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第10話:イノシシ狩り

 初日はただの山歩きになってしまったけど、アレは運が悪かっただけのようで。


「カリスさんっ! 足を止めさせますっ!」


 深い森に、エイナさんの鋭い叫びが響く。


 僕は「よしきたっ!」と叫び返して、大槍を構えて走り出した。


 依頼の対象を見つけ出だすことが出来たのだ。イノシシ型の魔獣の一体だ。フンを見つけられたのが幸いだった。クレシャに匂いを追わせて、簡単に見つけ出すことが出来て。


 そして、奇襲をかけてやろうとしたのだった。ただ、そこは流石に野生の魔獣と言うべきか。知覚も鋭ければ、早々に逃げに入られてしまって。わざわざ人間の相手をするつもりは無いということだった。牛ほどの体躯があるのだけど、恐ろしい速さで斜面を駆って、森の奥に消えようとしている。


 まぁ、そうは問屋がおろさないんだけどね。


 エイナさんは炎を主体とする魔術士らしく。魔獣の前方に、狙いすまして爆炎が炸裂する。良い腕であり、良い判断だった。魔獣のお尻に火をつけたところであっさり逃げられるだけの話だけど、目の前で火の手が上がれば魔獣も足を止めるしかない。


 僕は木笛で合図し、すでにクレシャを魔獣に立ちはだかるように走らせていた。イブも何を考えてかクレシャの真似事をしていて。多分、クレシャがよく褒められるから、その真似をしていればってなかなかの知恵を働かせているんだろうけど。ともあれ、爆炎のおかげもあって、クレシャとイブはあっさりと魔獣の前に立ちはだかる。


 クレシャが吠え立て、声帯の関係でイブは吠え立てるような真似をして。後者の効力はともかく、魔獣は立ち尽くし逃げ道を探ることになって。


 あとは僕の仕事だ。


 前線に立つような連中は、練気と呼ばれる身体強化を施しているものだけど、僕もそれなりの腕でそれを実行している。


 走りながら、大槍を投擲のために構える。


 ゲイルほどの威力は発揮出来ないだろうが、上手く当てられれば大岩を穿つことぐらいは出来る。上手く当たれば。そう上手く当たればだけど、まぁ、うん。クレシャとイブが足を止めてくれていれば、そのぐらいのことは造作も無い。


 適切な距離に寄せて、勢いよく踏み込み、その反動を受けて上半身を鋭く回す。


 狙いはイノシシの胴体。


 どうやら無事に終わりそうだ。指から槍の柄がが離れた瞬間に感覚で分かった。僕の背丈ほどもある大槍は、その半ばまで魔獣の体内に吸い込まれ。



「あっはっはっ!! さすがカリスだっ!! 頼りになるなぁ、おいっ!!」



 魔獣を狩り終えての村長宅の前だった。


 僕はバシバシ村長さんに背中を叩かれていて。この人なりの愛情表現なのは分かるけどさ、痛い。すごく痛い。


「あ、あはは。ありがとうございます。もちろん、僕だけの成果じゃないですけど」


「わはははっ! そりゃそうだ、嬢ちゃんっ! アンタもな、ようやってくれたっ!」


 この場にはエイナさんもいるんだけど、彼女は「え?」と口にして、びくりとして一歩後ずさって。バシンバシンやられちゃうことを警戒したっぽいかな? ともあれ褒められたわけでエイナさんはひかえめな笑顔で村長さんに応じた。


「あ、ありがとうございます。ただ、私は何も。カリスさんが全部やってくれたようなもので」

「おいおいっ! だとよ、カリスっ! 年長の立て方を知ってる良い嬢ちゃんってことで良いのかっ!?」


 年長を立てているのか、僕を褒め殺そうとしているのかは知らないけどね。ただまぁ、事実は事実として僕は口にさせてもらうことにした。


「少なくとも謙遜だと思いますよ。彼女は腕のある魔術士で。僕も大いに助けられてます」


 え? と、エイナさんだった。


 なんかお世辞だとでも思われたのかもしれない。苦笑を僕に向けてきた。


「そんな、カリスさん。心にも無いことを」


 自己評価低めなのか、やはり謙遜なのか。ともあれ心にも無いことでは全然無いし。僕は苦笑を返すことになる。


「心にも無いことなんて言わないっての。魔術士としての技量も十分であれば、判断力も良い。良い魔術士だし、きっとこれからどんどん名を上げていくことになると思うよ」


 僕がゲイルのパーティーにいたままだったら、スカウトしたくなっていたかもねぇ。そのぐらいには、エイナさんは未来ある魔術士だと僕には思えたけど。


 今度は謙遜で返してくることは無かった。


 エイナさんは色白の肌をわずかに紅潮させて。


「え、えーと……ありがとうございます。すごく嬉しいです」


 本心だと僕には思えた。わずかに浮かんでいる笑みも作ったようなものでは無く、嬉しくてはにかんでいる感じで。しかしかまぁ……可愛いらしい子だなぁ。一緒に行動してよくよく実感することになったけどねぇ。


「あっはっはっ!! いい子じゃねぇかっ!! 一緒に働けて羨ましいな、おいっ!!」


 で、村長さんがバンバン背中を叩いてきた。だから痛いって。ただ、その発言には心の底から同意だったけど。


 こんな時で無ければ、僕も楽しかっただろうけどね。でも、今は本当こんな時だし。ただ、こんな時でも無ければ、エイナさんは慕っている風で僕に近づいてくることは無かっただろうからなぁ。その辺り複雑だけど、ともあれこの状況はなかなかの心労であるので。


「じゃあ、村長さん。魔獣を倒したので、これで依頼の方は達成ということで」


 さっさと金をもらって、今は追いかけっこをしているクレシャ、イブと共に新天地に旅立ちたい。そんな思いで尋ねさせてもらったわけだけど。


 村長さんは真顔になって首をかしげてきたのだった。


「はぁ? まだ一体だろ? いるはずの熊だって狩って無いじゃねぇか」


 知ってはいたけど、そりゃダメか。


 この状況下で、僕はもう少し頑張る必要があるみたいだった。


 僕はちらりとエイナさんの様子をうかがう。この子は十中八九を超えてゲイルの刺客だと思うんだけどさ。この子にはこの子で、僕とは違う悩みがあるみたいで。


 まーだ何の成果も上げていないんだもんね。


 エイナさんは眉根にしわを寄せてうつむいていた。依頼が終わる時までに何とかしなければなんて、そう思いつめているのかもしれなかった。


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