01.ヒーローと出会い
20XX年9月7日(月)、日本は記録的な猛暑を更新しており、特に東京は37度と息をするのもつらいほどである。朝の8:20、そんな猛暑の中やはり通勤ラッシュの混み具合はいつも通りであり、紺色のスーツパンツと白いワイシャツを着た赤城 修平もその通勤ラッシュのど真ん中にいた。彼の勤務地は新橋、サラリーマンの聖地と名高い場所で今日も多くのスーツを来た人たちで賑わっている。新橋駅に到着し電車から降りた赤城は烏森口を出てまっすぐに会社に向かう、訳では無くコンビニに立ち寄りアイスコーヒーを注文する。アイスコーヒーは氷の入ったカップをレジで購入し、その後にお客自身がコーヒーメーカーの元まで行き自分でコーヒーをいれるというセルフサービス方式であり、そこで長蛇の列が出来ていた。誰しも考えることは一緒で冷たいものを飲むことで少しでも暑さを凌ごうとする。赤城は彼らと同じような行動を取り、そして同じようにアイスコーヒーを飲みながら会社へ向かう。
会社に近づくと赤城はおもむろに鞄からネクタイを取り出し首に絞め始める。そして最後に手に掛けていたジャケットをはおり、会社のビルに入っていく。昨今の日本ではクールビズがはやっているにも関わらず、彼の会社は古い習慣を大切にするところだ。その会社は駅から徒歩10分ほどのところにあり、灰色の少し古びた貸しビルの7階がオフィスになっている。いつもなら階段でオフィスまで上がっていたがさすがに最近は猛暑のせいで階段を使う気力が失せてしまっており、大人しくエレベーターを待つことにした。何より少しでも身体を動かすと汗がどんどん出てしまう。
出社時間時のエレベーター前ではまた列が出来ており、赤城は朝から何回列に並ぶんだよ、と思いため息をつく。エレベーターは二つしか無いので稼働率は悪く、一回で捌ける人数は限られている。赤城はこの時間を使い鞄から社員証を取り出し、出社する最終準備を行う。そんな最中、
「……わっ!」
「おわっっ!?!?」
後ろから不意に驚かされたことで赤城は変な声を出してしまう。周りに並んでいる人も一同にこちらを向くので視線がなんとも痛い。
「えへへ、赤城さんを今日も驚かせちゃいましたぁ。」
その女、藤原 清花はしてやったり顔で笑っている。藤原は赤城と同じ部署の三つ下の後輩であり、本来であれば赤城は先輩として厳しく注意しなければならない。しかし彼女の人畜無害そうな雰囲気と子猫を連想させるかわいらしい声色のせいで怒る気力が一気にそがれてしまう。
「はぁ、またですか藤原さん…おはようございます。」
「はい、また藤原です。赤城さんおはようございます。」
藤原は水色の半袖シャツと灰色のお花のレースが付いているスカートというファッションを身にまとっており、髪もショートボブといかにも夏に合いそうな出で立ちをしていた。彼女は正直に言うと周りが目をとめるほどの美人である。
そうこう思っている間にエレベーターの順番が回ってきて他の大勢の社員達と一緒に赤城と藤原が乗り込む。
「いやぁ、朝のエレベーターは本当に混みますよねぇ。」
藤原が小声で赤城にしゃべり掛けてきたのに対し、赤城は少し顔を赤くしながら頷いて見せる。人混みのせいで赤城と藤原の距離が近く、藤原の息遣いがよく聞こえてしまう。こういう時、ドキドキしてしまうのは私だけなのだろうか、赤城は悶々としながら藤原との密着時間を過ごす。そしてそうこうしているうちにオフィスに着き、2人はそれぞれの席へ向かう。
「赤城さん、それではまた。」
「はい、また。」
こうして赤城にとってつかぬ間の癒しの時間が終わり、始業の放送とともにいつもの日常が始まる。
そこからの日常はいつもと同じだ。朝はメールの返信、今日一日の業務チェックと実際に作業をし、午後はいくつかの会議に参加したあと作業を進めて一日が終わる。
そう、赤城という男はまるでループ物の映画のように繰り返される日々に嫌気がさしていたのだ。彼がこの会社に入ったのが5年前、歳はすでに28歳となっており、恋人はいない。入社してすぐの頃は同期も大勢いて毎日が楽しかったが、時が過ぎるにつれみんな結婚してしまったり、転職してしまったりとどんどん自分の日常から離れてしまった。やがて赤城はやりがいも無く、ただひたすら会社と家を往復して生きるつまらない人間になってしまった。
唯一の楽しみと言えば同じ部署にいる後輩の藤原と話すことだが、奥手な赤城は自分から何かアクションを起こすわけでも無く、だからといって藤原と恋人関係になりたいのかどうかも分からずにいた。
赤城、19:00に退社。あたりも暗くなり、気温も大分下がり始めたがまだじわじわと熱い。ずっとクーラーの効いた部屋にいた赤城にとってはまだ厳しい暑さだ。そして人混みがまだ激しい電車に揺られながら最寄り駅まで行き、スーパーのお総菜コーナーに足を運ぶ。一人暮らしは会社に入ったときから始め、その時は自炊もしっかりと行っていたがやがてそれをする気力が失せていき、今ではお総菜コーナー常連客となってしまった。
暗い帰り道、スーパーの袋を持った赤城はふと立ち止まり夜空を見つめる。目の前の日々をただ淡々と過ごすだけで、夢中になれるものが何も無い。同じ日々を何度も繰り返すのもそろそろ疲れてしまった。
がこっ
どこかから音がして赤城は再び足を止める。周りは住宅街でこの時間に出歩いている人はいない。でも確かに聞こえた音が気になって聞こえた方角へ向かって歩く。気温は会社から出たときから大分下がり、少し風が吹いてきた。もしかしたら風に乗ってどこか遠いところに後が聞こえたのかな、と思った赤城がたどり着いた場所は建設工事中の空き地だ。空き地には電灯があるわけでは無く、表の道に比べてとりわけ暗く感じた。進むべきでは無い、赤城はそう思ったが、久々に感じる非日常感につられて足を踏み入れてしまう。そこはマンションの建設予定地であり、土台はできあがっているところまでは分かるが建物全体がブルーシートに覆われ、どこまで工事が進行しているのかが分からない。やっぱり音は気のせいだったのかと思い、赤城はきびすを返した瞬間、
ガララッ
何か重たい物が動いた音がする。赤城は再び立ち止まり、あたりを見渡す。すると目の前が急に暗くなり、
ぁれ...?
しばしの静寂と暗闇の世界が赤城に訪れる。赤城はその世界の中で少しずつ自分と世界との境目がなくなっていき、自分という存在が溶け出していくような感覚に襲われた。だがその感覚もやがて薄れていき、そして赤城 修平の人生が何の前触れも無く終わった。
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『...落下してきた建材につぶされたことによる圧死、といったところかね?』
妙な声、男の声だが少し機械を通したような声に気がつき、赤城は目を覚ます。どうやら地面に寝転んでいたらしく、上体を起こしてあたりを確認する。ここはどこだ?確か自分はさっきまで建設現場にいて、何も無かったから家に帰ろうとしたんだが。
『おや、どうやら自分の置かれた状況に気づいていないみたいだね。赤城君。』
赤城は先ほどから聞こえるその声の主を探してあたりを探す。すると自分の真横に妙な輩が立っていることに気がつく。声からして男のようだが、全身が何か白い金属のような甲冑に覆われており、頭も何かの仮面をつけている。それを見て真っ先に思い浮かんだのが子供の頃に夢中になっていた特撮ヒーローシリーズだった。自分も大人になったら誰でも助けられるヒーローになりたいという夢を持っていたことまでつい思い出してしまうほどにその男の出で立ちはヒーローに似ていた。
「あのー、すみません…。あなた誰ですか?」
いくら子供の頃にあこがれたヒーローに似ているとは言え他人は他人だ。赤城はおそるおそるその人に問いかけをする。
『む、私かい?そうだね、セブン、と呼んでくれたまえ。シンプルで覚えやすいだろう?』
そのセブンと名乗る男の表情は仮面に覆われいたため分からなかったが、声色から少し微笑んでいるなと感じた。
『それより赤城君。そろそろ気がついてもいいんじゃないかね?』
「えっ?」
そう言われて赤城はセブンの顔を見る。黄色く光る彼の目の先を追うとそこには鉄骨の山が存在していた。あれ、たしか俺がここを通ったときは無かったのに。しかしよく見てみるとそこにあるのは鉄骨の山だけでは無く、一番下に何か人の手のようなものが見えた。
「う、うわあっ!?」
赤城は驚いて一二歩後ずさりしてしまう。
『いや、あれ君だよ?』
セブンはさぞ当たり前のようにそう言うので赤城は少し固まってしまう。そして赤城はおそるおそる近づいていくとその腕にはブランド物の時計がしてあることに気がつく。これは俺の大学進学の時に奮発して買った腕時計だ。そしてあたりには先ほどスーパーで買った総菜が散らばっている。赤城はいやな予感を感じ始めていた。
『赤城君、こっちに来てごらん。君の顔があるじゃないか。』
それを聞いた赤城はゆっくりと、まるでお化け屋敷の中を一歩ずつ進むかのように歩いて行き、セブンが見ている所と同じ場所を見る。そしてそれを見た瞬間、赤城は腰から倒れ込み、言葉にならない叫び声を上げた。
赤城はその後しばらく頭を抱え、じっとしていた。自分は本当に死んでしまったのだろうか、じゃあ今の自分は幽霊か何かだろうか、考えることは色々あるがそれをセブンは遮った。
『さあ、ここからが本題だ。君は不慮の事故で死んでしまった。だがね、君は選ばれたのだよ。』
赤城にはこのセブンと名乗る男が何を言っているのかがさっぱり分からなかった。
『どうだい、死ぬ前にヒーローでもやってみないか?』
赤城はまだ知らなかった。その問いが赤城の人生を大きく変えることになるとは。