第10話:刺客との戦い(2)
どうやらレニーとかいうヤツには、僕を害する意図が大いにあって。そして、テイマーとしての実力はさっぱりだが、魔犬を二匹率いている。
一方で、こちらはナタを手にしたテイマーが一人。あとは、僕の腕の中で、幸せそうに二度寝に入っているドラゴンがいるけど……まぁ、うん。調教はまだまだだし、戦力だなんて考えることはあり得ず。
逃げるしかないか。どうにかしてあの二匹の追撃を振り切って逃げる。これが唯一の選択肢だろう。
「ただまぁ、アンタも不思議なヤツだな」
余裕しゃくしゃくといった様子だった。レニーがそんな雑談めいた声かけをしてきて。僕はほとんど意地で、余裕たっぷりに見えるよう笑みを浮かべて応じる。
「不思議? ゲイルの使いっぱしりをしているアンタほどに不思議なヤツじゃないつもりだけど?」
「ははは。口の減らねぇヤツ。いや、おかしなヤツだよ。お前みたいなヤツがゲイルのパーティーでベテランを気取ってられたなんてな」
「は?」
「自分勝手で、視野の狭いバカだとは聞いていたがな。それ以前の問題だろ。なんだ、ソイツは? まさかドラゴンか? どこから仕入れてきたかは知らねぇが、それでゲイルに立ち向かうつもりか? 自分が噛み殺される方が、どう考えても早くないか? お前、本当にまともなテイマーだったのか?」
ドラゴンが人になつかないのを知らないのか? って、そんな嘲りの言葉だった。
僕は舌打ちを噛み殺した。知ってるに決まってるっての、そんなの。それでも僕は、イブに望みをかけざるを得ないわけで。
なんにせよ腹の立つヤツだな、コイツ。僕は思わず嘲笑でレニーに応じることになる。
「そういうお前は大したテイマーじゃないらしいな。バーセク種も従順で悪い品種じゃあないが、クレシャはどうした? お前程度じゃ、やはり扱いきれなかったか?」
この侮蔑はなかなか良いツボを突いたようだった。
余裕しゃくしゃくだったレニーの表情に、イラ立ちの色が浮かぶ。
「はぁ? 素人がナメた口をきいてんじゃねぇよ。あんなどうしようもねぇ劣等品種。使えなくて当然の不良品だ。捨ててやって清々したぜ」
イライラしてくれたようで、こちらこそ清々した。
なんて、そんな気取った言葉を返すような余裕は僕には無かった。
「捨てた? お、おい、お前! クレシャに何をした!」
思わず怒鳴りつけると、レニーは一転して余裕のある下衆な笑みを返してくる。
「そういりゃあ、お前はあの駄犬にご執心だったな。言ったろ? 捨てたって。役立たずの上に怪我しやがったからな。ゲイルの賛成もあれば、そのまま放置してきたんだよ」
「け、怪我をして放置……おい!」
僕はイブを地面に下ろすことになった。下ろして、代わりにナタを抜いて。刃先をレニーに突きつけて。
「話せっ! そこはどこだっ! クレシャをどこに置いてきたっ!」
望む答えは無い。レニーは笑って、かたわらのバーセク種の頭をなでた。
「はは。言うわけがあるかよバーカ。ゲイルは手足の一本二本は引きちぎってやれって言っていたがな。大人しく食われとけ」
僕はにらみ返して決意することになった。
どうやら逃げるわけにはいかなくなったようだ。この男から何としてもクレシャの居場所を聞き出さないといけない。
ただ……何とかしてか。僕はすぐ脇を見下す。現状の異変に気づいたのかどうなのか。眠たそう目をしながらイブが僕を見上げてきているけど。
まぁ、ダメだろう。
戦わせるための調教をまったく行っていないのだ。ほぼ間違いなく一緒には戦ってくれはしない。変なドラゴンではある。ただ、群れで過ごす生き物では無ければ、魔犬のたぐいとは違う。僕が襲われているのを見て手助けしてくれるというのは、あまりにも夢の見過ぎだ。
「イブ」
呼びかけてしゃがみ、首ヒモに指をかける。逃げ出した時に引っかかりはしないよう、ほどいてやるのだった。
「じゃあ、また後でね」
頭をひとなでしてやった上で立ち上がり、レニーに向き直る。正確には、二匹のバーセク種とそのテイマーにか。
交配の歴史は長く、大人しく従順。クレシャの雷撃のような、特殊な性質は持ち合わせないが、成竜のウロコを噛みちぎるほどのアゴの力を持つ。
アイツらをどうにかしなければならず、その道筋は見えて来ないけど。とにかくやるしかない。
僕は片手でナタを構える。そんな僕を、レニーは「はん」と鼻で笑ってきた。
「やはり、そのドラゴンは飾りか。いけっ! 今度こそ噛みちぎれっ!」
来る。
ずんぐりとした頑健な魔獣が、体勢低く、跳ねるように僕へと襲いかかってくる。
速い。これは……どうする? 背に冷や汗を感じつつ、僕はとにかくすれ違いざまの一撃をと、小さくナタを構え……って、あれ?
僕は思わず視線で追った。さきほどまでイブが居た位置から、恐ろしい勢いで何かが飛び出して。
いや、うん。
それは間違いなくイブで。バーセク種の一体にイブの頭突きが突き刺さって。バーセク種の体が、面白いぐらいに軽々と地面を転がっていって。
「は?」
唖然の声は、僕では無くレニーのものだった。レニーは呆然として、バーセク種の吹っ飛んだ一匹とひるんで立ち尽くす一匹を交互に見つめて。そして最後に、平然と立っているイブに視線を下ろし。
「……な、なんだよそれはっ!? ドラゴンが何で人間を助けてんだよっ!?」
で、僕に叫び声を上げてきたけど、い、いやぁ? それは僕も知りたいところだけど。
そのドラゴンであるイブは、じっと僕を見つめていた。な、何かな? って戸惑っちゃうけど、わずかにアゴを上げているようで。あ、このポーズには見覚えがあるような。
「かけって?」
待ての訓練において、イブがご褒美をねだるポーズに瓜二つだったわけなんだけど。イブは答える代わりに、のけぞるようにして僕にアゴの裏を見せてきて。
「あ、あぁ、うん。よ、よーし、よしよし」
思わずしゃがみこんでアゴの裏をかいてやって。どうやらこれが正解だったらしい。イブは幸せそうに目を細めている。
えーと、もしかしてだけど。
チャンスとでも考えたのかな? ご褒美がもらえるチャンスだって、現状を把握したと。僕が襲われていると理解して、助けを求めているだろうと推測して、助ければご褒美がもらえるに違いないと結論づけて。
……え、かしこすぎない? 少なくとも人間の5歳、6歳ぐらいの知性なんじゃ? ドラゴンってあの、そこまで人間じみた知性を持つ生き物だったりするの?
驚きしかなかった。ただ、さすがに驚いてばかりもいられず。
チャンスなのだ。これは僕にとっての大きなチャンスだ。




