第5話:依頼の地へ
くっそお腹減った。
ゲイルの策略だとか、そんなことはどうでも良くなりかけた昼時にである。イライザに依頼の紹介を受けた僕は、まる一日かけてやっとくだんの村にたどり着いたのだった。
川の走った広い盆地にある豊かな村だ。土壌が良いらしく、夏の収穫を控えた小麦の穂先は垂れるほどで。そんな穂波が盆地の一面に広がっているのだから、まぁ、そりゃ豊かになるだろうなって感じである。
魔獣の被害に悩まされてるって話だけど、報酬の額も良ければ余裕はあるよな。僕は近くで控えるクレシャとイブを笑みで見下ろす。
「任せとけな。なんか食べるものを貰ってやるから」
空腹ではあるはずだった。ただ、クレシャとイブは平然と僕を見上げてきている。さすがは野性味の強い魔獣たちということか。空腹耐性は軟弱な人間よりもはるかに強いらしい。
とは言っても、空腹が良い影響を与えるはずも無く。特にイブは、まだまだ大きくなるだろうし。ここはちゃんと食事を与えておきたいよなぁ。
とにもかくにも、依頼主の村長の家へ。
何度も依頼をこなしたことがあれば、勝手知ったる村の中だった。農村に似つかわしくないレンガ作りの立派な平屋にすぐにたどり着く。
「すみません。ギルドから紹介を受けた者ですが」
扉を叩いた上で呼びかける。夜明けからの農作業には一段落がついているはずであって。きっと誰かはいるだろうと思っていたけど、案の定すぐに返事があった。
「おぉ! ギルドからか! そりゃ良かった、骨のあるヤツがまた来てくれたか!」
喜びの声は、聞き馴染みのある声だったけど、また来てくれた? その部分が気になったけど、思考を巡らせる間も無く、扉は音を立てて開いて。
僕は、見知った初老のヒゲ面と向き合うことになった。気になることはあるけど、とにかく挨拶だよね。僕は知人に向ける笑みで軽く頭を下げて見せる。
「久しぶりです、村長さん。お元気なようで何よりで……って、ちょっ!?」
本当、いきなりだった。
村長はいきなり、そのたくましい腕で僕をガバリと抱きしめてきて。
「カリスっ! 俺は信じてたぞっ! お前なら、きっと俺たちを助けに来てくれるってなっ!」
「う、うんうん、村長さん。喜んでくれるのは嬉しいんだけど、ちょ、ちょっと息が……」
「おっと? ガハハ、そいつはすまんかったな」
村長は豪快に笑った上で僕を解放し、そして握手にと手を差し出してきた。
「とにかく、ありがとよ。聞いたぜ、お前もかなり大変なんだろ? それでもこうして来てくれたんだからな。俺には本当に感謝の思いしかないよ」
その口ぶりに、嘘偽りの気配はみじんも無く。やっぱり、この人がゲイルと共謀してるってのは無さそうだな。僕は安心しつつ村長の手を握り返す。
「そう言ってもらえとありがたいです。僕に依頼をって解釈してもいいんですかね? 間違いなくゲイルににらまれることになりますけど」
「あぁ? なんで俺がゲイルに気兼ねなんかしなきゃいけねぇんだよ。アイツには、急に依頼を断られた上で、受けるヤツがいないように妨害までされてるってのに」
「あー、そうですね。そりゃ確かに。じゃあ任せて下さい。僕が必ず依頼を全うしてみせますから」
村長はうんうんと何度も頷いていた。喜びが全身にあふれている感じだけど、僕も同様だった。良かった。これで無事依頼を受けられて、報酬にもありつけそうだ。ただ、
「一つ良いですか? 僕以外にも依頼を受けに来た冒険者が?」
尋ねかけに、村長は「あぁ」と頷いた。
「いるな。俺も驚いたんだが、なかなか骨のあるヤツが1人な」
「へぇ。それはまた」
骨があると言うか、無謀と言うか、世間知らずと言うか。この地方でゲイルににらまれたら、冒険者としてやっていくことは無理だろうに。
まぁ、ゲイルと無関係を装った、僕への刺客の可能性はあるけど。
疑い深く警戒しているとだった。村長は僕が別のことを考えていると思ったらしく。
「はは、競争相手が出来て不安か?」
この手の依頼は、参加すれば報酬がもらえるものでは無い。依頼の対象を討ち取って、はじめて報酬にありつけるわけで。村長はその辺りについて僕が考えを巡らしていると思ったようだった。
ただ、僕はそんなことを考えていなければ、正直競争に負ける不安はさらさら無くて。
「いえいえ。この辺りの山はよく歩き回ったものですし、なにより僕にはクレシャがいるので。狩りとなれば、僕に勝てるヤツはそうそういませんよ」
「ははは、言うじゃねぇか。しかし、実際心配はいらんだろうな。最初に来てくれたヤツは、言っちゃ悪いがちょっと頼りない感じなんだよ」
「へぇ、頼りない?」
「なんか、覇気がねぇっつーかなぁ? 来てくれたのは嬉しいんだが、やる気もそこまで感じなくてな」
僕は「ふーむ」だった。
ゲイルの不興を買う覚悟でやってきただろうに、依頼に対するやる気は無い。だったら、目的は依頼そのものでは無いんじゃないかって疑っちゃうけど。どうだかなぁ、その競争相手。なんか嫌な予感しかしないなぁ。
「とにかく頼むな。お前が頼みなんだ。さっさと魔獣を討伐して、村に安全を取り戻してくれ」
競争相手が気になるところだったけど、僕はもちろんと頷きを見せて。村長はこれまた嬉しげな笑顔だった。
「うんうん、お前は昔から頼りになるな。とりあえず上がってくれ。色々苦労してんだろ? 頬もコケて見えるし、なにかご馳走してやるよ」
正直、競争相手のことは頭から吹っ飛んだ。
僕は満面の笑みで問い返す。
「え、ご馳走してくれるんですか? あの、この子たちも?」
「あぁ、もちろん。クレシャにだってご馳走してやらにゃ……って、ぬおっ!? なんだコイツ!? トカゲか!? ドラゴンか!?」
村長はここで初めてイブに気づいたらしい。イブはじーっと村長を見上げているのだけど、村長もまたじーっと見つめ返して。
「……あー、大丈夫か? いきなり噛みついてきたりはしないか?」
「あはは、大丈夫です。魔獣じゃないワンコよりも人懐っこいぐらいですか」
「そ、そうなのか? お前がそう言うのならそうだろうが……ま、まぁ、上がってくれ」
おっかなびっくりの村長さんの招きに従い、僕はクレシャにイブと村長宅の扉をくぐる。
とにかくだよね。とにかく食べさせてもらって、体と頭に栄養を入れさせてもらうことにして。
んで、その後はとりあえず……競争相手の顔を拝みにいくとするかね。




