10.ヒーローと真実
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赤城は闇の中を彷徨う。
四方八方、どこを見ても闇。出口などは無く、自分がどこから来たのかさえ分からない。ただ赤城の胸の中には謎の達成感と満足感があった。自分にはきっと何か目的があったのだろう、そしてそれを叶えた。
ならばそれでいいじゃないか、もう歩くのを止めても誰も責めたりはしない。
赤城は歩くのを止め、その場でしゃがみ込む。そして自分と闇との垣根が次第にあやふやになっていき、闇に同化していく。
ただ彼の胸の中にあった小さな火の粉は細々と、だけど確かに燃え続けた。
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誰かに呼ばれたような気がした。
長らく闇の奥底にあった赤城の意識はふと浮上する。すでに闇の中に溶け込んでいた自分の存在をかき集め、少しずつ闇の沼から抜け出した赤城はゆっくりと目を開ける。最初は視界がぼやけており気がつかなかったが、次第にそれが開けていき、自分の真上に見知らぬ天井が広がっていることに気がついた。
ここは...病院か?
赤城は自分が未だに生きていることに驚いた。確かに俺は死んだはずだ、なのに何故...。
『それが君の能力だからだよ』
聞き覚えのある声がする。赤城は声がする方へ振り向こうとするが、そこで自分の身体が全く動かないことに気がつく。
『君が覚醒したときに発現した能力、"嫌悪"の力の影響だね』
能力?どういうことだ?
『何を言っている。すでに覚醒した君であれば本能的に分かっているはずだよ。...あぁ、すまない、覚醒時に現れる現象についてまだ説明してなかったね。覚醒した者は例え変身していない生身の状態でもある程度能力を使えるのさ。だから君が今もこうやって生きていられるのは、君の”嫌悪”の能力、自身の生命力(寿命)を消費して身体能力を向上する能力によってね。』
...セブン、お前は何でいつも大切なことを言うのが遅いんだ。
『悪いね、まさか君が覚醒出来るとは思わなかったから。』
ま、まて、ていうことはあの戦いからどれくらい経ったんだ?藤原は無事なのか!?
赤城は起き上がろうと全身に力を入れる。だが身体はピクリとも動かない。
『落ち着きたまえ、まず戦いから君は丸一日寝ていた。なので今日は日曜日だ。そして藤原はというと...おっと、来たようだね。』
するとどこかから足音がするのが聞こえた。赤城は唯一動かせる眼球を必死に音がする方へ向けて、すぐそばに立っている藤原に気がついた。
「あ、赤城さん!!!」
藤原は思わず涙をこぼしながらベッドの横に倒れ込む。しばらく静かな泣き声が聞こえた後に、再び藤原が目の前に現れる。彼女は額に包帯を巻いているようだがそれ以外は大丈夫そうだ。
「赤城さん!本当に目覚めないのかと思いましたよ!もう!」
藤原は涙をこぼしながら、でも笑顔でこちらの顔をのぞく。赤城は藤原に返事しようと声を出そうとするが、喉を動かすことが出来なかった。
『ああ、もう声を出すことが出来ないくらい弱っているんだね。』
クソ、それすら出来ないのか..。赤城はもどかしい気持ちになる。
「無理をしないでください、赤城さん。今は命があるだけで凄いことなんですから。」
そしてしばらく藤原が涙を拭いているのを赤城はただ見ているしか無かった。
「医者が言っていました。赤城さんがもし目を覚まさなかったらおそらく今日が峠だろうって。でも目を覚ましてくれて本当に良かった。」
しかし赤城は着実に自分が死に近づいていることを理解していた。もうすでに下半身は感覚すら失ってしまっている。直に上半身の感覚も失っていくだろう。
「赤城さん、あなたに言いたかったことがあるんです。もしよろしければ聞いていただけませんか?」
そう言って藤原は近くの椅子を寄せてそこに座る。
「...覚えていますか。私が入社してまもない頃、営業課の男性たちからしつこく飲みに誘われていたこと。」
あぁ、確かあったな。休み時間のたびに男どもが藤原の周りに集まっていたことを思い出す。あれは近くに座る身としては騒がしくていい気分ではなかった。
「ほら、私って正直モテるじゃないですか。別にしょうもない男たちが集まってくること自体は慣れていたので私としては別に良かったんですけど。」
急になんだコイツ、ちょっと腹立つな。赤城はそんなツッコミを入れたかったが口が動かず、出来なかった。
「その時にめちゃくちゃしつこく食事に誘ってきた人のこと覚えています?私が何度も断っているのに性懲りもなく誘ってくるから困っていたこと。」
その人なら覚えている。でも確かその人は...。
「実は私、見てたんですよ。赤城さんがその後影でこっそり注意しているところを。」
バレてたのか。赤城は少し恥ずかしくなり目を細める。
「それに、赤城さんが影で私のことサポートしていることも知ってたんですから!私に仕事が回されすぎた時はこっそり自分が受け持ってたり、私が疲れている時はこっそり上司に相談して私を休ませてくれてたりしていたこと、私実は知っていたんですよ!」
そこまで知っていたか。穴があったら入りたい....。
「なのに赤城さんは普段はまっっったく私に関わろうとしない!おかげで私も最初は嫌われていると思っていましたもん。でもいつからか赤城さんともっと話したいと思うようになりまして、それで色々意地悪をしてしまったんですけど...。朝出社する時に驚かせたりとか...。」
うん、あれは本当にやめて欲しかった。赤城は心の中で真面目に言う。
それからしばらく藤原は話すのをやめ、何かを言いたそうな顔をしていた。そしてそれはまるでダムが決壊したかのように吐き出された。
「...私、常々思ってたんですけど、赤城さんは自分のことを卑下しすぎています!私はそれがどうしても気に入らなかったんです!自分はこうだからダメだとか、ああだからダメだとか、そんな事私にとってはどうでもいい事なんです!!」
赤城は藤原が何を言うのか静かに見守った。
それから藤原は俺の嫌いなところを次々とはき出していった。こんなに言われたら普通は嫌気がさすだろう、だが赤城は違った。藤原が自分のことをここまでよく見ていてくれたのだと感心してしまっていたのだ。
「..赤城さんはもっと自分に自信を持ってください。私が好きになった初めての人なんですから...。」
最後にぼそっと言われた言葉に赤城は息をのむ。今なんて...。
「あなたは自分のことを大した人間では無いと思ってるかもしれませんが、私にとってあなたは凄い人です!私のことを何度も助けてくれて、化け物までやっつけてくれて、でも私はそれ以前にあなたのことが好きでした!」
まるで怒っているかのような口調で吐き捨てた後、顔が赤くなるのが見えた。
赤城はしばらく彼女の顔を見つめた後、自分に宿った”嫌悪”の力を初めて意識的に発動させる。今まで無理矢心臓を動かす為に注いでいた”嫌悪”の力を肺に注ぎ、そしてそのまま喉まで持って行く。おそらくこれが自身の身体からかき集められる最後の”嫌悪”の力だろう。
赤城は初めて自分を肯定してくれる人に出会った。今まで何をしても中途半端、どう頑張っても認めてもらえなかった赤城からしたらそれはまさに地球がひっくり返るくらいの衝撃だった。そんな人から告白されたのだ、例え自分の残りの全ての命を使っても返事をしないわけにはいかなかった。
そして”嫌悪”の力を使って、残りの生命力全てを注ぎ込んで赤城は言葉を発する。
「......藤原さん、あなたに出会えて本当に良かった。私もあなたのことが好きです。」
赤城は満面の笑みでその言葉を言う。藤原はその言葉を聞くや否や目から大量の涙がこぼれ落ちてしまう。なんてきれいな涙だろう、赤城はそう思う。
「...んもう、、お医者さん呼んできますね。赤城さんが目覚めたこと言わないと。それでは赤城さん、少し待っててくださいね。」
藤原は最後に笑顔でその場を離れ、病室から出ていく音がした。これが藤原と顔を合わせる最後の機会だった。
赤城の心はものすごく暖かかった。人生でこれほどまでに充実した気持ちになったことがあるだろうか。だがそれとは裏腹に赤城の身体はどんどん冷めていく。”嫌悪”の力で最後の生命力を振り絞ったのだ。死はすぐそこまで来ていた。
『そろそろお別れだね。』
セブンはいつの間にか赤城の隣に立っていた。だが赤城はすでに目を開けていられるほどの力も残って無く、呼吸もだんだん弱くなっていく。
セブン...。お前にも礼を言わなきゃだね。
『何を言っているんだ。私たちは公平な契約の元に成り立った関係なのだから礼を言うことなど一つも無いよ。』
確かにそうだな、でも俺はセブンと出会って、ようやく自分の人生をちゃんと始められたような気がするんだ。だから言わせてほしいんだ.....ありがとう。
心の中でのその言葉を最後に赤城が発動させていた”嫌悪”の力が完全に消失した。そして”嫌悪”の恩恵を失った赤城の身体は完全にその機能を停止させ、紛う事なき死が赤城にもたらされた。だが赤城の死に際の顔は決して悲壮さは無く、満足のいったかのような顔であった。享年28歳、赤城の人生は静かに幕を閉じた。
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『赤城君、君には黙っていたが、契約はまだ終わっていないんだよ。』
すると赤城の身体は淡く発光し始める。発光した赤城の身体は少しずつ光の粒へと姿を変え、やがて身体全てが光の粒になり、ゆっくりと宙へ浮く。セブンは人の姿を失い、光の粒になったものを片手に集約し、手のひらほどの大きさの光る球体を作り出す。そして次の瞬間、セブンの仮面の口元に大きく亀裂が入り、そのまま地割れが起きたかのようにそこが開く。それはまるで口のように大きく開き、手に乗せていた球をかじり出す。その食べ方は異様で、肉食動物が狩りで捕った獲物を食べる姿を彷彿させた。
『騙していたようで申し訳ないが、私には君が得た力、“嫌悪”の力を回収する義務があるのだよ。だけどそのためには私は君の魂を取り込まなければならない。それはすなわち君の魂が私と同じ、観測されない者になることと同義なんだ。その結果、この世にいるあらゆる存在が君を観測出来なくなる。早い話、みんな君を忘れてしまうと言うことなのさ。まあでも死んでしまった今の君には関係無い話だけどもね。』
セブンの口角が上に向かって大きく上がる。
『だからゆっくりと私の中で眠りなさい。』
赤城が死んだ今、誰にも観測されないセブンだったが、もし誰かがその姿を見ていたらこう言うであろう。その笑い方はまるで悪魔のそれだと。