05.ヒーローと挑戦
赤城は思鬼との戦いの後、家に帰りすぐにデスクトップPCの電源を入れ、インターネットやSNSで検索をしたが驚くことにあの思鬼との戦いのことはどこにも載っていなかった。
あり得ないだろ、人だって少なくとも三人は死んでいるはずなのに。赤城は納得できず検索を続けるが。
『赤城君、無駄だよ。そんなことが表沙汰になるわけ無いだろう。』
赤城は慌てて声のする方に振り向く。セブンは部屋の真ん中で堂々と立っていた。
「....なんでだ。なんで表沙汰にならないんだ?」
赤城の質問に対しセブンはため息をついた後にゆっくりと話し始めた。
『簡単だよ。君たち人間は説明のつかない事象が起こるとそれを理解しようとせず、隠してしまう。こんなことを公表したら世間が混乱するだとかどうだとか言って都合の悪いことは何も発表しない。それが人間のやり方なのでは無いのかい?』
セブンに言われたことに対し、赤城は何も言い返せなかった。確かにいきなり世間にあんな化け物が町中に潜んでる可能性があるなどと言ったら混乱を招く。
「でもここで何もしなければもっと人は死んでしまう。だから警察に行って事情を話してくる。セブンから思鬼の話を聞いたときは半ば信じられなかったが今はその存在を信じざるを得ないしな。俺一人で戦ってもキリが無いだろ。」
『無駄だ。赤城君が考えそうなことはもう全て試した。』
セブンははっきりと赤城に伝える。赤城はその言葉を受けてしばらく考え込む。なぜセブンはそこまではっきりと言えるんだ。それじゃあまるで以前も試したかのような...。そこで赤城はある結論に至った。
「...俺の前の契約者、ヒーローがすでに公表を試みたってことか?」
セブンは黙る。その仮面の向こうでどんな表情をしているのか赤城には分からなかった。
「考えてみれば当然だな。たった七日間しかヒーローになれない契約ならいくつもの人をヒーローにしなければ継続的に思鬼と戦えない。...なあ、教えてくれよセブン。俺は何人目のヒーローなんだ?」
その質問に対してもセブンは沈黙を通す。相変わらず仮面のせいで表情が読めない。いくら待ってもセブンからはいっこうに返事をもらえなかったので赤城はため息を一つついてから別の方向から切り込む。
「もういい。なら最後に一つだけ教えてくれ、セブン。思鬼とはいったい何なんだ?」
思鬼、人間を侵略する倒すべき敵としか教えられなかった赤城に一つの疑問が沸いた。思鬼は戦っている最中何度か言葉をしゃべっていた。思鬼という怪物は言葉を理解することが出来るほど賢いのか?それとも...。
『...ただの怪物だよ、赤城君。君の倒すべき敵、ただそれだけだ。』
セブンはそう言い残して窓に向かって歩き始めた。そして窓をまるで幽霊みたいにすり抜け、どこかに消えてしまった。
結局思鬼のことは一つも分からず、赤城は疲れたせいかそのままベッドに倒れ込み、暗い部屋の天井を眺めた。そして右手にはめてある指輪を見てしばらく考え込む。俺は自分のためにセブンと契約してヒーローとして蘇った。でもヒーローになって多くの人が罪もなく殺されていることを知ってしまった。誰かが人々を守らなければならない、そして俺にはその手段がある。ならば俺が人のために戦わなければならない、きっと俺の人生はそのためにあったのかも知れない。
赤城の視界がぼやけ始める。眠気が本格的に訪れ、赤城はゆっくりと目を瞑る。こうして彼の長い1日が終わった。
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「藤原さん、今日の夜暇かな?もしよかったら夕飯でも食べに行かない?」
赤城は緊張で声が上ずっているのを自覚していた。しかしそれほど藤原を食事に誘うことは勇気のいることだった。
「え、ええ!?赤城さんどうしたんです急に!?」
時は赤城の初陣の日の翌日。普通に会社に出社した赤城だったが何を思い立ったのか藤原をデートに誘ったのだ。
『おっほう、急に積極的になったね赤城くん。』
うっさい!
セブンは会社にいる今も堂々と赤城の横にいるが相変わらず誰にも見えていないし、聞こえていない。赤城はそんなセブンからの返答を心の声でする。
「いや、ほら、あれだよ。お互い部の中では若手で気が合いそうなものなのに未だに二人でちゃんと話したことも無いっていうのは変だなって思ってね!いつか食事に誘いたいなって思ってたんだよ。」
これは赤城の本音である。彼は常日頃藤原ともっと仲良くしたいと考えていたが中々話しかける勇気が出ずにいた。その分仕事のフォローをして距離を縮めようと努力はしたが結局業務上のやりとりしかしない関係になってしまった。
「んーそうですねぇ、どうしよっかなぁ。」
藤原はあたかも困ったかのような顔をしながら眉間にしわを寄せて考える。そんな藤原の姿を見て赤城は慌てふためいてしまう。赤城には藤原の口元が若干にやけてることなど気がつくはずも無かった。
「いや!藤原いいんだ!無理に誘ったわけじゃないから!それにほら、今日が都合悪かったってことだよな!あはは。それに仕事も忙しいし今日は難しいよな!またいつかにしよう!」
赤城はそう言って無理やり話を終わらせようとする。赤城はその奥手の性格ゆえ女性とあまり関わったことがない。唯一高校生の頃好きになった女性を食事に誘おうとしたらひどい断られ方をされ、それ以来自分は女性から石ころ程度にしか見られていないと思い込むようになってしまった。今回藤原を誘ったのも残り七日間、いや六日間の寿命しかないので後がないというのもあったが、諦め半分で誘っていたのだ。
「っふふ。あははは!」
藤原はそんな慌てふためく赤城を見て爆笑する。赤城はその光景をただポカンと見ているしかなかった。
「...え、俺何かしちゃったかな?」
赤城が困った顔で藤原の顔を伺うのに対し藤原は笑いすぎて出てしまった涙を拭きながら息を整えた。
「いやぁ、赤城さんは本当に真面目だなって。特にその慌てる顔なんかいつもの三倍くらい面白くてつい意地悪しちゃいましたよ!」
赤城はいつも背後から挨拶して驚かせる藤原を思い出す。
「...お前なあ。」
「いいですよ、赤城さん。食事に行っても。」
急に返答されたことに対して赤城は驚きのあまり表情が動かなくなる。
「えっ、いいのか?」
「はい、よろしくお願いします。」
赤城はまだ信じられないようでもう一度質問する。
「いや、でも俺とだぞ?」
「だから行こうって言ってるじゃないですか!」
藤原は頬を若干膨らませ怒ったような顔をする。でもその後すぐにいつもの優しい表情に戻り少し楽しそうにこちらを見つめ返す。
「じゃあお店は赤城さんが決めといてくださいね。私今日は6時くらいに上がれると思うんですけど赤城さんは仕事の方どうですか?」
「あ、俺もそれくらいには上がれそうだよ。」
「じゃあ6時に一階のロビー集合ということで!」
藤原はそう言い残して休憩室を出て自分のデスクに戻っていく。赤城はその姿をしばらく茫然と眺めていた。
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「へぇ、案外オシャレなところ知ってるんですねー」
「案外、は余計だろ」
仕事を終え、約束の時間に集合した2人は赤城が予約した新橋にある居酒屋に移動した。大衆居酒屋が立ち並ぶ新橋駅付近だが、その中でも建物の屋上にお店を構えているところをチョイスした。赤城は以前この店に連れてきてくれた会社の先輩心の中で深く感謝した。
二人は屋上の端の席にに座り、喧噪としている新橋の町を見下ろしながら様々な話をした。仕事の話、プライベートの話。お互い二十代で気が合いそうにも関わらず今までこうして二人で話したことがないのが不思議なくらい話は盛り上がった。
「いやぁ、楽しいですね!こんなに赤城さんとお話しできるとは思いませんでした!」
「ね、確かに俺らあまり二人でしゃべったこと無かったし結構楽しいね。」
二人のお酒のペースもどんどん上がっていき、話は学生時代の思い出になった。
「藤原さんは学生時代は剣道部に入ってたんだ!意外だなぁ。」
「えー、そうですか?じゃあ何部に入ってるように見えます?」
「うーん、テニス部とか?」
「あー、それ私がチャラそうって言ってるようなものですよ!」
話は終始盛り上がっていたが赤城の学生時代の話に切り替わった瞬間、赤城の表情が少しこわばった。
「赤城さんこそ学生のころ何やってたんですか?」
「俺は、実はテニス部だよ」
「ええ!チャラいじゃないですか!」
藤原が本気で驚いたような顔をする。
「いや、体育会だったから結構真剣だったよ。それに小学校からずっとやってたしね。」
藤原は更に驚く。
「そうなんですか!じゃあテニスものすごい上手じゃないですか!今度私に教えてくださいよー。」
藤原のテンションは上がっていく一方だが赤城の表情は少し暗くなる。
「うーん、ずっとやってたからって上手なわけでは無いからね。だから教えられるかも分からないなぁ。」
だが藤原はもう一歩踏み込んでゆく。
「大丈夫です!赤城さんならきっと上手いです!だから週末に教えてくださいね!約束ですよ!」
すごいグイグイくるな。赤城はそう思ったが藤原がそう言ってくれることに対してうれしかった。赤城は人生で初めてテニスをやっていて良かったと思った。
「わかったよ、じゃあ週末で一緒にテニスしよう。」
「やったぁ!ありがとうございます!」
赤城は藤原のうれしそうな顔をみてついつい笑ってしまった。果たしてそこまで七日間の寿命が持つのかどうかという不安を抱えつつ、飲み会はお開きとなった。二人はお店を後にして道に出たとき、一気にムワッとした熱気を感じた。夜と言ってもまだまだ外は暑い。
「藤原、今日は俺なんかと食事に行ってくれてありがとうな。」
赤城は笑いながら藤原に感謝の気持ちを述べる。しかし当の藤原は顔をハテナにさせたような表情をし、首を傾げた。おそらく何故赤城が感謝したのかが分からなかったのだろう。赤城はそう思い慌てて言葉を付け加える。
「いや藤原って、ほら、美人だし、もっとイケメンな奴らとしか会わないのかなぁって思っててさ。営業部の狩野とかそうだし、なんなら付き合ってるなんて噂も聞いたことあったからそういうものなのかってね」
赤城は笑顔でそう言うが、藤原が怒っている表情をしているのを見てぎょっとした。
「赤城さん、ひどいです。私のこと勝手に決めつけないでください!」
「あ、いやそんなつもりは」
まさか藤原がここまで怒るとは赤城も予想外だった。個人的には褒めていたつもりだった赤城だが藤原にとってはそうでも無かったらしい。
「確かに狩野さんからもご飯のお誘いがありましたけど私断ってますからね!私は...行きたい人としか一緒にご飯に行きませんから!」
声高く言ったせいか道を歩いている周りに人がギョッとしてこちらを見た。藤原の顔はみるみる赤くなり、拳をぎゅっと握りしめていた。
「そっか、なんかごめんな。勘違いしちゃって。」
赤城は素直に謝り、頭を下げる。それを見た藤原は周りに注目されているのに気がつき、慌てて前髪で顔を隠した。
「....だから分かりますよね。私が先輩と一緒に食事した理由も...。」
藤原の顔が熱くなる。先ほどの怒りによるものとは違うもののようだ。
「まあさすがにそこは分かってるよ。…先輩の誘いは断れないよなぁ。」
藤原はあまりに的外れな回答に一瞬ぽかんとした表情になる。ちがう、そうじゃないのに!藤原は心の中で叫んだ。
「....もういいです!赤城さん今日はお誘いいただきありがとうございました、また明日会社で!」
そう言い放って藤原は駅に向かって走って行ってしまった。あっという間のことだったので赤城は返事をすることも出来ず呆然としてしまった。
『赤城君、私は人間の感情について詳しくは無いが、あれは一種の愛情表現なのではなかったのかい?』
セブンがいきなり横に現れ、語りかける。
「それは俺と食事したかったから食事に来たってことか?」
『まあ、それもあるだろうし、食事中の会話を聞いててもどことなく好意を寄せている感じに聞こえていたぞ。』
赤城はセブンのその言葉を聞いて苦笑した。
「冗談は止めてくれよ。まさか俺に好意を寄せてるって言いたいのか?あの藤原が?そんなわけ無いよ。」
『そんなものかね』
セブンはあきれたような口調で言う。
赤城がこうも自分に自信を持てないのにも理由があった。彼は今までの人生で成功体験をあまり経験したことが無かった。特に学生時代の部活話で暗くなってしまったのも、テニスを真剣にやっていたにも関わらず大した成果を上げられなかったからだ。それに加え好きな人にこっぴどく振られた経験も合い重なり、赤城は自分を常に卑下してしまう人間になってしまったのだ。
キィイイン
『赤城君』
「分かってる。」
またあの不愉快な音が頭の中で鳴り響く、思鬼が近くにいる証拠だ。赤城は目を見開き、周囲を見渡す。そうして先ほどまで見せていた情けない表情から険しい表情に変え、音が鳴る方へ駆けていった。