第3話:冒険者ギルド(1)
夕闇の中、こっそりこそこそ、と。
僕がクレシャとイブを連れて訪れたのは、とある田舎町だった。一応、交通の要衝にあるために、それなりに栄えていないことも無いが、ゲイルたちが根城にすることは無い。そのぐらいの雅とはほど遠い町である。
だからこそ僕はこの町を選んで、しかし念の為にこそこそしているのだけど。
では、僕がそもそも何故この町を訪れようと思ったのか?
目的はギルドだった。
大通りの一角にある、それなりの風采を持つ石造りの建物だ。僕はうろちょろされないようにイブを片手に抱きながら、その前にまでたどり着く。
さて、あとは中に誰もいないかだけど。クレシャに周囲を見張って貰いつつ、小窓から中を覗く。よし、誰もいない。正確には一人いるが、この人は目的の範疇だ。僕は安心して扉を開くことになった。
「失礼」
一言かけて扉を開く。扉の向こうにはこざっぱりとした空間が広がっているけど、そこには机に向かって書類仕事をするご婦人がいて。
栗色の髪をしたキレイな妙齢の女性だけど、僕の古馴染みだった。彼女は僕を見つめて、大きく目を丸くする。
「あら、カリスじゃない。それに……え? クレシャ! クレシャじゃないの!」
彼女は慌ててこちらに近寄ってきて、さらにしゃがみこんで。クレシャにとっても顔なじみだからね。クレシャが顔を寄せると、彼女は満面の笑みになって、そして愛おしげにクレシャの首に抱きついた。
「あぁ、良かった。ゲイルのバカの手に落ちたって聞いたから心配してたけど。元気みたいね、本当に良かった」
クレシャを抱きしめたままだった。彼女は僕を見上げて、ニコリとほほ笑んできた。
「アンタも良くやったわね。あのクズにひと泡吹かせてやったわけだ」
彼女の笑みに、僕は思わず苦笑だった。
「そうなるけど、僕が良くやったわけじゃないよ。全部、コイツのおかげ」
僕は、遊びたくて腕の中でジタバタしているイブを目線で示してみせる。
彼女はこれまた分かりやすく目を丸くするのだった。
「え? この子……ドラゴン? アンタ、ドラゴンなんて連れ回してんの?」
僕は苦笑を浮かべる。
色々と説明することはありそうかな。ただ、先に用件は伝えさせてもらおっか。
「説明はおいおいするよ。とにかくお願いがあるけど、いいかな?」
「ん? それは元ゲイルパーティーのヒーラーへのお願い? それともギルド職員のイライザさんへのお願い?」
「後者かな。先日ぶりだけど、仕事の斡旋をお願いするよ」
僕の古馴染みはなるほどと納得の頷きを見せた。
ギルドとは、ある種の仲介業だ。
市中の警備、捕物、魔物の退治。それらの業務に人手が必要と感じた領主たちは、ギルドに人材の差配を依頼。それに応えて、ギルドは人材を募集、選別し、必要とされる現場へ送っていく。
そんなギルドの職員が、このイライザだ。
元々は僕と共に戦ってきたヒーラーだったが、ゲイルに愛想をつかした挙げ句、冒険者の半ごろつきみたいな生活にも嫌気が差していたらしく。
読み書きが出来たこともあってか、今はこうしてギルド職員に収まっているのだった。そんなイライザに、僕は今までについてと、現在の状況を説明させてもらった。
「なるほどねぇ。何だかんだクレシャを奪還出来たから、今度はゲイルの手の届かない所に行きたいわけか」
お互い、椅子に座りながらだった。僕はあら方を説明して、イライザはまったく遮ることなくそれを聞いてくれて。その上で、イライザはそう状況を総括したけど、僕は頷きで肯定を見せる。
「そういうこと。この地域を離れて、そこで冒険者としてやっていこうと思って。ただ、そこまでの旅費がね」
「うーん。近場でも、一人に魔獣二匹の旅路か。安くは無いわね」
「ほとんど無一文の僕にとってはなおさらかな」
「私にとってもよ。ギルド職員程度の日給じゃねぇ。なんとかして上げたいところだけど……」
元同僚だとは言え、親身に過ぎる言葉だった。僕は苦笑で首を左右にする。
「そこまで僕は君に求めるつもりは無いよ。ギルド職員として、相談に乗ってもらえたら十分」
元戦友に迷惑をかけたくは無いしね。当然の反応のつもりだったけど、僕の言葉がどうイライザに響いたのか。からかうような笑みを不意に浮かべてきて。
「アンタ、そういうところよねぇ」
「は、は? 何だよ、そういうところって」
「変なとこで一線引いて他人行儀で紳士を気取って。だからさっぱり女にもてない」
吹き出しそうになったのを、僕はすんでの所でこらえた。
「い、イライザ? 何だよ、いきなり妙なことを」
「昔から気になってたから、この機会に言ってやろうと思っただけ。この地域で最強のパーティーの、実質的な副長だったのにねぇ?」
「あー、まぁ、異性に縁が無かったことは認めるけど、その話は今関係ある?」
「無いけど、ねぇ、クレシャ? こんなご主人様じゃアンタも不安よねぇ?」
そう言って、イライザは僕の隣で犬座りをするクレシャの頭に手を伸ばして。いや、クレシャはんなこと何とも思っていないと思うけどね。ともあれ、古馴染みの手にクレシャも頭をすり寄せて。
「おや?」
イライザは不思議の声を上げた。
クレシャの尻尾で遊んでいたはずのイブだった。人の手が降って来たと、慌ててイライザの手に近づいていったのだ。




