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来訪者の欠片【1/2】


 試合で負けるのは久しぶりだった。戦略も、パス回しも、体力も、テクニックも、僕のチームは何一つ敵わなかった。


 練習をさぼっていたつもりはない。


 県の代表選手に選ばれたからって、調子に乗っていたわけでもない。


 僕がチームの柱にならなければと思って、人よりも多くの仕事をしたつもりだ。


 僕以外がポンコツだったのかといえば、もちろんそういう訳でもない。


 なぜ負けたんだろう。戦略も、パス回しも、体力も、テクニックも、何一つ相手に劣っているとは思えない。それなのに、何一つ及ばなかった。


 そして、僕はなぜ、敗北したのにこんなにも悔しくないんだろう。


 陽はまだ高い位置にある。夕方というには早い時間のはずだが、空気は赤みがかっているように見えた。一日が終わる色だ。昼間からこんな色が見えるなんて、僕はよほど今日を終わらせてしまいたいらしい。


 やけに長く感じる今日の帰り道を、自分の影を踏みながら歩いた。試合の疲れだろうか、気持ちのせいだろうか、足が重くてたまらなかった。引きずるように歩いた。


 背後で、コツン、と音がした。何かが落ちたような音。


 振り返ってみても、何もない。あるとしたら、やけに角ばった石ころくらいだ。


 僕はなんとなく、目に付いたその石ころを足で遊んだ。角が多すぎて上手くコントロールが出来ない。もう少し丸くて、もう少し大きければ蹴りやすいのに。


 小学生の頃はよくこうして帰ったな、と思いながら、石を蹴りつつ再び帰路を辿る。そうだ、小学生の頃は、こうして帰りながら、何かを蹴っているだけで楽しかった。ボールを追いかけているだけで楽しくて、敵わない相手とぶつかるたびに燃え上がって。


 ああ、県の代表になんて、選ばれなければ良かったのに。


 三歳の頃から十三年磨かれ続けた僕のサッカーテクにかかれば、ちょっとごつごつしているだけの石ころと仲良くなることなど容易なもので、一度もミスすることなく家の前まで辿り着いた。


「ここで、……シュート!」


 ドアをめがけて石ころを蹴り飛ばす。綺麗な軌道を描いて、ドアの中心にヒットする──はずだった。


 石ころは、まるで磁石の同じ極同士が反発しあうように、ドアにあたることなくその前で無理やり引き留められると、ぽとりと下に落ちた。


 石ころを見つけたときのような、コツンという音を聞きながら、僕は呆然と立ち尽くす。


 仮に、もしも、たとえば、この石ころの中身が磁石だったとして、僕の家のドアはどこからどう見たって磁石ではない。


 僕が幼い頃からずっと一緒に暮らしてきた木製の片開きドアは、いつもと変わった様子もない。ドアをコンコンと叩いてそれを確かめると、僕は妙な石を拾い上げた。


『あぶねえなあ! 途中までは丁寧だと思って大人しく蹴られてやってたが、最後の蹴りはなんだよ。乱暴すぎやしねえか』


 ギョッとした。若い女の声で、やけに乱暴な口調。今のシュートを誰かに見られていたのだろうか。辺りを見回すが、それらしき人物はいない。


 それに、近所の人にしては聞き慣れない声だ。どこか機械じみているというか、フィルターがかっているというか。


『どこ見てんだ? あたしはここだぜ。一言くらい謝ったらどうなんだ』


 再び声がした。近い。『ここ』ってなんだ? それに『謝る』って。


 おそるおそる、手元の石ころを見る。耳元に石ころを寄せた。


「さっき、『途中までは蹴られてやってた』って言わなかった……?」


『よく覚えてんじゃねえか。その通り、あたしはお前の手の中にいるんだって!』


「ぬおあっ!? やっぱり喋った!?」


 思わず石を放り投げ、その軌道を目で追った。石は綺麗な放物線を描いて地面に落ち──るかと思いきや、空中で静止する。さきほどと似たような光景だ。思わず座り込んでいる僕の目線の高さまでふわふわと浮き上がってきて、その場で何度も自転した。


『危ねえって、何度言わせんだこのバカ! 割れちまうだろ!』


「石に似せた虫とか? でも、人の言葉を喋る虫なんて聞いたこともないけどな」


『虫だって? 確かに虫と言われりゃあそうだな。でも、人の言葉を喋ってるっていうのは違うぜ。人間の言葉に聞こえるのは、そりゃお前が人間の言葉しか分からないからさ』


 僕はじっと石ころを見つめた。


『もしあたしの声を鳥が聞いたら鳥語に聞こえるし、鯨が聞いたら鯨語に聞こえるんだろうよ。この星は生き物が豊富らしいからな、そのくらいの配慮はしてやってるってわけ』


「その言い方だと、まるで地球のものじゃないみたいな……」


『おっ、やるじゃねえか、その通り。あたしは地球のものなんかじゃないぜ』


「……」


 ますます信じられない現象を目にしている。これは夢だろうか。だとしたら、試合に負けたあたりから全部夢だったらいいけど。


『おいおい、現実逃避なんてしてないで、入れてくれよ。もうちょっと話そうぜ。せっかくあたしを見つけてくれたんだから』


 ああ、いいとも。あの敗北を無かったことにしてくれるなら、夢だろうがなんだろうが少しくらい付き合ってやろう。


 僕が少しドアを開けると、ヒュンと風を切るような音を立てて、石がドアの隙間を縫って入っていく。僕は慌てて自分の体も滑り込ませると、靴を脱ぎ捨てて石を追った。


 どういうわけか石は僕の部屋の位置を把握していて、僕の部屋で僕を待っていた。僕はエナメルバッグを床に降ろすと、自分のベッドに腰かけた。空中を浮遊する石ころを捕まえて観察する。


「見た目はただの石なんだけどな」


 蹴っていたときにほとんど全ての面は見たはずだが、と思いながらひっくり返したり、ひっかいてみたりと試してみる。蓋のような物も見受けられない。


『この中に通信機でも入ってる、とでも考えてんのか?』


「おお、察しがいいね。なかなか見つからないけど。どこに入ってるの?」


『ワハハ、見つかるわけがねえさ、そんなもん無えんだから。大人しく、あたしの存在を認めた方が楽になるぜ?』


「開け口が見つからないってことは、……あとは割って取り出すしか方法はなさそうだね」


『ちょちょちょ、それは待とうぜサッカーボーイ! 割ったらあたし、もう喋れなくなるって! 本当に中身は無えんだって!』


 石ころは少し食い気味に叫ぶ。どこかで誰かがリアルタイムで通信しているとして、こんなにタイムラグがないというのは凄いことだ。こんな小さな石ころに電話のような機能を詰め込めるものだろうか。


 僕は機械には詳しくないが、僕のおじさんは携帯会社で働いている。あとで何か聞いてみるとしよう。


『分かった、いいことを教えてやるよ。あたしの、そう、あたしの正体も含めて、いいことさ。どうだ、聞きたいだろ? 凄く面白い話だぜ。だから割らないで!』


 石ころは僕の手から逃げようともがいているようだったが、がっちり掴まれていて動けない。僕は頷き、石を空き缶に入れた。カンカンカン、と、缶の中で暴れる石の音がする。


「いいよ、教えてくれよ。そっちから正体を教えてくれるんなら好都合だ。一体どこの誰だって言い出すんだ? どうせ東京でしょ?」


『トウキョウってのが何か知らないが、お前、あたしが地球の物じゃないっていう説明、てんで信じてないだろ』


「鳥語や鯨語を話してくれない限りはね」


 なんだとお、と石ころがさっきよりも激しく暴れた。そんなに暴れたら、僕が割る前に割れてしまうんじゃないだろうか。


『おい、それじゃあお前、この缶を窓の外に出してみろ』


「逃げない?」


『こんな悔しいままで逃げるもんか。あたしのことを絶対認めさせてやるからな』


「ふうん、まあ、いいよ」


 言われた通り、缶を持って手を窓の外へ差し出した。蓋を開けろ、という次の指示にも従う。本当に逃げられないだろうか、と思ったが、蓋を開けてもそんな気配はなかった。


『やあ、鳥さん、ちょっと頼まれてくれねえか』


 石ころは缶の中からそう叫ぶ。突然何を言い出すんだ、と思ったが、驚いたことに、すぐに何羽かの雀が電線に止まった。いやいや、驚くほどのことじゃない。鳥が電線に止まっただけだ。


『ありがとう。そしたら、地面に落ちてる枝を拾って、この中に入れて欲しいのさ』


 今度こそ、本当に驚く時だ。


 雀は地面に落ちていたどこぞの木の枝を加え、窓枠に座ったのだ。そして、ゆっくりとした動作で缶の傍にくちばしを近付け、ゆっくりと枝を離し。


 カラン、と枝が入る音が、長く耳に残った。


 僕は、「あ」と呟いたきり、その形のまま、口を動かせなかった。


『見たか? 人間の言葉にしか聞こえなかったろ。それでも、鳥はあたしの言うことをきいてくれただろ。鳥には、鳥の言葉に聞こえているのさ』


「……とりあえず、ますます正体が気になったよ。割ったりしたら勿体ないっていうことは、分かった」

『嬉しいぜ。それじゃ、しまってくれよ』


「あ、ああ、うん」


 僕は石ころを外に出していた腕を引っ込めると、窓も閉めた。缶の中から石ころと、石ころが手に入れた枝を取り出す。


 まさかこいつも喋り出したりしないだろうな、と枝を見つめたが、こちらは何も言わなかった。折ってしまおうと力を込めても何も言わないので、枝は本当にただの枝らしい。


『それで、あたしの正体、だったな。あたしはどこから来たか分かるか?』


「地球のものじゃない、んだったね。月とか、火星とか、その辺じゃない?」


『ブッブー、違うね。あたしは、もっと巨大なものの一部なのさ。この星の生き物は見たことがないのか? “星喰い”ってのを』


「 “星喰い”……?」


『宇宙にたった一種しかいない生物さ。その名の通り、星を喰って生きてるんだ。宇宙規模で暮らしてるんだから、たかだか一つの惑星の言語ぐらい余裕でカバーできちゃうってわけ』


「星を喰う? 口なんて見当たらなかったけど。それに、そんな小さな体でどうやって」


『言ったろ。あたしは、星喰いの一部、なのさ。具体的に言えば、前歯の一欠片』


「前……歯!? ちょっと、降りて降りて、僕、ここで寝るんだから!」


 慌てて石ころをベッドから引きはがし、机の上に置いた。もちろん、下にティッシュを引いておく。石ころは『そんな汚い物扱いされたら傷つくじゃねえか』とふてくされるので、「ちょっと神経質なところがあってね」と適当に断っておく。


「でも、星を喰う生物の歯だっていうんなら、落とされたくらいで割れたりしないでしょ。何をビビってたの」


『割れるんだよ。前歯は普段使わないから柔いんだ』


 だからやめてくれよ? と、改めてもう一度、石ころは僕に念押しした。


「へえ、そういうところは生き物っぽいね。星とか食べるのに。それで、そんな生き物の欠片がどうしてまた地球なんかに?」


『最近銀河系に進出してきたんだ。そろそろ熟してきたころかなって』


「星に熟すとか熟さないとかないでしょ」


『あるんだって。例えば地球なんかは、最近“人間”……、そうお前らの動きが活発になっててな。ほんの千年くらい目を離しているうちに、もう腐り始めちまったときた』


「腐り……?」


『このまま放っといたら滅びちまうってこと、お前らもよく分かってるだろ?』


「……」


 そんなことはない、と反論することは出来なかった。テレビの名前も覚えていないようなコメンテーターの顔が次々と浮かんでくる。偉そうに「世界が」「地球が」と喋っているのを遠目で見ていた自分のことも思い出す。


『あたしがさっき教えてやるって言った“いいこと”ってのは、このことさ。明日、地球は喰われるってこと』


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