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08.ヒーローと『覚醒』

 赤城は暗い暗い深海を落ちていく。周りには何も無く、時折奥底から浮かんでくる空気の気泡がゆらゆらと上昇していくだけの世界。赤城はしばらく降下していると奥底から白く発光する箱が浮上して来るのを見つける。赤城は好奇心に駆られ、その発光する箱に触れたが、その瞬間箱は無数の白い粒へと変化し、赤城の手元から砕け散ってしまう。そしていくつかの光の粒が赤城の額に当たったとき、赤城の脳裏にある光景が再生される。それは彼が覚えている一番古い記憶から現在までの記憶であった。


 赤城の記憶はまるで映画のフィルムのワンカットのように周りに並べられていく。幼少期から現在まで様々な記憶が現れ、まるで博物館にでも来たかのようだな、と赤城は考えながら見ていた。それらの記憶をゆっくりと眺めながら赤城はとあることに気がつく。笑っている顔が極端に少なかったのだ。その理由は明白で赤城はこれまで何かしらに成功した経験が少なく、誰からも褒められることなく育ってきた。その結果、赤城は次第に自分の人生に対して期待することを諦め、努力をするということも諦めていった。


 そうだ、ここで感じた無力感がきっかけで俺は自分が生きていた証をこの世に刻みつけたいと思うようになったのだ(違う)。何も成功できなかった自分がこの世に生まれた意味を、理由を見いだしたかった(違う)。そのために俺はセブンと契約してヒーローになったんだ(それも違う)。


 赤城はこの記憶をきっかけに今自分が置かれている状況を思い出す。そうだ、俺は藤原さんを助けに行かなければいけないんだ。赤城は周りを見ながらここから出る出口を探す。すると突如赤城の前に先ほど見た光の粒が集まり始め、一本の道を形成した。そしてその奥に光る扉があるのを赤城は見つけた。


 あそこが現実世界に戻る出口に違いない、赤城は迷わずその道を走る。


俺は藤原さんを助け、自分が生まれた意味を(違う)見いだすんだ!


カツンッ


 つま先に何かが当たり、赤城は走るのを止める。何かと思い、赤城は拾い上げる、ナイフだ。確か父が海外に出張に行ったときにお土産として買ってくれたナイフ。しかし、そのナイフには血がついていた。


誰の血だ?


 赤城はそう思った瞬間、自分の手首から血が流れ出ていることに気がつく。赤城は慌てて自分の手首を確認するとそこには無数の傷が、まるで命を断つためにつけられたかのような無数の切り傷があった。


なんで、こんなに傷ついているんだ?


 赤城は血だらけになった自分の手首を触りながら考える。


...いや、違う。今はそれを考えている時じゃ無い。早く現実世界に戻らないと。だって俺は自分が生まれた意味を(違う)、自分の生きた証を(違う)残すために(違う)これまで頑張って(違う!)戦って(違う!!)来たんだから(違う!!!)!


何が違うんだ!


 赤城は自分の思考を邪魔する何かに向かって大声で叫ぶ。だがどこからも返事は帰ってこない。そして立ち止まる赤城の前に一枚の記憶のワンカットが映し出される。それは黒塗りされており、傍目から見れば何が映っているか全く分からない。しかし赤城にはそれが理解できた。赤城はそのワンカットを見た瞬間、まるで魂が抜けたかのように全身の力を抜き、持っていたナイフを落としてその場でひざまずいてしまう。


 その記憶のワンカット、赤城から見たそのワンカットには風呂場で座っている赤城の姿が映っていた。右手にナイフを、左手は水が張ってある浴槽の中にいれ、必死に手首を切っている赤城の姿がそこにはあった。


「ようやく思い出した?」


 赤城はゆっくりとうつむいていた顔を上げ、声がする方に顔を向ける。そこには高校生だったころの自分自身が立っていた。


「よかった。このまま永遠に僕の声に耳を傾けないのかと思ってたよ。」


 高校生の赤城は今よりも少し身長が短く、肌つやはとても健康そうに見えた。しかしその左手首には今の赤城同様、大量の傷がついており、血が流れ出していた。


「なんでこんなことしていたのか思い出した?」


 高校生の赤城は無邪気に質問してくる。しかし赤城はその声を聞くまいと両耳を手でふさぐ。


「なんで聞きたくないの?君は僕だよ?僕の望みは君の望み、君の望みは僕の望みのはずだよ?」


...うるさい。


「お願い、聞いて。僕の本当にしたかったことを。もう君にしか出来ないんだよ?」


...うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!


 赤城は高校生の赤城の声を遮ろうと何度も、何度も叫ぶ。何度叫んだのか分からなくなり、赤城が叫ぶのに疲れて叫ぶのを止めたとき、高校生の赤城はそっと後ろから手を回し、両耳をふさいでた赤城の手を離させる。そして赤城の耳元でそっとつぶやく。


「僕はね、こんなクズムシで生きている価値の無い自分を殺したかったんだよ。」


 その言葉を聞き、赤城はすべてを思い出す。ずっと心の奥底に封印してきた、自分の本当の望み、意思を。


 そうだった、俺は自分の存在理由を示すとかそんなたいそうなことを望んでなどいなかった。なぜなら自分が生まれてきた理由なんて無いのだと始めから自覚してきたから。

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                  ・

 赤城は名家生まれで三兄弟の中の長男だった。そんな赤城家では優秀である事が常に求められ、赤城含めた兄弟達は幼少期から様々な習い事をこなしていた。次男、三男は勉強、スポーツと様々なことに才を見いだしていったが、唯一長男の赤城修平だけは何の才覚にも恵まれなかった。両親も何をやらせても結果を出せない長男に次第に愛想を尽かしていき、唯一多少他の人よりも出来ていたテニスでも結果を出せないと知るやいなや長男への関心も無くなってしまったのだ。


 人の性格というのは育ってきた環境によって左右されると言われるが、そんな環境の中で育ってきた赤城修平は当然ながら自分に自信が持てなくなってしまい、ふさぎがちな性格になってしまった。更に才能があり、親から期待をされている兄弟達が日に日にうらやましくなっていき、嫉妬深さも増していったことで赤城の性格は歪んでいった。だが赤城は決してそのことで誰かを恨むことはなく、常に才能が無い自分を責め続けた。


 本来であれば人は信頼できる友達や家族に自分の悩みを相談し、共感してもらうことでその苦しみから解放されることが出来る。だが赤城にはそんな人はいなかった。信頼できる家族も、友達もいない彼に誰も自身を責めることを止める人はいなかった。


 そんなある日、赤城の両親は風呂場で命を絶とうとする長男を発見する。そしてそれが赤城修平と家族の縁が切れた瞬間だった。


「死ぬなら俺らのいないところで、勝手に一人で死になさい。」


「ここまで育ててきてあげたのに…本当に親不孝な子だわ。」


 これが親から言われた最期の言葉だった。赤城家から事実上追放された赤城修平はその後一人暮らしをしながら奨学金で大学へ行き、今に至るまでただただ何も考えずに生きてきた。まともに死ぬことも、生きることも出来ずに。


 死人でも生者でも無い、それが赤城修平という男の正体だ。

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「じゃあ君が本当に何をしたいか、もう分かっているよね?」


 高校生の赤城は優しく問いかけ、赤城はうつむきながらうなずく。


...そうだ、俺の望み、意思、それは.......................................死ぬこと。このクソな自分を終わらせることだ。赤城の心の中には一つの感情が煮えたぎっていた。それは“嫌悪”、自分が生きていることに対する“嫌悪”、自分という存在に対する“嫌悪”、この世界に対する“嫌悪”。赤城は少しずつその感情に飲まれていく。


「でもただ死ぬことだけじゃ無いでしょ?」


その通りだ。


 赤城はゆっくりと立ち上がり、再び光の扉の方をむく。


俺の望み、本当の意思は....


「激しく、燃えさかるように全てを出し切って死にたい!」


 そう言い放った時、高校生の赤城は笑顔と共に消えていった。赤城は光の扉とは反対の方を向く。するとそこには鉄のような素材で出来ている黒い扉が存在した。赤城はその扉の方に向かって歩を進める。そしてその扉のノブに手を掛けたとき、赤城はセブンと契約するときに言われた言葉を思い出す。


『私の力は君の意思によって形取られる。君が望めば自ずと覚醒するはずなんだ。』


 赤城は一呼吸いれ、ドアノブを回す。扉の先には燃えさかる炎が広がっており、とても人が入れるような空間では無かった。だが赤城は躊躇せずそこに足を踏み入れ、やがて炎が赤城の身体全身を覆う。赤城の肉体はじりじりと焼かれ、焦げていく。だが赤城はその感触を愛おしく感じた。これこそが赤城が望んだことだ。そして赤城は両手で作った拳をぶつけ合い、声を大にして叫ぶ。


              --------------覚醒--------------


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