03.ヒーローと変身
時は昨晩、赤城が初めてセブンに出会ったところに遡る。
「ひ、ヒーロー?」
赤城はぽかんとした顔でこのセブンという、子供の頃に憧れた仮面ライダーという特撮ヒーローの姿をしている人を見上げた。
『実は人類は今、とある生命体・思鬼によって攻められているんだよ。そこで私は人類を救いたい!そう思って立ち上がったのだ。』
「えっ……はぁ、そうですか。」
赤城は全く心のこもっていない返事をした。
『その様子だと信じていないようだね。まあ仕方が無いか、こんなこと急に言われて信じるという方が人としてどうかしてるだろう。』
信じて欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ、赤城は心の中でそうつぶやく。
『正直に言って君がこのことを信じるか信じないかはこの際どうでも良い。私が君に言いたいことはただ一つ、私と契約して共にその思鬼という怪物を倒してくれないだろうか?』
契約?怪物を倒す??何を言っているんだこいつは。赤城はセブンの言っていることの意味が全く理解できなかった。
「いやっ、戦えって言われてもどうやって戦うんだよ!俺は普通の人間だし、第一死んでるし!てかなんで目の前で俺が死んでるのに幽体離脱したみたいになってるんだ!?」
赤城がこの短期間で胸の内に秘めた思いを一気に爆発させる。どれもこれも普通の人であればそう思うであろう疑問であった。
『赤城君、まず訂正するが君は死んでいない。…正確に言えば死にそうになっているギリギリの所だ。そこを私が君の身体と意識を分離させている状態だ。先ほど君は幽体離脱という言葉を使ったがあながち間違いではない。』
「じゃあ俺は助かるのか?」
赤城は震えた声で訪ねる。
『それは君の返事次第だね。』
「...その思鬼という怪物を倒すことか?」
『その通り。君が私と一緒に思鬼を倒してくれると言ってくれれば君の命を救うことが出来る。ただし命を救うと言っても寿命を七日間伸ばすだけだがな。たとえ君が私と契約しても七日後には死ぬ。』
赤城は一瞬息を止める。まあ幽体離脱の状態では息はしていないが。
「七日間、たった七日間だけなのか!?じゃあ何だ、その怪物を倒す協力をしても俺は七日間か生きられないのか?」
『その通り、申し訳ないが私の力ではそれぐらいしか延命出来ないんだ。』
ここでこの変な奴と怪物を倒すと言っても七日間しかない命。赤城は自分が置かれた状況に絶望する。
『何を迷う必要があるんだい、赤城君。今この場ですぐに死ぬか、それとも思い残したことをやって七日後に最期を迎えるか、どちらかだ。』
思い残したこと..赤城はこの過酷な二つの選択肢の間に挟まれながら自分の思い残したことを探してみる。だがこんな急に聞かれても出てくるはずも無く、ただただうなだれてしまう。
『そうか、では君はここで今日、死んでしまっても悔いは無いということなんだね。』
そう問われた時、赤城は走馬燈のように今までの自分の人生を思い出した。華の無い人生、何か特別なことをしたわけでも無く、さもなければ充実した日々でも無かった。そんな俺の人生が終わってしまう、本当にいいのだろうか?
…否。それはいやだ。赤城は何かが心の中で叫んでいるのを感じた。このまま死ぬなんていやだ。もしこのまま死んでしまったら俺は何者にも成れず、何も残せない。ただ無駄に生きて、死ぬだけ。俺の人生はそんな寂しいものであっていいのだろうか?
赤城は自問自答する。28歳になって、28年間も生きてきたのに未だに何者にも成れていない自分。でもセブンから与えられたこの七日間で何かが出来るとしたら俺は...
『答えは出たかい、赤城君。』
セブンは落ち着いた口調で言う。相変わらず仮面を被っているおかげでその表情は読めないが、赤城には少し微笑んでいるように感じた。
「セブン、俺は決めたよ。...俺と契約してくれ!」
『ほう、ということはヒーローになる覚悟は出来たと言うことだね?』
「ああ、正直俺に怪物が倒せるのか分からない。でもやれることはやってみるさ。」
赤城が少し気弱そうに答える。しかし赤城の目はしっかり覚悟を決めたかのような、まっすぐとした目をしていた。
『ならば!契約は成立だ!』
セブンは大きな声で叫ぶ。その瞬間、赤城の両手が光を放ち始める。赤城は眩しさのあまり最初は自分の手を見れなかったが、次第に光の輝きが弱まっていき、やがてその光は両手中指にはまっている金色の指輪に収束した。
「セブン、これは何だ?」
『契約の証さ!赤城君。この指輪がはめられたと言うことは私との契約が成立したと言うことだ。これから君は常人ならざる力を手にして怪物・思鬼と戦わなければならない。』
赤城は両手にはめられた指輪をまじまじと見る。傍目から見たら普通の細い金色の指輪でしかないが、果たしてこんな物に力があるのか疑問に思う。だが今は納得するしかない。
「なるほど、わかった。」
『おおっと、言い忘れていた。その指輪は何があっても外してはならないよ。その指輪が君という存在をつなぎ止める機能を果たしており、そして思鬼と戦う際の力を発動させるためのトリガーでもあるのだから。』
じゃあこれを外すと死んでしまうということか、赤城は改めてその指輪を観察する。見た目はただの無地の指輪にしか見えないのだが。
『それでは契約も出来たし、そろそろ君も君の身体に戻ろうか。出なければこのままでは契約関係なく死んでしまうからね。』
「ちょ、ちょっと待ってくれ、怪物と戦うと言われてもまだ何も分からないんだけど…。」
『それはいざ戦うときになれば分かる。』
セブンがそういった途端、赤城の視界が徐々にぼやけていった。赤城は急に妙な脱力感に襲われ、まるで操り人形の糸が切れたかのように意識を失ってしまった。そして次に目覚めたとき、赤城はすでに自分の部屋で寝ていたのだった。
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『さぁ、赤城君!』
赤城の手は震えていた。その怪物、思鬼は壁にぶつかった衝撃から立ち直りゆっくりとこちらへ向かってくる。無数にある口は全て歯を見せながら笑っている。
赤城は子供の頃に見た特撮ヒーローを思い出す。いつかは自分があのヒーローみたいに変身して敵と戦いたいなんて思っていたが、まさか本当にそんな日が来るなんて誰が想像できるだろう。あの特撮ヒーローの主人公は何を思って敵と戦うのだろう、正義のためだとか誰かを守るためだとかそんなことを言うのだろうか。だがいざ怪物を目の前にしたら案外ヒーローらしく振舞うことが出来ないものだ。
赤城は両手で拳を作り、胸の位置まで上げ、互いを胸の前でぶつける。なぜそのような行動をしたかと問われても、本能的にやったとしか答えられないくらい自然とその動作が出来た。なるほど、これがセブンが言っていた、戦うときになれば分かる、か。その時、両手中指にはまっていた指輪が重なり合い光を放ち始める。思鬼はすでに目の前に来ており、一番大きな口で赤城を飲み込もうとする。赤城は思鬼を力強くにらみつけ、叫ぶ。
「変身!!」
そして重なり合っていた指輪の光が更に強くなり、赤城の前身を覆っていく。
それはとても不思議な体験だった。赤城は自分の周りに無数の光の粒が浮かんでいるのをみた。その光の粒がグルグルと回り始めたと思ったら、少しずつ身体に張り付いていく。最初は規則性も無くくっついていた光の粒が重なり合うにつれ形をなしていく。やがて全身に張り付いた光の粒がまるで鎧のような形に変わり、輝きが失われた。鎧はねずみ色で、関節以外の全身についており、関節部分は黒い何らかの素材で覆われ、動きやすいようになっていた。そして顔には十字の穴が開いた仮面が成形され、目はセブンと同じように光っていた。
ガッ
息つく間もなく変身した赤城に思鬼が噛みつく。その大きな口は赤城を丸ごと飲み込めるほど大きく、赤城は腕に生成された鎧と足で攻撃を受け止める。
「イやだナにこレ!」
「固イじゃなイ!」
このまま噛み砕けないと判断したのか、思鬼は赤城を噛んだまま左右に首を振り、そして投げ捨てた。赤城は再び建物の壁に打ち付けられ、そのまま地面に倒れる。
...この変身のおかげか。まったく痛くない。でもだからといって力も上がった気がしない。一体どうなってるんだ...。
『それはまだ君が本当の力を引き出しきれてないからだよ。』
セブンは宙に浮きながら赤城の横に現れる。
「いや、お前、俺の心読めるのかよ!」
赤城は力を出しきれていない理由よりも心が読まれていたことの方が気になってしまった。だが今はそんな場合では無い。赤城は急いで立ち上がり、再び突進してくる思鬼を両手で受け止める。その勢いに押し負け、赤城は数メートル後ろに引きずられる。
「おい、セブン!力を引き出せていないとはどういうことだ!?今の俺の状態では戦えないのか!?」
赤城は思鬼に食べられないよう必死に手で押さえながら叫ぶ。
『戦えないことはない、だが勝てないだろう。...今君がしているその姿は羽化する前のサナギと同じようなものだ。』
慌てて質問する赤城にセブンは随分と悠長に答える。
「ならどうすりゃいいんだよ!?」
『覚醒するしかない』
「覚醒?!」
『そうだ。私が君に与えた力は君の意思によって形取られる。君が本当の自分の思い、意思と向き合えば自ずと覚醒するはずなんだ。』
なんて抽象的なことを言うんだ。赤城は文句を大声で言いたいところだがそんな場合では無い。自分の意思ってなんだよ、訳がわかんない。赤城は頭の中でグルグルと考える。しかしそうこうしているうちに思鬼の噛む力がどんどん強くなっていき、そして
バキッ
「うそだろ」
赤城の鎧が砕け始める。そして次の瞬間、思鬼は赤城を噛んだまま上へ投げる。赤城は宙で二三転し、必死に体を動かして体勢を立て直そうとするがその行動も虚しく思鬼にそのまま丸呑みにされてしまった。
「あァあー、ウザかったァ。こレでスッキリしたワ。」
無数の口から見える白い歯を剥き出しにしてその思鬼は笑う。
しかしセブンはこの状況にもかかわらずただ静かに飲み込まれてしまった赤城を、品定めをするかのように見つめていた。