お兄ちゃん(TS美少女)は無防備すぎる【妹談】
あまり起伏のないTS美少女兄と妹のお話です。
「あのさ、お兄ちゃんさ、風呂出たあとパンツだけでフラフラするのやめなよ」
「あ? どうして急に?」
「だってお父さんがすごいいづらそうにしてるじゃん」
「別によくね?」というお兄ちゃんは今日も風呂上がりにボクサーパンツ(レディース)一丁でソファーの上に寝転がりながらスマホで遊んでいた。
リビングでテレビを見ようと二階から降りてきたお父さんは、お兄ちゃんのだらしない姿に閉口した様子でそのまま自室に戻ってしまった。
「だって俺じゃん、今更裸見てどうなるよ?」
「そうだけど、そうじゃなくてさ」
お兄ちゃんが女の子になったのは一ヶ月前だった。
風邪一つひいたことがないお兄ちゃんが急に高熱を出して病院に搬送されたと聞いて、私は大慌てで学校を早退してお見舞いに行った。
「お、愛梨か? なんかこんなんになってたわ」と指定された病室にいた私よりも少し年上に見える見知らぬ女の子は言った。
それがお兄ちゃんだと理解するのには少し時間がかかった。
急性性転換症という病気だったらしい。
珍しい病気で、医者の先生も実際に診るのは初めてだと言っていた。
深刻な様子で先生が「完全に元に戻るのは難しいです。性別適合手術のような方法はありますが……」と家族の前で言うのを聞いて、「え〜手術とか薬とかめんどいし別にいいよ、これで」とヘラヘラした様子でお兄ちゃんは言った。
三日で病院を退院して、それから慌ただしく役所関係の手続きが行われて、お父さんとお母さんはヘトヘトだった。
でも、お兄ちゃんは「女になるのって大変なんだな」と他人事のようだった。
「お兄ちゃんさ、今自分が女の子だって自覚あるの?」
「まあね、ぶっちゃけ結構かわいいと思ってる」
「かわいいってわかってるならもっと気をつけた方がいいよ」
お兄ちゃんが通っている高校は元々は男子校で、今でも男子の方が女子の三倍多い。
だから未だにむさ苦しい男子校のイメージが残っている。
そんな学校で、お兄ちゃんがこんな無防備な振る舞いを続けているとしたら……。
飢えた男子高校生になにか勘違いをさせて、取り返しのつかないことになってしまうのではないかと、私は心配している。
自分でも少しキモいかなとは思うけれど、どうしても不安だった。
「学校でなんか変なこととかなかった?」
「特にないと思うけど、どういうの?」
「た、例えば……えっと、男子にせ、セクハラされたり」
「え、さすがにそんなのないよ」
「ほ、ほんとに?」
「うん……あ、そういやこの前佐々木とか村田に胸揉ませてやったわ」
「え!」
「どうしても女の胸を揉みたいって言うからさ。でも揉ましてやったらさ、めっちゃ下手で痛かったし、小さいとか言ってくんのよ。何様だよ、童貞のくせに」
笑いながらとんでもないことを話すお兄ちゃんに私は呆然とした。
「確かに大きくないけど、小さいってわけじゃないと思うんだよね。愛梨より少しあるくらいじゃん?」
「お兄ちゃん……」
「あ、今のはセクハラだな、悪い悪い」
「やっぱりお兄ちゃんには自覚がないんだよ」
もし私があと一つ学年が上だったら、同じ高校に通ってできる限りお兄ちゃんと一緒にいて守ってあげられるのに。
歯痒い気持ちでいっぱいだった。
「そうやってるうちにエスカレートして大変なことになるかもしれないじゃん」
「大丈夫だって、いくらなんでも相手が俺じゃあいつらもそういう目で見ないでしょ。それに俺学ラン着てるし」
自分だってついこの前まで十代の男子だったのに、お兄ちゃんはあまりにもあいつらのヤバさをわかっていない。
学ランを着ているから男は興奮しないだなんて、お兄ちゃんはどうかしている。
ちなみに、お兄ちゃんは女の子になって少し背が小さくなったが、男子の頃から着ていた学ランは肩幅や丈が少し余るけれど着ることができたので、そのまま使っている。
「女の服って面倒くさそうだし、さすがに女装する気はないな」とは本人の談だ。
それでも、女の子になると同時に背中まで伸びた髪に文句を言いつつも切らないのは、お母さんからもらった美容院代をゲームに使ってしまったからだ。
毎朝、私にポニーテールにさせてから登校するのだけれど、さすがにいい加減覚えて欲しい。
「若い男の性欲は侮っちゃダメだよ。特にお兄ちゃんの友達なんてめちゃくちゃ飢えてるだろうし、絶対危ないよ」
「う〜ん、まあ下ネタばっか言い合ってるけどみんないいやつだよ」
「はいアウト。絶対勘違いさせてる。絶対下ネタが現実になる」
「言いすぎだろ」と言うお兄ちゃんを見て、私はいよいよ教育が必要だと悟った。
ウチの両親は子供にあまり干渉しすぎないという方針で、お兄ちゃんが女の子になったときも、書類上の手続きはしっかりとやってくれたけれど、お兄ちゃんに「女の子らしくしろ」などとは言わずに、本人の好きなようにさせている。
だから、お兄ちゃんの生活は男の頃とほとんど変わっていない。
さすがに体のためにと、お母さんと私でブラをつけさせるように説得したが、本当にそれ以外はなにも干渉していなかった。
だが、その方針がお兄ちゃんにとって悪い方向に働いてしまったようだった。
「お兄ちゃんはもっと女の子を知る必要があると思う」
「は?」
「女の子の立ち振る舞いをお兄ちゃんはもっと知るべきだよ」
「そんなんいらないでしょ」
「仮に今大丈夫だとしても、お兄ちゃんみたいに無防備だと大学の新入生歓迎会とかでさチャラい先輩に簡単にお持ち帰りされちゃうよ」
「エロ漫画の読みすぎじゃね、お前」
「う……とにかく、私がこれからお兄ちゃんに女の子のこと教えることにするからね」
「え〜」
「え〜じゃない。絶対だからね!」
私の剣幕にひるんだのか、お兄ちゃんは「はあ、わかった」と言った。
「というか、俺になにやらせる気なの?」
「明日教える。じゃあね、おやすみ」
このまま話し続けているうちにゴネられるよりも、今日はここで区切って明日内容を伝えた方がいいと思って、私は話を打ち切った。
さて、どういうカリキュラムにしようかと、いつもより二時間ばかり早く入ったベッドの中で考えているうちに私は眠りに落ちた。
「お母さん、今日はお兄ちゃんと服買いに行くからお金ちょうだい」
「二人で行くの? 珍しいね」
日曜の朝、お母さんにお金をねだると、快く軍資金をくれた。
我が家では服代は親が出してくれるのだ。
私は中学に入ってからは自分で買いに行くことが多いけれど、お兄ちゃんはいつもお母さんに任せている。
昨日決めたお兄ちゃんへの女の子教育の第一歩として、女の子の服や買い物に慣れるというのがいいだろうと考えたのだった。
決して、私がお兄ちゃんと一緒に買い物したかったからではない……はずだ。
「え、服買いに行くの? 今日はソシャゲの周回するつもりだったんだけど」
「そんなのいつでもできるでしょ、今日は絶対行くの。ほら、さっさと顔洗え! 髪は私がどうにかしてあげるから」
「はいはい、わかった」と言いながらお兄ちゃんは洗面所に向かった。
「お前と一緒に買い物するの久々じゃね」
「確かにね」
郊外のショッピングモールに向かうバスの中、お兄ちゃんと二人並んで席に座った。
お兄ちゃんは黒いトラックパンツに少し大きめのパーカーを着ている。
男だった時からよく着ている組み合わせだ。
百七十センチ近くあって、女の子としては背が高くてすらっとしているお兄ちゃんはなんだかかっこいい感じのお姉さんみたいに見えないこともない。
なんだかんだで、男の時から結構顔はいいのだ。
「というか、別に服足りないわけじゃないのになんで買い物なんかすんの?」
ショッピングモールに着くなり、お兄ちゃんはあくび混じりに言った。
「女の子の服持ってないでしょ?」
「え〜、いらなくね? 高そうだし、なんかごちゃごちゃしてそうだし」
「お金はもらったから大丈夫だし、着てるうちに慣れるから。女の子を勉強するなら、まずは形から入らないとね」
「その金でガチャ何回回せると思うよ」などとぼやくお兄ちゃんを無視して、私は目に入った店に入った。
「女物しかねえな」
「当たり前じゃん」
「外で待ってていい?」
「お兄ちゃんの服を選ぶんだよ」
「え〜」
「どれがいい?」と聞いても「さあ」と「わかんね」しか返さないお兄ちゃんに見切りをつけて、結局私が数着選んだ。
「愛梨、これどう着るの?」
服と一緒に試着室に突っ込んだお兄ちゃんが扉越しに私を呼んだ。
初めてだから着方がわからないようだ。
「入るね」と声をかけて試着室に入った。
「どっちから着るのこれ?」
「貸して」
「バンザイして」と私に言われて黙って従うお兄ちゃんを見ていると、子供を世話しているような気分になった。
「どう?」
「う〜ん、なんかよくいる女子大生みたい」
「なにそれ」
せっかく人が選んであげたコーディネートに対して微妙に失礼なコメントだった。
「てか、お前こういうのが好きなの?」
思わずドキッとした。
考えてみれば、兄のコーディネートをする妹は少しキモいかもしれない。
これではまるでブラコンみたいで……。
「え? す、好きとかじゃないし……」
「ふ〜ん」
「とにかく、今日はお兄ちゃんのための授業みたいなもんだから!」
「はいはい」
見透かしたように笑うお兄ちゃんに私は悔しくなった。
こうなったら今日は一日中着せ替え人形にしてやる、そう私は誓った。
「いや〜女の買い物って忙しいな」
二、三時間ほど店を見て回っていくつか服を買い、今は喫茶店で休憩中だ。
さすがにお兄ちゃんも疲れた様子でアイスコーヒーを飲んでいる。
「どうだった?」
「面倒くせえなって最初は思ってたけど、意外と楽しかった」
ちょっと連れ回しすぎたかなと自分でも思っていたから、そう言われて安心した。
「ちょっとは女の子のことわかった?」
「う〜ん、結局よくわかんないけど、久々に愛梨と買い物したのは楽しかったかな」
「……っ!」
飲んでいたフラペチーノでむせてしまった。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
お兄ちゃんはストレートにそういうことを言えてしまうからずるいと思う。
「あとやっぱ俺かわいいからさ、なに着てもいい感じになるんだな」
「ナルシストかよ」
「いや、ウチの家系って結構顔いいんじゃないの? 愛梨もかわいいじゃん」
「え……」
かわいい。
お兄ちゃんにかわいいって言われた……。
「中学の頃さ、よく『お前の妹かわいくね?』とか言われてたんだよな。お前のこと色々聞いてくるやついたし」
「お兄ちゃんだって……」
結構モテていた。
でも、当時のお兄ちゃんは色々こじらせて奇行が多かったから同学年の女子にはあまりモテなかったらしい。
実情を知らない私のクラスメイトがお兄ちゃんのことを色々聞いてきたけれど、あることないことを吹き込んで全力で告白を阻止しようとしていたのはちょっとやりすぎだったかな、と今では思っている。
「なんでもない」
兄妹でこんな話をするなんてむずがゆくなりそうだし、なんだか知らない方がいいことに気がついてしまいそうだった。
もう、この話題はやめにした方がいいだろう。
「というか、お前の服はいいの?」
「別に大丈夫。今日はお兄ちゃんがメインだから」
「俺がお前の服選んでやろうか?」
「絶対嫌だ」
お兄ちゃんの服を選ぶついでにちょっとだけ私の分も買っていた。
それに、「お前あれ似合うんじゃねえか?」と指差した服が小学生でも嫌がりそうなデザインのものだったから冗談かと思ったが、本人はいたって本気だったらしい。
いつもお母さんに服を買わせてるからそうなってしまったのだろう。
「お兄ちゃんは自分で着たいものとかないの?」
フラペチーノを飲み終えてから私は聞いた。
ずっと私が選んでばかりだったから、お兄ちゃん自身の要望も取り入れた方がいいかもしれない。
あまりにもひどいものを選んだらさすがに却下するけれど。
「あ〜、あれかな」
お兄ちゃんが選んだのは白いワンピースだった。
「白ワンピは男のロマン」らしい。
「どう?」
今日一日で慣れたのか、一人で手際良く着替えて試着室から出てきたお兄ちゃんを見て私は息を飲んだ。
真っ白な肌と長い黒髪に白いワンピース。
女の私でも惚れてしまいそうな、絵に描いたような清楚な美少女だった。
「どうよ?」
「に、似合ってる……」
次々と色々な言葉が頭に浮かんだけれど、それしか私は言えなかった。
私は女の子の勉強だと言いながらお兄ちゃんを着せ替え人形にしていたけれど、本人が全力で美少女ぶりを見せてくると頭がパンクしそうになった。
「だろ? 俺めっちゃかわいいよな。俺のことお姉ちゃんって呼んでいいぞ」
「……う、うるさい……っ、変なこと言うな! あと、その服は私の前以外では着るなよ」
妙なことを口走ってしまった。
元々一方的に連れ出しておきながら勝手な考えではあるけれど、もうこれ以上私をかき乱さないで欲しいと思った。
「結構買ったな」
服でいっぱいになった紙袋を持って帰りのバスに乗った時にはもう夕方だった。
白いワンピースは少し予算オーバーだったけれど、こっそりと私の財布から少し出して買った。
「ふぁぁ……」
最後の方でどっと疲れたせいで、バスに揺られるうちに眠くなってきた。
「眠いの?」
「うん……」
お兄ちゃんが話しかけてきたから適当に相槌を打った。
「今日はありがとな」
「うん……」
なんだか、暖かくて……。
「最近あんま前みたいに話せてなかったからな」
昔家族で旅行した帰りがこんな感じだったかな……。
「楽しかったよ」
懐かしいものに寄りかかりながら私はいつの間にか眠っていた。
「まあ、女子高生ってなかなか体験できるものじゃないしな」
お兄ちゃんと服を買いに行ってからしばらく経った。
最近は私が手伝わなくても、お兄ちゃんは身だしなみを整えられるようになって、ちょっと残念に思っている自分がいた。
今では女の子の服も普通に着ているし、最近は女の子の友達もできたらしい。
でも、いつの間にか仕立てていたらしいセーラー服姿で私の部屋に現れた時はギョッとした。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「なにが?」
あれからも何度か女の子の勉強と称して、一緒に出かけてはいるけれど、今ではただ一緒に遊んでいるだけだ。
まだ多少危ういところはあるけれど、お兄ちゃんはだいぶ女の子に慣れてきた様子だった。
それどころか私の予想以上に楽しんでいる様子だ。
例えば最近お兄ちゃんが色々買っているらしく、洗面所の空き面積がいつの間にか減っていたということがあった。
お兄ちゃんの口からインスタという単語出た時は私は大いに驚いた。
「お兄ちゃんは……お兄ちゃんだよね?」
お兄ちゃんがこうなるきっかけを作ったのは私だけれど、私の知っているお兄ちゃんとは別のものになってしまうのではないか、少しずつ私の中に溜まっていたモヤモヤはそういった不安であった。
「どうした?」
「かわいいお兄ちゃんもいいけど……」
「ああ、そういう」
私の考えてることがわかったのかお兄ちゃんは見透かしたように笑った。
ムカつく顔だなといつも思っていたけれど、今はその顔を見ると少し安心した。
「俺、結構凝り性な方だからさ、別に今までとなにか変わったとかそういうのはあんまないよ」
「本当に?」
「心配症だな、お前。あ、この前新川さんから聞いたぞ、お前が新川さんに俺を見守るようにって言ったんだって?」
「えっ、うそっ!」
新川先輩は私の部活の先輩で、お兄ちゃんと同じクラスだったので、お兄ちゃんについて色々お願いしたのだった。
「まあ、お陰で女子と仲良くなれたし助かったんだけどね」
「うう……」
これでは私が過保護なキモい妹だということになってしまう。
「新川さんも『いい妹さんだね』って言ってたぞ。というか、お前結構ブラコンだよな」
「うるさい!」
「照れないでお兄ちゃんにいっぱい甘えろよ、ほら〜」
「私の部屋から出て行け」
私の頭を撫でようと伸ばされた手を払いのけて、お兄ちゃんを部屋の外まで押し出した。
「あ、そういえばこれ似合ってる?」
一度出て行ったお兄ちゃんがまた戻ってきて、セーラー服姿の感想を求めてきた。
「……ああ、似合ってる」
「だろ?」
「帰れ」
正直に答えるとお兄ちゃんはものすごいしたり顔をして出て行った。
「お兄ちゃん……」
一人になって、改めて先ほどのことを思い返した。
本人は変わっていないと言うけれど、本当にそうなのだろうか。
いつか男の人を好きになって……いや、そもそもお兄ちゃんに好きな子なんていたのだろうか。
そんなことを延々と考えていたが、なに一つまとまらなかった。
「ちょっとくらい撫でられてもよかったかな」
払いのけた細くて白い手を思い出しながら私はふとつぶやいた。
オチがないような……?