食の都クッキン2
頭が割れるように痛い......。
二十歳を過ぎてからお酒も飲むようになった。正直自分では決して弱い方では無いと言う自負があったのだが......。
「おはよう! 何だい湿気た面して、せっかくの朝が台無しだよ」
俺がここアピスに来る前から酒を飲んでいただろうと思われる彼女はその後も俺の飲んだ量の倍近くは飲んでいただろうか。
「朝から元気だな......」
「いいからさっさと顔を洗って来な。朝食にするよ」
言われるがまま身支度を整えて、椅子に腰かける。
「お前運がいいな! 今日はプタハが料理当番の日だ」
と言われても、正直二日酔いのせいで朝食を食べる意欲もさほどないのである。
「あんまり食欲無いし、朝食は遠慮して......」
おこう、と言葉を続けるはずが、プタハが作り終えた料理をテーブルにある皿に移すために近付いてきた時、手に持つフライパンからなんとも言えない芳ばしい香りが眠っていた食欲を目覚ませる。
「お待ちどうさま、今日の朝食はオムレツだよ」
そう、それは何度も食したことのある料理のはずなのに、香りのせいか期待が膨らんでいく。
「いっ頂きます」
目の前に肉厚のステーキを置かれた子供の様に食べたいと言う感情が抑えきれない俺は、一番最初にオムレツに手をつける。
「これは!!」
スプーンですくうと、それはまるでゼリーのように柔らかく、こぼれ落ちそうになる。
口に入れた瞬間、高まっていた期待は至福へと姿を変える。
ただの卵であるはずが、今までに感じたことの無い濃厚な味わいと歯応えを生み出し、食べる者を魅了した。
「美味しい......」
自然と零れたその言葉が、包み隠し用のない素直な気持ちである。
「あったりまえでぃ! プタハの料理は世界一だからな!」
「なんでアンタが自慢げなんだい! でもまぁ、作った料理をそんな美味しそうに食べて貰えると料理人冥利に尽きるってもだよ」
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべながら俺に話しかける。
料理の味も相俟って、朝食をあっという間に食べ終えた。
「さて、腹ごしらえも済んだし、早速本題と行こうか」
朝食を食べていた和やかな雰囲気から一転、空気が静まる。
「もうアンタも知ってる通り、明日の午後5時にアタシはあのクソ領主と料理バトルをする。だが、今のままではまず勝ち目はない。しかし、勝算が無いわけじゃない!」
「それが幻の牛肉か......。今日中に手に入れられるようなものなのか?」
俺の質問に嫌な予感しか感じられない笑みを浮かべるプタハ。
「あぁ、アンタがいれば大丈夫さ。期待してるよスーパーマン」
なるほど、フィンから神技についても情報がいってるわけか。
「そう言うってことは幻の牛肉を入手する方法は......」
「もちろん、狩りだ。クッキンの近くの洞穴で幻の牛肉を持つ魔物、グアンナが目撃されたらしい」
グアンナとは頭に青玉石で出来た二本の角をもつ巨大な牛で、天の牛と言われる程滅多に姿を見せない魔物だ。
しかし、グアンナとはなぁ......。
「プタハはグアンナを狩ったことはあるのか?」
「もちろんない! だが、今はそいつに縋る他手がないんだ」
「それでも無謀だ! 凶暴な魔物って聞くし、丸腰の人間が適う相手じゃない!」
「手ぶらじゃなきゃいいんだな?」
俺の忠告もやはり不敵な笑みで返すプタハ。
「アンタの得物はなんだい?」
「得物って程じゃないが、剣術を少し」
「よしきた」
席から立ち上がるとプタハは右腕の袖を捲り上げ、右手を見つめる。すると、右手から眩い程の光が放たれる。
その光は徐々に形を変え、光が弱くなる頃には細長い形へと姿を変えていた。光が完全に収まると、黒い一本の棒状の形をしたものを俺に向かって放り投げた。
「ほらよ、それは東の方にある島国で使われてる刀って武器だ。持ち運びしやすいし、アンタにはピッタリだろ」
筒から抜くと、なんとも美しい刃であった。
これは武器と言うよりは芸術品だな、とそこまで芸術に詳しくない俺ですらそう感じるほどである。
「驚いただろう? これがアタシの武器を創造する神技、武創だ。これで問題ないだろ?」
「いやいや、確かにこの刀って言う武器は凄そうだが、流石にこの人数じゃあ......」
俺がプタハを説得しようと話をする中、突如建物の入口扉が開け放たれる。
「おい! ここにプタハっていう奴はいるか?」
大声を上げる男に俺たちは視線を集める。そこには背の高い男と小太りの男の二人が入口を塞ぐように立っている。
アイツらは......。
「あっ兄貴! アイツはこの前の......」
向こうも俺ことに気が付いたようだ。プタハの元に訪れた二人組はニアの宿屋で懲らしめてやった二人であった。
「何ビビってやがる! この前の借りを返すいいチャンスじゃねぇか」
「さすが兄貴!」
取り乱す小太りの男を長身の男が制する。
「だが、今回は仕事で来てるんだ。テメェの相手は後だ。おい、プタハってのはお前だな。さっさ今月分の家賃を払ってもらうか」
「食税なんて訳の分からない税金だけでも厳しいってのに......」
どうやらプタハには家賃を払うお金すら残られていなかったようだ。それを長身の男も察知したのか更に続ける。
「金が払えねぇってんなら、ここにある食材を貰って行ってもいいんだぜ?」
ニヤリと薄ら笑いを浮かべる男。どうやらこいつらの雇い主の目的はこれだったようだ。
「こんな月初めに取立てに来るなんておかしいと思ったんだよ! アンタたちそれが目的だね!」
プタハも感ずいたようだ。恐らくこいつらの雇い主は領主ハバネで間違いなさそうだ。
「払えねぇテメェが悪いだよ!」
神技、超人化!
俺は地面を強く蹴り、男たちとの距離を詰める。そして、男たちの間をすり抜ける瞬間、プタハから貰った刀で衣服だけを切り付け、男たちの後方へと回る。
「うん?」
まるで反応出来ていない男たちは自分たちの衣服が細切れになり、自身の体から剥がれ落ちていく感覚で気が付いた。
「あっ兄貴!!」
「テッテメェ! また邪魔しやがって! 次は覚えてろよ!」
男たちは両手で剥がれ落ちる布を何とか体に押さえ付け、逃げるように帰って行く。
「ハハハ、いい気味だね。クロウ、ありがとう。助かったよ」
「朝食のお礼だよ」
素直に感謝の言葉を言われるのはちょっと気恥しいものがあった。
「それにしてもやっぱりアンタ強いんだね。今の動きアタシも目で追うのがやっとだったよ」
「神技を使ってるからな。家賃を払う金がないのなら、この武器を作って売れば十分な稼ぎになるだろう?」
俺の質問が少し癇に障ったのか、少し口調を強める。
「バカ言え! 料理人が武器を売って生活ができるか! アタシには料理人としてのプライドがあるんだよ!」
「すまない、プライドを傷付けるつもりはなかったんだ」
俺が謝罪するとプタハはいつもの笑顔に戻る。
「わかっているさ。アンタは人をわざと傷付けるような人間じゃないさ」
プタハのこの真っ直ぐな言葉はなんともこそばゆい。
「話を元に戻そう。グアンナと戦わないとしないと行けないことは理解できる。だからと言って、たった四人でなんとかできる相手じゃ」
「いや、グアンナと戦うのはアタシとアンタの二人だ」
「何だと!?」
プタハの提案は俺の前提条件を更に悪くするものであり、到底無視できるものではない。
「二人には料理バトルの下準備と食材を守ってもらう。いくらグアンナから幻の牛肉を手に入れても他の食材がないと料理にならないからね」
先程の男たちの件もある。プタハの言うことも最もではある。
「それにアタシだって多少の武術は身に付けている。足でまといにはならないさ」
そう言えば、さっき男たちに切り付けるのを目で追っていたと言っていたな。普通の人間なら間違いなく、反応できるスピードではないはずだ。もしかすると、プタハは相当な手練なのか......。
「わかった。ただ、危険と判断したら撤退するからな」
「それでいい。ありがとう、クロウ。それじゃあ、時間が惜しい、早速洞窟に向かおう!」
こうして俺とプタハは天の牛、グアンナがいると言う洞窟を目指す。