第14話:首謀者との対峙(2)
「相変わらずマヌケだな、お前は」
ダメっぽい雰囲気はあるけど、一応だ。僕はアロンソに疑問の声を向ける。
「理由は? 悪くない提案だったろ?」
「ははは、全然だな。まずお前が勘違いしていることがある。ゲイルはな、お前を許すつもりは無いんだよ。最初は惨めに野垂れ死ぬのを笑ってやろうとしたんだがな。お前はやってはならない反抗をした。お前に残されたのは、俺に殺される道だけだ」
僕の脳裏に、ゲイルの下衆なニヤケ面が浮かぶのだった。そうだなぁ。アイツだったらまぁ、そんな選択を選びそうな気も。コイツが語らなかった理由もあれば。
「はん。なんでそう、疑心暗鬼に取り憑かれるかね。目の届かない所で、アレコレ動かれるのがたまらないわけか。本当、臆病の虫もここまで来たら立派なもんだ」
「……つくづくお前は楽に死にたくないらしいな」
「はいはい、そういうことで良いよ。で、アマルテ夫妻の方は? こっちもその口か?」
「逃がすわけが無いだろう。コイツらは前々から俺たちに逆らっていたからな。全員死ぬまで使い潰してやる」
これまた、なるほどって感じだった。器の小さいこと小さいこと。心から軽蔑しか出来ないし、遠ざかりたい欲求が深まるばかりだった。
「じゃあ、さっさと僕は君らの視界から立ち去ることにするよ。もちろん、アマルテ夫妻のパーティーと一緒にね」
まぁ、ゲイルの執念深さはよく分かったけど、アイツはしょせんはお山の大将だし。よそに逃げてしまえばそれですむ話だった。
しかし、一戦は避けられないかねぇ。アロンソは僕を見逃す気は無いらしいし。僕はアマルテ夫妻に目を向けた。この人たちも、逃げてしまえばゲイルに怯えなくてすむのだ。。僕と同じ立場の方々のわけで、この場での協力なんかも期待しちゃうけど。
僕はわずかに首をひねった。
夫妻の顔色は変わらず忸怩たる内心を感じさせるもので。僕の味方に回ってくれるような気配は無くて。
「そこがマヌケなんだよ、カリス」
アロンソは楽しげに僕に目を細めてきた。なんか嫌な予感がするなぁ。僕は何とも言えずしかめ面をすることに。
「えーと? お前には、僕に伝えたくて仕方がないことがあるみたいだな?」
「そうだな。この地方から逃げ去ることが出来れば、それで無事でいられる。そんなことを思っているお前に、是非伝えたいことがあるんだ」
「あー、うん。どうぞ。それはちょっと是非とも」
「協定を結んだんだ」
「協定?」
「各地で覇権を握る冒険者パーティーとな。魔性の活動はいよいよ活発になり、俺たちの担う役割も大きくなってきた。そして、いよいよ貴族の地位も脅かすほどになってきたわけだ。その状況を踏まえての協定だ。人材、技術とを融通し合い、よりよい活躍を期そうってな」
なんか、自慢げに語ってくれるアロンソくんだったけど、僕は思わず呆れるのだった。いやさぁ? それ僕が進めてたヤツだよね? 僕が今後を見据えて、段取りつけてたヤツだよね? なんでそれを僕に恥ずかしげもなく自慢げに語れるの? アロンソに対する侮蔑の思いが、急激に深みを増しているけど。
なるほど、そうか。
僕はうんざりしつつ納得することになった。アロンソが僕をマヌケと罵った意味が胸に染みてきたのだ。
「僕がよそに逃げても、その協定を結んだパーティーが僕を捕まえるはずだって、そういうこと?」
「あぁ。だから、お前にはどこにも逃げ場は無い。協定は今後も拡大する。どこに逃げ出そうが、お前は俺たちから逃れることは出来ないんだよ」
案の定、そうらしい。
これは少しばかり困ったことになったけど、なるほど。彼らがゲイルに協力せざるを得ないのもこういうことか。
アマルテ夫妻もエイナさんも、悔しげにうつむいていて。もはやゲイルに協力する以外に、冒険者としてもそれ以外としても生きる道は無いって感じなのかね。どこにも逃げ場が無ければ、ゲイルの犬として従うしか道は無いと。
少しばかりじゃないな。これは困った。こうなると、ちょっとまぁ……覚悟決めないとかもなぁ。
「まぁ、お前は逃げ出した先のことなど考える必要は無いんだがな」
ゲイルに似た下衆な笑みを浮かべるアロンソは、そう僕に殺意を宣言して。アマルテ夫妻にもまた、愉快そうに笑みを向けた。
「俺たちの隠れ家をバラそうとした小娘だがな。お前たちで必ず殺せ。それで、身内の罪は許してやろう」
寛容な王様気取りのアロンソの発言に、旦那さんが必死の声を上げる。
「ま、待ってくれっ! アイツは脅されただけかも知れないんだっ! いや、必ずそうだっ! 殺せなんて、そんな……っ!」
「黙れ。裏切ったのは事実だろ? 殺せ! それが俺の命令だ!」
アロンソは優位な立場に酔っているようだった。表情には怒りは無く、ただただ愉快そうで。唇を噛み締めるエイナさんを、鼻で笑って楽しそうで。
まぁ、うん。すべきことは1つだけど、一応聞いておこうかね。
「なぁ、アロンソ。最後に1つ聞きたいんだけどさ、この子にふざけたことをさせたのはお前の知恵か?」
アロンソは「まぁな」と素直に認めてきた。
「ゲイルからはお前のペット共を引き離せとは言われたが、その手段までの指示は無かった。お前を殺すのに、アマルテのバカ共を使い潰すことは決まってたんでな。そこに見た目は良い小娘がいれば、使ってやろうと思ったんだよ」
「ふーん。僕を籠絡して、クレシャたちに毒でもってことだよね。ただ、すごい人選したね。この子、それが出来るような子じゃなかったろ?」
「はぁ? 適任のはずだったんだよ。そいつは任せて下さいなんて笑顔で言ってきてな。アマルテのバカ共は娼婦を冒険者にしてるのかって笑ったものだが。ふん。しょせんは娼婦風情か。期待するだけ無駄だったな」
うつむくエイナさんを横目に見ながらだ。僕はアロンソに心底呆れるのだった。やっぱり、コイツはバカだ。アロンソはただのバカだ。エイナさんがアマルテ夫妻のパーティーを守るために、また、こんな役目を自分以外の誰か……それはおそらくアマルテ婦人にさせないために、屈辱的な命令に同意しただろうことが何で分からないのか。
しかし、うん。発案者はお前だったのかい。だったらまあ……ねぇ?
「なぁ、アロンソ」
僕は背に負った大槍を片手で握り。その穂先をアロンソに突きつける。
「私怨だ。生きて帰られるとは思うなよ」
で、アロンソには後ろめたいことを後ろめたいと思える感性は無いわけで。
「ははっ! なにが私怨だっ! 殺せっ! あのバカ共をみじめに殺してやれっ!」
ただただ、待ってましたと歓喜の叫びを上げてきた。
本当にまぁなぁ。戦闘狂と言うか、魔獣よりも頭空っぽじゃないの、コイツ? 絶対クレシャの方が賢いでしょ。んで、意外と賢いイブよりも下だろ。
ともあれジッとしてはいられない。僕は槍を持つ手で、アロンソに飛びかかる気満々のイブを抱える。そして、残る片手で、呆然としているエイナさんの手を掴み。
「エイナさんっ! 行くよっ!」
引っ張って駆け出す。
クレシャは当然のごとく僕に付き従ってくれて。攻め寄せるアロンソの手勢を背にして、僕はとにかく距離を離すことに専念する。そして、手頃な木陰を見つめて、エイナさんと身を収めて。
「……ふぅ。やれやれ」
ひと息をつく。ひとまずは、これで良し。
「ごめんね、エイナさん。無理やり手を引っ張っちゃって」
それで、エイナさんに一言謝っておく。冒険者とは思えないほどに華奢な手だったけど、痛くはなかっただろうか? そう思って、エイナさんの表情をうかがったけど。どうにも呆然としているみたいで、ようやくって感じで唇を動かしてきて、
「……ご」
「ご?」
「ごめんねじゃ無いですよっ!」
で、なんか怒鳴られたのだった。




