第2話:追放前夜(2)
予想通りだった
ゲイルが大またに僕に詰め寄ってきたのだ。怒声からして当然なのだけど、僕の活躍をねぎらってやろうだとか、そんな雰囲気じゃない。
まなじりはつり上がって、さらには血走っているようで。表情には怒りの気配しか無く。
「テメェ 、何だっ!? さっきの対応はおいっ!」
これまたわかりきったセリフであって。僕はやはりうんざりして応じることになった。
「さっきのってのはアレ? 投げ槍持ってたオークの?」
「決まってんだろ! あんなんじゃねぇだろ! 真っ先に考えるべきはリーダーである俺の安全だ! 違うか!?」
「あぁ、それは分かってるさ」
「分かってねぇだろ! 分かっていたら、そのクソ犬を俺の肉壁にすべきだろうが!」
ゲイルは僕のそばにたたずむクレシャを荒々しく指差した。
こんなことを言うのだろうとは正直思っていた。こんなことを求めていたのだろうとも。だだ、これを受け入れられるかと言えば、やはりそれは違って。
「ゲイル、あの場じゃあれが一番だった。それは分かるだろ?」
「確実性の問題だ! お前らがオークにやられる未来もあった! だが、クソ犬をよこしてくれれば、少なくとも一発は肉壁にして防げた。そうだろうが!」
「あのさ、僕たちをもっと信用してくれよ。オーク一体に僕たちが遅れをとるもんか。それにこっちの方が問題だろうけど……クレシャはお前とも付き合いの長い仲間だろ? その仲間に、お前は自分の盾になれって言うのかよ?」
多少は言葉に力がこもっていたかもしれなかったけど、それが余計にゲイルの火に油を注いでしまったのかもしれない。
ゲイルは「はん!」 と、嘲笑を浮かべて吐き捨ててきた。
「仲間だ? 違うだろ! そいつは備品だ。このパーティーのための、そして俺のためのな。お前はその備品の使い方を間違っている。だから俺は注意をしている。それが分かるか? しっかりと分かっているか?」
「……なるほど、備品ね」
「そうだ! 分かったら間違いを改めて、肉壁に出来るように備品を調教しておけよ! いいな!」
僕は頷かなかったが、ゲイルは十分言い聞かせたと判断したらしい。はたまた、言うことを聞かない不出来なメンバーとこれ以上口を聞きたくなかったのかも知れないけれど。
とにかく、ゲイルは僕に背を向け、他メンバーの元に向かって行った。おそらく怪我の具合を確かめるためだろうかね。
僕は一度大きく息を吐くのだった。
緊張状態が去ったことへの反応ではもちろんあったのだけど、それ以上にゲイルの現状に対するものだった。
本当、昔はあんなヤツじゃなかったんだけど。
傲岸不遜であっても、乱暴なヤツであっても。こんなヤツじゃなかった。あんなおびえるように自分の保身を考えるヤツじゃなかったし、備品だとか……テイマーの僕に、クレシャを備品だとかそう吐き捨てるヤツじゃなかった。
5人ほどの小規模パーティーから実力をたくわえ、規模を拡大して、今では近隣で並ぶものの無いパーティーにのし上がって。
その過程で色々あったけど。アイツは見事に変わった。多分、悪い意味で。それはパーティーの空気にも表れていて。
見渡せば、だ。
様々な表情があった。ゲイルに共感してか怒りを目にたたえる者もいれば、大人しく言うことを聞いていればいいのにと力ない笑みを浮かべる者。
今回は自分が怒鳴られる番じゃなかったと安心して表情をゆるめる者や、ゲイルの怒声にただただおびえすくむ者。
……これでいいのだろうか。
そう思ってしまうのだ。一流のパーティーではあるし、一流にふさわしい成果も上げている。だが、パーティーのかつてを知る最後の初期メンバーとしては、どうしてもこの状況が良いものとは思えなくて。
「……ん?」
不意の感触があったのだ。それは僕の手におけるもので、ザラっと生温かい感触が走って。
見下ろす必要も無く分かった。クレシャだ。僕の相棒が、ペロリと軽く手の甲をなめてきたらしい。クレシャにとってのリーダーは僕だが、あまりに長く立ち尽くす僕に対して、どうしたのかと確認を入れてきたのだろう。
クレシャの毛並み同様の青い瞳を見つめてだ。僕は笑みを浮かべつつ、その頭を撫でさすった。
「大丈夫。何でもないさ」
事実、異変なんか何も起きてないしね。初期メンバーがかつてを懐かしんでいるだけの雰囲気もあるし。
ただ……やっぱりね。ゲイルはまた怒鳴っていた。注意すべきメンバーを見つけたのだろうが、その注意の内容がなんともね。またまた、リーダーを守る行動が出来ていないと、その手の話をしているようだった。しかもそれは、僕へのもの以上にささいな言いがかりにしか聞こえなくて。
「あーあー、本当にまぁ」
僕はため息を吐きつつ仲裁に向かう。はたして僕の仲裁でことが丸く収まるのかは疑問だったけど、怒りが僕に向かえばそれで良かった。それでひとまず丸く収まるかもしれないし。初期メンバーとしては、一応でしゃばらざるを得ない。
しかし、やっぱりね。
これでいいのだろうか?
現状に対して、そう思わざるを得ず、何かすべきではないかと考えざるを得ず。
そして、思い悩む中でむかえた後日だった。
「テメェはもういい。さっさとこのパーティーから抜けろ」
僕はそんな言葉をゲイルから向けられることになった。