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第18話:アロンソとの戦い(3)

「カリスさん。当然ですが、ダメですよ。出ていく必要なんてありませんから」


 エイナさんが厳しい表情をして、そう口にしてくる。


 確かにその通りだった。優勢なのは完全にこっちだ。アロンソが逃げ帰ることはまず無いだろうからね。このままの攻め口を続け、アロンソが消耗しきるのを待ち。粘り続け弱りきったところに止めを刺す。これが一番無難な策ではあるけれど。


 ただ一応ねぇ。


 アイツがアマルテ夫妻たちを人質にすれば良いことに気づくかもしれないし。それにあと、この環境がちょっと。


「ここ、魔獣がいる森なんだよなぁ」


 エイナさんはわずかに首をかしげてくるのだった。


「確かにそうですけど……それが?」


「熊がいるって話があったよね? もしかしたらアメジストアイかもって」


「はい。それを警戒していると?」


「そうそう。万が一だよ? でも、その万が一があったら、僕も君も、そしてアマルテ夫妻もけっこう危険だし。なにぶん夜の森だからね。クレシャに狙われるような恐怖を味わうのはちょっとごめんかなって」


 と言うことで。


「行ってくる。まだ元気なのはアロンソだけだろうしね。横槍の心配も無いだろうから、ちょっと片付けてくるよ」


 エイナさんは不安そうだったけど、クレシャに襲われた連中の悲鳴が頭に残っているようで。


「……魔獣に襲われる可能性ですか。分かりました。私はどうすれば?」


「イブを任せるから、一緒に待機して見守ってくれれば。もし、けっこうな横槍があったら、その時はイブを適当に使った上で対処の方を」


 エイナさんは頷きを見せてくれたので、僕はイブを預け、そしてクレシャを呼び戻して。


 じゃあ、いよいよだね。


 アロンソを片付けに行くとしますか。


 クレシャと共に、木陰から身をさらす。アロンソはすでにそんな様子だった。身をさらして無防備に僕を探していたようで。


 これで勝てるとでも思ったのかね? 僕を見つけると、アロンソは憔悴(しょうすい)した顔に獣じみた笑みを浮かべた。


「やっと来たか、臆病者。勝負だ、カリス! どちらが優れているか、ここで決着をつけてやろう!」


 そうして、アロンソは下段に大剣を構えるけど。何だよ、どちらが優れているかって。


 僕はため息を吐きつつ、アロンソに目を向ける。


「んなことにはさっぱり興味は無いけどさ。傷の方も痛いだろう? さっさとここを去ってさ、どうだい? しばらく静養(せいよう)していたら?」


 ゲイルのパーティーを打倒し終えるその時までゆっくりしてくれたら嬉しいんだけどね。しかしまぁ、とにかくコイツを戦闘不能にしてやるのが先か。


 さて、どう仕留めてやろうか。そんな思案をアゴをさすりながらに練っているとだった。


「……逃がすって、お前は言っているのか?」


 妙なところをアロンソは突っついてきたのだった。そこ気にするところ? 実はけっこう逃げたかった? アロンソの胸中はよく分からないけど、僕は「まぁ」と頷きを見せる。


「そうしてくれても、僕はかまわないって話だけど?」


「……ナメやがって」


「へ?」


「ナメやがってっ!! テメェ、俺をナメやがってっ!!」


 これまた妙な激昂(げっこう)を見せてきたのだった。本当、何コイツ? 僕が念の為に大槍を構えていると、アロンソはまたもや叫びかかってきて。


「テメェにだけはナメられたくないんだよっ!! 俺はな、いつも不満だったんだっ!!」


「は、はい?」


「いつも評価されるのはお前だっ!! 戦場では冷静で的確だと称賛され、それ以外でも役に立つと重宝されてなっ!! ゲイルもお前を評価しやがるっ!! 追放してなお、お前のことを警戒してやがるっ!!」


 怒声にさらされつつ、僕は首をかしげるしかなかった。そんな声、一体どこで上がってたの? 寡聞(かぶん)にして僕は聞いたこと無かったけど。ゲイルが僕を警戒しているのも、アイツの臆病さと器の小ささが主な原因だろうし。


「……十割冤罪(えんざい)だろ」


 思わず呟いてしまうけど、とにかくアロンソは僕を嫌っているようで。憎んでいるようで。不意にだった。アロンソの怒りの表情に、蛇のような笑みが浮かぶ。


「逃げられるとな、思うんじゃねぇぞ」


「僕に執着する気満々ってわけ?」


「そうだ。絶対に殺す。お前は俺の手で必ず殺す。俺の前にひざまずかせてやる。泣き叫んで許しを請わせてやる。絶対だ。絶対にだぞ、カリス」


 僕は眉をひそめてのため息だった。初めてかもなぁ、ここまで一途に思われちゃうのは。もちろん胸のときめきとは縁は無く、はた迷惑以外の感情は抱きようが無いけど。


 しかし、どうするかね。


 僕はゲイルとは違う。邪魔だからって、殺人を犯すつもりにはなれない。でも、アロンソを生かしておけば将来の禍根にはなりそうで……はぁ。どうしたもんかねぇ、本当。


 そうして悩んでいるとだった。


 僕は首をかしげることになった。


「クレシャ?」


 不意にだ。クレシャは唸り始めたのだ。全身を総毛立てて、牙をむき出してにして。そして獣の双眸を、アロンソの背後の闇に向けていて。


 直感するところはあった。


「あ、アロンソっ!! 逃げろっ!!」


 思わず叫んで。しかし、アロンソは僕を薄気味悪く見つめるのに夢中で。


 そしてだった。グシャリという響きを残し。アロンソの姿は視界を横切るように吹き飛んだ。


 正直、アロンソの生死に気を使う余裕は無かった。


 松明(たいまつ)の明かりに照らされて、それはいた。


 それは黒の塊だった。周囲の木々を子供のオモチャのように矮小(わいしょう)化させて見せるほどの闇色をした巨大な塊。そこには紫の光があった。爛々(らんらん)として光る2つの光点が、僕にピタリと焦点を合わせている。


 おいおいおい。


 冷や汗で、全身がぐしょりと濡れる感覚。正直さ、万が一にも出会うことは無いって思ってたんだけどさ。このタイミングで来やがるかね、本当。


 熊型の魔獣、その最強種。


 アメジストアイと称される怪物が、僕の目の前でその威容をさらしていた。


 

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