02.ヒーローと対峙
20XX年9月8日(火)、相変わらずの猛暑が続いており、朝の電車は満員御礼といった状態だ。サラリーマンがひしめき合う新橋駅、そんな中で同じくサラリーマンをしている赤城 修平は軽い足取りで人混みの中をかき分けて歩いて行く。いつもならアイスコーヒーを買っていくのが習慣であったが、今日は何故だか暑さをあまり感じない。そしてどこにも寄らず会社の前までついた時、
「…..わっ!」
また性懲りも無く後ろから驚かせようとしてくる輩。赤城はいったんため息をつき、後ろを振り向くまでも無くその正体を見破る。
「..藤原さん、驚かすのは止めてください。」
「あれぇ、今日は驚かないんですねー。」
この子猫を連想させるような可愛らしい声。輩の正体が藤原さんであったことはやはり間違いでは無かった。
「まったく、なんで毎回私を驚かせようとするんですか。」
赤城は後ろを振り返り、あきれた口調で言う。
「いやぁ、だって赤城さんいつも面白い反応するからぁ」
赤城は怪訝そうな顔を藤原に向けるが、藤原は一切無視して笑顔でそう答える。
「...本当は赤城さんともっと話したいからちょっかい出してるんです。」
「...えっ、なんだって??」
藤原がぼそっと言ったことに対し慌てて聞き返す。
「いいえ!何でもありません!さっ、オフィスに行きましょ!」
藤原は今の独り言が赤城に聞こえなかったことをほっと思いながら赤城をエレベーターへと押していく。だがそんな思いとは裏腹に赤城はその言葉をばっちり聞いていた。
いや、これは何かの聞き間違いだ。まさか藤原さんが俺ともっと話したいだなんて言うわけが無い。
赤城は藤原の言葉に悶々としつつ、促されるがままにエレベーターに乗り込むのであった。
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『赤城君、残り少ない時間を仕事に費やしていいのかい?』
「うわぁっ!」
急に声を掛けられ、赤城は思わず大きな声を出してしまう。ちょうど午後3時を回った頃でオフィスの中は相変わらず忙しそうに人々が歩き回っている。
「どうした赤城ー、大丈夫かー?」
奥の席に座っている課長から本当に心配しているのか分からないような声のトーンで聞かれる。
「あ、はい大丈夫です!ちょっと作成中のデータが飛んだだけなので」
課長を言いくるめた後、赤城は椅子に座り直し、パソコン画面の反射越しに見えるその存在、セブンを睨む。相変わらず特撮ヒーローのような格好をしており、かなりの場違い感が出ている。赤城はパソコンで新しいテキストファイルを開き、そこにセブンに対して返事を打ち込む。
〉急に話しかけるなと言っただろ。
『おや、そうかね?なにやら暇そうにしてたからてっきり話しかけて良いものだと』
〉暇じゃないよ。
どうやらセブンの姿が俺にしか見えず、声も他の人に聞こえないのは本当のようだ。赤城は改めてセブンの存在を不思議に思う。そして赤城はワードに文字を打ち込む。
〉セブン、何で誰もお前の姿が見えないんだ?
『だからそれは昨晩言ったじゃないか。』
まあ、そうなんだけど。赤城はどうしても昨日の出来事が信じられずにいた。自分が昨晩死んだこと、そして.....。
キィィィィイィィイイィン
「うっ!?!?」
赤城は少しのうめき声を上げて机に突っ伏する。頭の中で甲高く、まるで黒板を爪でひっかいたような不愉快な音が鳴り響く。なんだ、これは!?赤城は周囲を見渡すがどうやら誰にもこの音が聞こえていないらしい。
「...セブン、この音聞こえるか?」
赤城は小声でつぶやく。
『うむ、聞こえている。どうやら思鬼が近くにいるみたいだ。』
思鬼。そうか、昨晩セブンが説明してくれたあれのことか。赤城は昨日のやり取りを思い出す。
「思鬼がどこにいるのか分かるか?」
『この音が聞こえるということはそう遠くないはずだよ。でもそうだね、このビルの外にいるのは確かだ。』
「そうか、わかった。じゃあそこに向かおう。」
そういって赤城は課長の元へ行き、体調が悪くなったので今日は早退すると伝えた。話の一部を聞いていた藤原が帰り支度をしている赤城のもとへ駆け寄る。
「赤城さん大丈夫ですか?外まで見送りましょうか?」
赤城にとってその申し出はとてもうれしいものであった、が今はそんな場合ではなかった。
「藤原さん、ありがとう。でも大丈夫だから心配しないで。」
赤城は笑顔で受け答えするが藤原はなおも心配そうな顔でこっちを見る。そんな藤原を置いて赤城は頭の中で響く音に耐えながらオフィスを出て、音の鳴るほうに向かってゆっくりと歩いていく。
『赤城君、気を付けるんだ。だいぶ近くにいるはずだよ』
「わかってる。」
赤城はオフィスを出て、階段を使って駆け足で一階まで降りる。定時前に退社するなんて普段だったらスキップしながら帰るところだが今はそう悠長なことはしていられなかった。赤城はビルを出て、すぐに音の鳴る方へ走り出す。
そうしてしばらく走った末にたどり着いたのはオフィス街から少し外れた路地裏だ。ちょうど建物の間にある通路で、道も行き止まりになっている。建物のせいで明かりが差し込むことのない暗い路地裏だが、その闇の中で蠢く何かを赤城は見た。人影に見えたそれに対し、赤城はすこし遠慮がちに話しかける。
「すみません、道に迷ってしまったんですけど、えっと、新橋駅はどこだがわかりますか?」
...少しの間が空いた後、向こう側から何かが投げられた。赤城は反射でそれを避け、投げられたものは地面に二回ほど跳ねて動きを止めた。そしてその投げられたものを見て赤城は息を止めた。
人の手だ。
道路に落ちた人の手からは少し血が滴れて、つい先ほどまで繋がっていたということがわかる。
『赤城君!前!』
えっ
赤城は呼びかけに応じて前を見ようとしたがその瞬間、何か棒のようなものが腹にあたり後方へ吹き飛んでしまう。
「っうわ!」
赤城はまるであの飛ばされた手首と同じように2,3程跳ねたのちに向かいの建物の壁にぶつかり動きを止めた。瞬時に頭を守ったおかげで意識が飛ぶことはなかったが、軽く10メートルは吹き飛ばされた。起き上がろうと身を起こすが、その時ようやく路地裏の陰に隠れていた何かが姿をあらわした。
それは異様な姿をした生き物だった。いや、もはや生き物と呼んでいいのかすらわからない。全長5メートルはありそうな巨大ミミズに見える。しかし身体は赤黒く、全身に人間の口のようなものがあり、いくつかの口から人の身体の一部がはみ出しているのが見える。どうやら先ほど投げられた手の主であろう。それをまるでスルメみたいにしゃぶりながらこちらの様子をうかがっている。そして無数にある口のうちの一つがニヤリと笑い、こちらに向かって語りかける。
「あァ、おイしそウ。おイしそウな匂イがこっちからするワ!ねェ!?食べたイ、私食べたイわ!!」
そう言いながらそのミミズもどきは動き出し、まっすぐと赤城に向かって突っ込んでくる。
『よけろ!』
セブンの合図で赤城は横に飛び、ミミズもどきの突進を回避する。それはものすごい音とともに建物の壁にぶつかり、壁に若干ヒビが入っていた。まともに受けていたらおそらく死んでいたであろう。
「セブン、教えてくれ。この怪物がセブンの言っていた思鬼か?」
『そうだ、こいつが思鬼だ。そして赤城君、君が倒すべき相手だ。』
こんな状況にも関わらずセブンの声は落ち着いている。
「あぁ、分かってるよ。」
赤城は壁にぶつかって怯んでいる思鬼と距離を取り、自分の両手を胸の位置まであげて両手中指にはめてある二つの金色の指輪を確認した。そうだ、これは夢でも妄想でもない。現実であると。