王太子に転生したので、とりあえず婚約者を愛でることにする
一度は書いてみたかった異世界転生もの。初投稿です。お手柔らかにお願いします。
R-15は念のため。
……これはもしかして、異世界転生というものではないだろうか。
そんなことを考えたのは、俺が物心ついたかつかないかくらいの時のことだった。
めちゃくちゃ広くて豪華な宮殿に、大量の使用人やメイド、侍女、執事達に、騎士。幼い俺を敬い、決して下に置かない扱いと、今まででは考えられないような上等な衣服や食事。めちゃくちゃイケオジな父親と、若くて美人な母親。そしてその二人の子どもである俺も、金髪に青い目の超絶美少年だった。
いやびっくりだ。前世での俺は確か、何の取り柄もない普通の男子高校生だったはずだ。死因についてはちょっと思い出したくねえ。なんだか生きるのがつらくなったおっさんの、壮大な自爆劇に巻き込まれた……んだったような気がする。傍迷惑な話だが。なんで俺が死なないといけないんだと薄れゆく意識で憤慨した覚えがあるが、きっとそんな俺を神様が哀れんでくれて、この世界に生まれ変わらせてくれたのだ。そう思うことにした。
しかも、どうやら俺はこの国の王子様らしかった。ということは、だ。俺は将来王様で、一生不自由しないで暮らせるに違いない。なんだそれ、最高じゃないか。あああ、神様ありがとう! 人生勝ち組やったー!
……と、思っていた時期が俺にもありました。
「アルノルド殿下、次は歴史の勉強ですよ」
「……はーい」
将来の国を背負って立つには、幼少期からの勉強が欠かせないらしい。と、言うわけで、俺は毎日毎日みっちりと、宮廷内の一室で勉強漬けの毎日を送っている。
多少のことなら、前世の俺の知識でもなんとかなるかなー、と思ったりもしたが、政治や歴史となるとお手上げである。だって異世界の国の歴史やら政治なんて知らねーもん。読み書きについては、最初から驚きなことになんとかなった。まあ、異世界っぽいのに最初からこの国の言語をすらすらと操れていた時点で、ちょっとだけそうかなー、とは思ったけど。算術も、俺の前世の知識で十分対応が可能だった。身体を動かすのはそれなりに。レギュラーではなかったけど野球部だったからあまり苦痛じゃなかった。とは言え、剣なんて持ったことも振り回したこともないから最初のうちは怖かったけど。
ただ、ダンスはてんで駄目だった。ちくしょうこちとら日本人だぞ。ダンスなんて盆踊りとかフォークダンスしか知らねえよ。やったとしてもゲーセンのダンスゲーだ。社交ダンスとかなにそれ美味しいの。でも、王子がダンスを踊れないと恥を掻くとか言われてみっちりとやらされる。くそう、王子様って大変なんだな。知らなかった。あー、喉渇いた、冷たいスポーツドリンクが飲みたい。
マナーもやっぱり専門の先生にみっちりとたたき込まれる。ひー、飯を食うのにこんなに神経使って食べたことねええ。歩くのもすっげえ神経使うし、紅茶やお菓子を食べるのも礼儀があるんだとか。め、めんどくせえ。前世みたいにソファーでだらけてごろごろしながらポテチやスナック食いてえ。これじゃあ折角のお菓子の味も分からねえ、もったいない……。
くそう、俺にこんな大変な人生与えやがって……恨むぞ神様。
と、そんなふうに日々を過ごし、六歳になったある日のことだった。執事のフルヴィオが俺へと告げたのだ。
「……殿下もそろそろ、人前に出しても問題ないほどのマナーを身に付けられました。そろそろ、許嫁のマルガレーテ様とのご対面もよろしいかと」
「……許嫁?」
それを聞き、俺は首を傾げる。そんなものが居たなんて初耳だ。ああでも、俺は王子様だもんな。やっぱり、家の格とかそう言った諸々で、決まっているんだろう。むしろこう、あれだ。仮に政略結婚だとしても、将来の婚活に悩まなくて良いんなら儲けものじゃないか。これでよっぽどのブスだったらどうしようかと思ったが、どうやら話を聞くにカリッサーノ公爵のご令嬢らしい。それなら知ってる。よく父上となんだか難しい顔で話し合いをしている王国の重鎮だ。赤い髪に銀色の瞳のイケオジだったので、その人の娘ならきっと美少女に違いない、とむしろわくわくしてしまうほどだった。
年は俺と同い年で、多少わがままは目立つもののとても聡明で将来が楽しみと噂されるほどだという。何と、そんな美少女が俺の婚約者だなんて、王子様に生まれてよかった……と思わず天を仰いでしまった。
「……で、そのマルガレーテ嬢との対面はいつだ?」
うきうきとしながらフルヴィオに問えば、彼は一瞬どこか遠くを見たものの、すぐに「……一週間後です」と伝えてくれた。
一週間後か、そうか。ああ、やっぱり楽しみだなあ。
その日俺は待ち遠しさからいつも以上に張り切り、いつもこうだったらなあ、と教師陣に遠い目をされていることはまるで気が付かなかったのだった。
――やがて、マルガレーテ嬢とのご対面の時が来た。
場所は王宮の庭園の一角である。ガゼボの下にお茶会の用意をして、彼女を待つ。どきどきそわそわと待ちきれない俺の様子に、すぐ隣に立つ母上があらあらと笑みを零す。だって仕方ないだろう、こちとら生まれてこの方彼女になんてものに恵まれたことはなかったのだから。モテるかも知れない、という淡い期待を込めて始めた野球も、騒がれるのはレギュラーばかりで二軍の俺なんて見向きもされなかった。なんだかんだ言って好きだったから続けてたけど。
そんな彼女居ない歴17年+6年の男が、彼女すっ飛ばして許嫁である。そわそわなんてものじゃない。心臓はばくばくだし、喉だってからからだ。頭の中で今日の手順をどうにか再生させるのに手一杯過ぎて、今ここに立っているのだって奇跡のようなものである。
「アデリアーナ・カリッサーノ公爵夫人およびマルガレーテ・カリッサーノ様がいらっしゃいました」
先触れである兵士がそう告げて、さっと下がる。それと入れ替わるようにして、一人のご婦人率いる集団が、しずしずと僕の前へと歩いてくる。彼女が公爵夫人、ということは、その隣にいる美少女が俺の婚約者の、マルガレーテ嬢の筈だ。
さて一体どんな顔をして……とまじまじと見詰め、俺はその場をぴくりとも動けなくなってしまった。
び、美少女過ぎる……!
きっとつり上がった勝ち気そうな眉に、爛々と輝く緑の瞳。肌は白くてほっぺは丸くて柔らかそうだ。燃えるように真っ赤な髪の毛を高く結い上げ、口元には自信に満ちた笑み。それによく似合う真っ赤なドレスに身を包んだ彼女は、あまりにも俺の好みドストライクすぎて、俺の貧相な語彙力じゃなんて言って良いのかまったく分からない。
え? 本当に? 本当にこの可愛い子が将来の俺の嫁なの? マジで? どっきりじゃなくて?
と密かに混乱している間にも、マルガレーテ嬢は俺の前へと歩いてくる。
頭上ではなんだか母上と公爵夫人が挨拶を交わしているっぽかったが、俺の耳には一ミリも入ってこなかった。目の前に立つ美少女が、あまりにも可愛すぎて。
「……お初にお目にかかります、アルノルド・ブランツォーニ殿下。わたくし、マルガレーテ・カリッサーノともうします。お目にかかれるのを、楽しみにしておりました」
マルガレーテ嬢がスカートを摘んで頭を下げる、カーテシーを披露する。ええと俺は……胸に手を当てて軽く頭を下げて……どうするんだっけ?
先ほどまでは頭の隅に引っかかっていたはずの手順が、まるで浮かばない。真っ白になった思考の中で、ただ目の前の美少女に目を奪われる。
「……まあ、アルノルドったらどうしたのかしら?」
「緊張しているんですのよ、可愛らしいじゃ有りませんか」
頭上で大人達がなにやら言葉を交わしている声が遠く聞こえる。緊張? 違う、どうしたら良いか分からないだけだ。だって、前世でもこっちでも、こんな美少女見たことない。こんな美少女が俺の将来の嫁って、神様ちょっと大盤振る舞い過ぎないだろうか。
「……あの、殿下?」
あまりに何も言わない俺を見とがめたのか、美少女が眉を顰めて短く言葉を発する。その声すらもあまりに可愛らしく、俺は天使が喋っているのかとすら思ったくらいだ。
そしてその声を聞き、俺の身体が弾かれたように動き出し、目の前の美少女を我知らず抱き締めていた。
「え、ちょっと殿下?」
「何をなさっているのですか!」
「いけませんわ、そんなこと!」
周りが何かを言っているようだが、まるで聞こえない。そんなことより、俺にとっては抱き締めたマルガレーテ嬢の身体の感触のほうがよっぽど重要だ。
六歳という、俺と年齢の変わらない幼い体格。子どもらしい高い体温を布越しに感じる。頬をくっつければ、柔らかくてすべすべでずっとくっついていたいくらいで、長い髪の毛が顔をくすぐる感触すらも心地良い。ミルクのような甘いにおいがほんのりと香り、美少女は体臭も美少女なのかとちょっと変態なことまで思ってしまった。
これが、この全てが将来は全部自分のものになるのか。なんだそれ、最高じゃないか。喜びが身体の奥からぐぐっと湧き起こり、叫びとなって吐き出される。
「神様、ありがとぉー!!」
直後に大人によってマルガレーテ嬢からは引き離されたが、俺はこの世界に生まれ落ちて最高の幸せを味わっていた。
それからの俺は頑張った。ちょう頑張った。何をって? 無論、マルガレーテへのアピールである。
時間があれば交流し、手紙を書き、誕生日にはプレゼントを贈る。逢えば愛を囁き、手を握ってずっと離さないでいた。将来の嫁なんだからとダンスのパートナーを務めてもらい、格好いいところを見せようと剣の稽古を見学してもらったりした。
勉強も、今まで以上に頑張った。どうせなら頭の良い旦那様素敵って言われたい。それに、将来はやっぱり王になるのだから勉強が出来るに越したことはない。
社交界に出るときは必ずマルガレーテをエスコートし、将来の嫁アピールをした。そうすれば、当然のごとく彼女に近づこうなんて不届き者はいなくなる。最高の気分だった。
マルガレーテと結婚出来るなら、とにかく何でもしてやるって気持ちで、とにもかくにも頑張った。美少女ってすごい、と改めて思う。
マルガレーテは美少女なだけじゃなくて、頭もよかった。礼儀作法も完璧だし、話題にも事欠かない。歌やダンスだって見事なものだ。多少わがままなところがある、と聞いていたからどんなものかと思ったら、最初のうちはその傾向もあったけど、気が付いたらすっかりなりを潜めていた。
まったく俺の婚約者は完璧である。出来ないことは何もないんじゃないだろうか。
あるときお茶会の最中にそう思って聞いてみると、マルガレーテはちょっとだけ恥ずかしそうに俯いていった。
「……そんなことありませんわ。殿方のように、剣を握ることなんて出来ませんし……それに、ダンス以外の運動は全然ですのよ」
「そうか、それもそうだな」
まあ、これでマルガレーテが剣まで扱えたら立つ瀬が無い。聞けば護身術は習っているものの、それも苦手なんだとか。よし、それなら俺が彼女を一生守ってやれるわけだと思わずガッツポーズをしてしまった。
マルガレーテに良いところを見せようと頑張った結果、俺は騎士団長からも一本取れるほどに剣の腕前を上げ、宰相にも負けないほどの政治の知識と手腕を得た。これで経済も修めたら完璧じゃないかと思ったのだが、それは泣きながら止められた、解せぬ。だがそれ以外の勉学についてはほぼパーフェクトだし、礼儀作法だって完璧。どこに出しても恥ずかしくない王子様、だ。
だと言うのに、何故か一五歳になったら俺は貴族達が通う学校に行かないといけないらしい、訳が分からない。
理由を聞けば、そこを小さな王国として、実際に三年間生徒として通って運営して見せろという。俺の側近候補である年の近い令息達と共に。そして、そこで晴れて一定の成果を出せばマルガレーテとの結婚が許され、さらなる王太子教育の後に国王へと即位することになるのだという。
まあ、そこまで言われたならしょうが無い。王様になるのは大変そうだけど、父上は尊敬しているし別に嫌なわけではないのだ。
何より、無事に卒業出来たらマルガレーテと結婚が出来る。そうしたら、今まで我慢していた分彼女を思いきり可愛がるのだ。
この国では、婚前交渉が推奨されていない。完全に禁止されているわけじゃないが、それでも外聞が良いとはあまり言えないだろう。まあ、許されていたらぶっちゃけ精通が来たその日に童貞喪失していた気しかしないからある意味よかったかも知れない。いくら肉体年齢が俺と同い年とは言え、マルガレーテだって11、2歳だ。元の俺の年齢と合わせたらちょっとこう、ロリコンっぽくてやっぱり躊躇してしまう。
まあ、第二次成長期を迎えてからはぐっと大人びて、ロリコンだなんて意識も吹き飛んだけど。
胸は大きいし腰はきゅっとくびれてプロポーションも抜群で、肌はつやつやだし勝ち気につり上がった目も緑の瞳も赤い髪の毛もそのままにめちゃくちゃに美人になった。神様、こんな美女が俺の嫁って本当に良いんでしょうか、と内心での感謝をまたも捧げ、じっくりと将来の妻の全身を眺め回す。
美人は三日で飽きる、なんて前世で聞いたことはあるけどあれは嘘だな。6歳の時に出会ってから何年もたつけど、飽きる気がまったくしない。
「アルノルド様、わたくしの顔に、何か付いていましたか」
「いや? 私のマルガレーテは今日も可愛いな、と思っただけだよ」
「まあ、アルノルド様ったら……」
王子様っぽいえらそうな言葉遣いや気障な言い回しも、最近やっとなれてきた。ただまあ、目や髪の色を褒めるのは苦手だけど。だってよ、赤は赤だし、緑は緑だろ? そのまま言ったって十分綺麗なのに、なんで宝石だの絹糸だのそんなのに喩えないといけないのか訳が分からねえ。それに、そうやって褒めるのも嘘っぽくて何かやだ。でもまあ、たまには頑張ってみようかな、とマルガレーテの目をじっと見る。
きらきらと輝く目が俺のことを真っ直ぐに見る。何か言ってもらえるのかと、期待するような眼差し。それがなんだか居たたまれなくて、俺は普段は誤魔化すようにちゅってキスしてしまうのだけど……。
「……やっぱり、ダメだな。マルガレーテの瞳を宝石になんて、喩えられそうにない」
「アルノルド様……?」
「この世界にある、どんな宝石よりも美しいのだから、そんなこと言えないよ、やっぱり」
「……っ!」
うーん、やっぱり慣れないことはするものじゃないな。こんなんじゃあ、マルガレーテを怒らせてしまうか……と思っていたのだが、あれ、顔が真っ赤だ。……もしかして、喜んでくれてる?
「マルガレーテ……?」
「も、もう、アルノルド様ったら、たまには褒めて下さるのかと思ったら……! そんな、恥ずかしいですわ……」
おお……めちゃくちゃ照れてる……俺の嫁がこんなに可愛い。
たまらず腰に手を回し、頬や唇に口付ける。唇を触れ合わせるだけの、子どもっぽい口付け。この先にまで行きたいって俺の中の野獣が吠えるが、頑張って抑えつける。そうじゃなきゃ、我慢出来る自信が無い。
そのまま俺は、お茶会の時間が終わるまでとりあえず許嫁を愛でることにしたのだった。
数ヶ月後、一五歳になった俺はマルガレーテと共に王立の学園に揃って入学することになる。俺は生徒会長、マルガレーテは副会長として。
そして入学式で出会った、俺と同い年の女の子が、こう呟いていたことなんて知らないままに。
「……な、なんで王子様と悪役令嬢があんなに仲良しなの? それに、マルガレーテ様はとっても優しそうだし……。親に無理矢理決められた、形だけの婚約者設定どこに行ったー!」
……これから三年間、この学園を小さな王国として運営していかないといけない、という訳か。
まあ、マルガレーテが隣にいるんだからきっと大丈夫だろう。父上からは、この学園をよりよいものにせよ、と王命を承っている。三年間でどれだけのことが出来るか分からないが、ちょっとどきどきするなあ、と生徒会室の中を見渡して考えた。
「で、アルノルド様、まずは何をなさいますの?」
そう言ってマルガレーテが俺を見る。うーん、制服姿のマルガレーテも新鮮だ。ドレスほど長いスカートじゃないから、タイツに覆われているからと言っても足の形がよく分かる。美少女はやっぱり、制服姿も美少女なんだなあ、としみじみした後で、なんとなく部屋の中を見渡した。
ここにはまだ、他の生徒会役員は来ていない。いや、間もなく来るだろうけどそれまでは二人きりである。
「……そうだなあ、とりあえず」
にこりと笑って、マルガレーテのほっそりした腰をかっさらってソファーへと腰を下ろす。
「きゃっ? アルノルド様、何を」
「んー? ちょっとだけ、この時間を堪能したくてね」
役員の誰かが来るまでそう時間は無いだろう。それまでの間、とりあえず許嫁を愛でることにする。
Fin
補足しますと、自覚無しに乙女ゲームの世界に攻略対象として転生した主人公です。
婚約者は、悪役令嬢としてヒロインに立ちはだかる予定でしたが主人公に溺愛されているためそれもなく。
ヒロインは転生者ですが、主人公にまったく相手されないのでいずれ諦めることと思われます。
お読み下さり、ありがとうございました。