06.ヒーローと充実する日々
それから赤城は日常生活を送りつつ、思鬼を倒すのに没頭した。少しでも多くの人を助けようと彼は奔走し、そして実際に助けた。赤城の活躍は社会の中でも無視できないものとなり始め、テレビやメディアでは報道されないものの、ネットでは騒がれるようになった。
「謎のヒーロー再び現れる、か」
外はすでに暗く、赤城は自室で最近ネットで騒がれているその記事を片っ端から読みあさっている。当然それが自分である事も自覚している。ネットの掲示板には実際に助けた人の書き込みもあり、噂は凄い勢いで広がっている。
『まさか本当にヒーローごっこに明け暮れるとは思わなかったよ、赤城君』
赤城はデスクトップPCから目を離し、セブンの方を見た。セブンはいつもと同じように腕を組みながら部屋の真ん中に立っていた。赤城もセブンがいることに慣れてしまい、今ではいて当然のような存在になっている。現在は木曜日、赤城の寿命も今日を終われば残り三日となる。
「ヒーローごっこじゃないよ。俺はこの七日間、より多くの人を助けるために生きているんだ。」
そう、これはヒーローごっこなどでは無い。赤城が派手に思鬼と戦い、人を助け、噂されるようにしているのにも理由があった。ネットで赤城がヒーローとして噂されれば、例え自分が寿命を迎えて死んでもその後のセブンとの契約者がネットの噂を見て俺のしていたことに気づき、同じことをしてくれるはず。赤城はそんな期待を持ちつつ活動を続けてきた。
「...はぁ。」
赤城は悩ましげにため息をつく。なぜなら赤城にはもう一つやらなければならないことがあるからだ。それは藤原との仲直り。あの食事の日以来、藤原との会話もろくにしておらず、急に驚かされることもなくなった。だがこんなに後味の悪いまま終わりたくない。赤城は明日、藤原に謝った上で週末のテニスを教えるという約束を果たそうと考えていた。
「なぁ、セブン。俺の寿命は本当に七日間で終わってしまうのか?」
赤城の質問に対しセブンは少しの間沈黙してしまう。
『何を今更聞いているんだ。』
「いや、ただ実感が湧かないんだよ。本当に自分の命がもうすぐ終わるって。お前と契約してから今日まで必死に人を助けて、敵を倒してきたから本当にあっという間でさ。でもこの日々が凄く楽しいんだ。何かに打ち込むのってこんなにも濃密な時間だとは知らなかった。....出来ればずっとこんな日々が続いてほしいなんて思ってさ。」
赤城は実に良い表情をした。今まで真剣に何かに取り組んでも結果が出せず、自信をなくしてきた赤城にとってこのヒーロー活動は初めて自信を持って言えるものだったのだ。そんな彼に対してセブンは再び沈黙してしまう。
『寿命は七日間で決まっていると最初に話したはずだ。それは変えられない事実だ。受け入れてくれ、赤城君。』
気のせいか少し寂しそうな声だったな、と赤城は思う。だけど相変わらず顔が仮面で覆われているため表情は分からない。
「いや!それならいいんだ、セブン。だったら残りの三日間、精一杯生きてやるさ!」
赤城は二カッとセブンに笑いかけ、明日の出勤に備えて寝る支度を始めた。
『ああ、私も君がどう生き抜くのか見させてもらうよ』
セブンはそう言い残しその場を去ってしまった。それを見届けた赤城は明日に備えて気合いを入れ直し、そのまま布団の中に潜り込んだ。
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そして迎えた金曜日、おそらく人生で最後の出勤日になり、藤原と仲直りできる最後の機会、の筈だったが。
…イィン
うっすらと聞こえるこの独特の音。聞き間違えようもない、思鬼が近くにいる時に聞こえてくる音だ。ただいつもよりこの音が小さい、それに。
「まさか、この中にいるのか?」
そう、赤城は今会社の自分のデスクに座っていた。周りでは多くの社員が働いており、見た感じは至って普通の平日の職場だ。あちこちで談笑する声や仕事のことについて話す声が聞こえ、相変わらずこの職場は賑やかだ。ただ、だからこそここで聞こえるあの思鬼が出す独特の音に違和感を覚えた。
今まで思鬼が現れるとしたら夕方、それも屋外がほとんどだった。だが今回は明らかに室内、しかも会社の中にいるときた。赤城は周りを警戒しつつ心の中でセブンに語りかける。
セブン、思鬼はこの中にいるのか?
『ああ、いるね。間違いなく。』
赤城の表情が変わる。もしこんなところで戦闘になってしまったら何人が死ぬのか想像つかない。ただ、一番の問題は。
「…見当たらない。」
そう、どこにも思鬼がいない。見えるのは職場の人だけ。それに音もいつもよりは微弱でいる方向すらつかめない状況だ。
赤城は二つの可能性を考えた。一つは透明になれる思鬼が存在すると言うこと。今まで戦ってきた思鬼はどれも同じ形のものは無かった。たまたま出会っていないだけで透明化出来る思鬼がいてもおかしくない。そしてもう一つの可能性は...赤城の思考が止まる。出来れば後者であってほしくない、だが思鬼という怪物を見ているうちに考えざるを得なくなった仮説だ。
思鬼、この怪物に共通点があるとしたらそれはどれも程度の差はあるが言葉を解することである。赤城が最初に出会った思鬼も、その後に出会った思鬼も僅かながら人間みたいに言葉を喋っていた。そう、まるで人間みたいに。
「セブン、どうせ俺が今考えていたこともわかってるんだろ。なあ、答えろよ。俺の考えは正しいのか?」
赤城が行き着いた結論、それは思鬼という怪物は人間から生まれてくる、あるいは人間が何かしたの原因で思鬼に変容してしまうというものだ。その可能性についてはずっと考えないようにしていた。しかしもしそれが本当だとしたら、今まで倒してきた思鬼は…。
『それは自分の目で確かめるといいよ、赤城くん。』
セブンはそう言い捨てるとオフィスの南側から叫び声が聞こえた。赤城は慌ててそちらに目線を向けると、そこにはいつの間にか数人が群がっていた。赤城もそっと近寄ると、どうやら具合の悪くなった人が倒れているらしく、周りの人が看病をしている。
赤城はその倒れている人、女性を見て目を剥いた。女性は血だらけの状態で首元を押さえており、ヒュウヒュウと息苦しそうにしていた。近くで見ると喉元をザックリと切られたらしく、上手く呼吸が出来ていない。
「おい、救急車はまだなのか?!」
「しっかりしてよ!」
その女性を囲む人たちは慌てて周りに指示を出し、看病に努める。しかしそのかいも無く女性はとうとう息をしなくなってしまった。
「いやぁあ!」
同僚らしき別の女性が泣きじゃくりながらその場で倒れ込む。
こんなこと普通ではあり得ない。明らかに思鬼の仕業だ。死んだ女性の喉元はきれいにぱっくりと裂かれており、とても素人技、いや玄人にも出来ないような鮮やかな切り口だった。
赤城はふと周りを囲んでいる人たちの中で不審な男を見つける。その男は見た感じではショックで開いた口元を押さえているような格好をしているが、その隙間から見える口角の上がり具合は隠せていなかった。そしてその男の表情をちゃんと見た途端、赤城はゾッとした。
その男は笑っていた。先ほど女性が息苦しそうにのたうち回って死んでいくのを愉快そうに見ていたのだ。
「おい、何笑っているんだ」
別の人がそいつの笑顔に気がついたらしく、声を掛ける。
「まさかこれ、お前がやったんじゃ無いだろうな?」
バカ、やめろ!赤城はそう叫ぼうとしたが時はすでに遅かった。問い詰められた男は口を覆っていた手を外す。ゆっくりと振り向くその男の顔には歪んだ笑みが広がっていた。
「ハハッ」
イイイィィン!
男の笑い声と同時にあの音が鳴り響く。それは一瞬の出来事だった。男の背中から巨大な尾のようなものが突然現れた。それにあっけを取られた次の瞬間、その尾は弧を描くような動作と共に周りにいる人を投げ飛ばしていった。赤城は瞬時に後ろへ下がり難を免れたが、数人は反応できずその尾のようなものに当てられ宙を舞う。その他の人たちもその場で倒れ、動けない様子だ。
そしてその男の身体はみるみるうちに黒い鱗のようなもので覆っていく。背中から生えた尾も黒い鱗によって肉付けされサソリの尻尾のようなった。変わり果てたその男の姿はさながら二本足で立つサソリ男だ。
「はァ、スっきリしタァ」
その男、否、その思鬼は首を左右に傾げながら首回りのストレッチを始める。サソリの思鬼は周囲を見渡しオフィスにいる全員の視線が自分に集まっていることに気がつく。そして再び笑みをこぼし、、
「しネよ」
そう言い放った瞬間、再び思鬼の尾は弧を描くように動き始めたが、今回は先ほどとは比べものにならないほどに動きが速かった。スピードに乗ったその尾と、刃物のような先端によって尾に当たった人は次々と身体を裂かれていき、あちらこちらで血しぶきが舞い散った。フロアは叫び声と悲鳴で満たされたがそれも一瞬のうちに終わり、血の匂いと沈黙が支配する死のフロアと成り果ててしまった。