を襲うような魔獣じゃないし。でも、今は春であるいは……お?」
クレシャが茂みにピクリと耳をそばだてたのだ。いるのかな? 僕は茂みを覗き込み、
「あ、いたいた」
エイナさんも旦那さんも一緒に覗き込んできたけど。そこにいたのは、一見ぬいぐるみに見えるような何かだった。クマさんのぬいぐるみだよね。体高は僕の膝ぐらいかな。夜闇に溶けそうなほどに真っ黒な毛皮をして、紫色の目をして僕たちを見上げている。
「あ、アメジストアイっ!! アメジストアイじゃないですかっ!!」
エイナさんが叫んだけど、そういうことだよね。アメジストアイ、その子供がいるわけで。
「多分、冬眠中に生まれてって感じかなぁ。あまりに凶暴だから、子連れで気が立ってるんじゃないかって思ったんだけど」
案の定そうだったらしい。しかし可愛いなぁ。本当、作ったような可愛らしさで、なんとも視線を奪われちゃうけど、しかしまぁ。この子はアメジストアイであって。旦那さんは後ずさりながらに、僕を不安そうに見つめてくる。
「幸い、まだ私の手でも何とかなりそうですが……どうするんですか? 始末しますか?」
僕は首を左右にする。そして、常備している干し肉を取り出して、
「ほら。美味しいぞー」
干し肉を子グマの前に差し出すけど、エイナさんが慌ててそれを押し留めてきた。
「な、なに遊んでるんですかっ! ダメですっ! 危ないですからっ! 母親の敵って、食べられちゃいますよっ!」
「い、いや、大丈夫でしょ。哺乳類でも鳥類でも、赤子に近い子供が求めているのは母親じゃなくて、母親の役割を担ってくれる何かだし」
つまるところ、僕がご飯を差し向けてやればって話だよね。
再び干し肉を見せつける。何の警戒心も見せずにだった。子グマは立ち上がって僕の手に前足をかけてきて。では、よいしょっと。干し肉を与えた上で、抱き上げる。子グマは抵抗も無く、僕の腕の中に収まるのだった。
「……えーと、危険は無いのは分かりましたけど、その子どうするんですか?」
エイナさんの尋ねかけへの返答はもちろん、
「戦力になったらなぁって。ゲイルとやり合う上に、どれほどの戦力が集まってくれるかはまだ未知数だし。戦力は少しでもあった方がいいでしょ?」
「それはそうですけど……アメジストアイって、使役出来るのですか?」
「難しいとは思うけど、例はあるそうだし。相手はゲイルだからね。この地方じゃ最強のパーティーが相手なんだ。万策は尽くさなきゃいけないだろうさ」
「確かに……その通りですね」
僕の意を汲んで真剣な顔をしてくれたエイナさんに、僕は頷きを見せる。
「リーダーなんて柄じゃないんだけどね。でも、なったからには全力を尽くすよ。少なくとも、ゲイルのパーティーを潰して、その影響力を失わせるまではね。だから、エイナさんも旦那さんもよろしくね。頼りにしているよ」
二人はそろって、力強い頷きを返してくれて。両隣を見下ろせば、そこではクレシャにイブがひかえてくれていて。
さてさて。
自信なんかさっぱり無いけどね。
殺されるつもりも無ければ、エイナさんたちをゲイルの奴隷にする気にもなれないし。
ここはリーダーとして、全力を尽くさせてもらうとしましょうか。




