第16話:アロンソとの戦い(1)
不安が無いことは無いけど、それでも負ける気はさらっさら無く。
相手さんは、ちょうどいい感じでバラけてくれているみたいだし。頃合いだ。まずはこの子の出番だね。僕は木笛を唇の端にくわえながら、クレシャの頭をなでる。で、身体強化のエンチャントを付与させてもらって。
「よろしくな。アマルテ夫妻の所の連中には優しくしといてね」
そうして、僕は腕を大きく回して迂回を示し。木笛を鳴らす。クレシャはすかさず茂みへと駆け出していった。
「ちょ、ちょっと! 本当に戦う気なんですか! あの子一体じゃあ……っ!」
エイナさんが僕の無謀を攻めてくるけど、ここでも僕は苦笑だった。本当、みくびられたものだよね。僕がじゃなく、クレシャの話だけど。
「エイナさんってさ、森で魔犬を相手にしたことある?」
不意の僕の疑問に、エイナさんは虚を突かれたようだった。
「え? それはあの、無いと思いますけど……」
「一回経験してみると面白いよ。捕食者と戦うってことの意味をよく理解することになるから」
「捕食者ですか?」
「そう。肉球付きの四足は、足音なんかを獲物に悟らせず。人の腰ほどにも満たない体高は、茂みに身を隠すのに十二分で。そして、襲う当人は、発達した嗅覚と聴覚で、獲物の居場所を把握仕切っている。これで、今が夜分となればねぇ」
そう僕が口にしているとだ。エイナさんがビクリと肩を震わした。それは、人間の恐怖の叫びを耳にしたからだけど。
「あ、ああぁっ!? 食われたっ!! 見えないぃっ!? ああああっ!!」
僕はエイナさんにほほえみかける。
「ね? こういうこと。なかなかだろ?」
僕は木笛を鋭く吹く。深追いを制止するための、止めろという合図だった。ついでの合図は、別の獲物を狙えというものであり。なかなか複雑な命令だが、クレシャの賢さは並の魔犬をはるかに凌駕する。少しの間を置いて、別の誰かさんの哀れな悲鳴が響き渡った。
さてさて。
僕はちらりと松明の火の様子をうかがう。けっこう、けっこう。右往左往しているけど、大分混乱しているみたいで。
しかし……うーむ。まだ、からかってやりたいよなぁ。クレシャへの合図を続けつつ、僕はエイナさんへお願いをする。
「適当に遠くにだけどさ、炎の魔術をお願いしてもいいかな?」
クレシャの残虐ショーに呆気に取られていたエイナさんだけど、すかさずお願いに応じてくれた。
「は、はい! あの、敵が近くに?」
「いーや。とにかく、適当で良いから」
「て、適当?」
「そう。適当」
そんなことを言われてもって感じのエイナさんだけど、とにもかくにもで魔術を行使してくれた。
離れた森の一角で、爆炎が膨らみ、衝撃が木々を揺らして。さて、どうなる? 僕が耳をそばだてていると、怒声が次々と聞こえてきた。
「あ、あそこだぞっ!!」
「あそこで戦闘だっ!! 狙えっ!! 行けっ!!」
次いで、矢の風切り音や、魔術の爆発音が聞こえてきて。僕は思わず笑ってしまうのだった。
「ははは。何なのかねぇ? 混乱している時ってさ、爆炎を指してそこで戦闘が繰り広げられてるみたいに錯覚するよね? いや、けっこう、けっこう。マヌケでけっこう」
これで有象無象の連中に、僕らの居場所が突き止められる可能性は無くなったわけだ。よしよしだけど、エイナさんは何故か驚きの表情を僕に向けてきて。
「あの、カリスさんですけど……もしかして、けっこういい性格をしてるんですか?」
驚きの意味は良く分かったけど、僕は呆れの視線を優しい魔術士さんに向けることになった。
「はい? エイナさんはさ、僕の前の所属先覚えてる? ゲイルのパーティーだよ? その副長格だったんだよ?」
性格なんか良いわけ無いでしょ、ってことだけど。まぁ、それはともかくだ。僕はふところに収まっている性格が良いだか悪いだかのヤツをちょっと無視出来なくなっていた。
「あぁ、もう! イブ! 待てだからな、待てってば! 待て!」
褒められる機会を寄越せやって、イブが盛大に暴れてくれやがっていて。待ての命令で、一応大人しくなってくれたけど、待てを解除するのは不安だよなぁ。と、言うことで。
「エイナさん、よろしく」
ぽいっと、エイナさんに投げ渡させてもらう。エイナさんは慌ててイブを空中で抱き止めてくれた。
「わ、わっ!? な、なんですか、いきなりっ!」
「ちょっと運んでもらって良いかな? 待てを解除すると、どっか行っちゃいそうだし」
「そ、それは確かにですけど、運ぶ? あの、移動するんですか?」
その通りであって、僕は頷きを見せる。
「そうそう。他の連中はともかく、アイツは違うだろうから」
「アイツ?」
「そう、アロンソ。性格は最悪だけど、実力は確かでさぁ。クレシャに右往左往するはずも無いし、むしろチャンスと思っているだろうから。クレシャ付きじゃない僕なんて楽勝って狙ってきてるだろうし」
「……それを逆に狙うと?」
さすがは将来性豊かな魔術士さん。僕は笑顔で頷く。
「そういうこと。奇襲ってヤツだね。まぁ、僕一人じゃアイツには勝てないけどさ。その秘密兵器に役立ってもらうわけだ」
僕はエイナさんの胸元を指差す。そこではイブが、不満たっぷりにグツグツ唸っていて。僕は思わず苦笑だった。
「はは。すぐに活躍出来るって。よし、行くよ。ルートは大体予想出来るから」
アイツだったら、エイナさんの魔術も陽動だって分かってるだろうから。僕たちの逃走経路を念頭に置いた上で、けっこう正確に追って来ているはずだ。
クレシャに指示を出しつつ、エイナさんに抱かれたイブの様子をうかがいながらに夜の森を歩く。
一番気にするべきはイブの様子かね。相次ぐ悲鳴にきょろきょろとしているけど、悲鳴への反応で無いとすれば、それは……
「はは」
思わず笑い声がもれる。いた。アロンソだ。抜身の大剣を両手で構えつつこちらを探していて、しかしこちらには気づいていない。




