食の都クッキン1
「せめてもの恩返しに今夜はここで泊まって行ってください。もちろん、お代は結構ですので」
満面の笑みで話す申し出は正直有難かったし、日が落ちていたこともあり、ニアの宿屋でお世話になることになった。
その日の夜は、ニアの将来の夢や宿屋の苦労などまるで友達とお泊まり会でもしているかのような楽しい時間を過ごした。
「いろいろ世話になったな」
ブケを出立する朝。
「こちらこそ本当にありがとうございました。早くフィンさんに追い付けるといいですね」
「ありがとう、ニアも宿屋頑張れよ」
ニアと別れを告げた。ブケからクッキンまでは徒歩で一日。夜中に着けばまだファンを捕まえれるチャンスはある。
俺は期待を胸に食の都クッキンへと足を進めるのであった。
「待ってろよ、フィン!」
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「はぁ、はぁ、やっと着いた......」
周囲はすっかり暗くなり、静まり返える。しかし、目的地であるクッキンにはまだちらほらと建物の明かりが灯る。その明かりは山の中を歩き続けて来た俺にとっては大変安心するものであった。
「とりあえず、フィンを探すか」
街の中を歩いて見ると、まもなく日付が変わるかと言うくらいなのに人通りがあまり見られない。
以前この街に来た時は食の都と言うこともあり、夜中でも酒場は賑わいを見せていたものだ。
街の状況に違和感を抱きつつも、今の第一優先事項であるフィンの捜索を続ける。
一先ず、近くにあった酒場に立ち寄ったのだが...
「すまんな、今日はもう店じまいだ」
「いや、客じゃないんだ。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「うん?」
店に入った俺の顔を見ることも無く、手元の資料に目を通していた白髪頭に丸い眼鏡をかけたお爺さんは、ようやく俺の方へと視線を移した。
「この街にフィンって女の子来てないか? そこまで長くない金髪で、身長は百六十ぐらいの女の子なんだが」
「ワシは見てねぇな。まぁ、広い街だ、もしかしたら誰か見てるかもは知れねぇな」
「そうか......。それともう一つ聞いていいか? 俺が以前この街に来た時はこの時間でも賑わっていたと思うんだが」
「その事か......。お主はこの街の領主が変わったのは知ってるかい?」
「あぁ、俺が住んでた村でも風の便りで聞いたよ」
「そうかい」と言うと、お爺さんは再度手元の資料に視線を戻し、ゆっくりと話始めた。
「今から一ヶ月ほど前、この街はお主の言う通り、食通が集まっては一日中賑やかに飲み食いしてたもんさ。だが、前領主が今の領主に料理バトルに負けちまった」
「料理バトル......」
ここ食の都クッキンには変わった制度が存在する。それが、料理バトル制度。この街で起こった全ての争い事は料理バトルにて白黒を付けると言うものだ。
前領主が負けた勝負は、領主の座をかけた料理バトルだったらしい。
「今から思えば、あの料理バトル自体今の領主が地位欲しさに仕掛けたもんだったんだろうな。勝負せざる得ない状況に追い込まれた前領主は勝負の末、この街を追い出された。そして、空いた領主の座に着いたのが、現領主ハバネ。奴が領主になってからというもの食べ物すべてに食税がかけられた」
「食税?」
「食べ物に関する全ての売り買いに莫大な税がかかるようになったのだ。それからというもの街の外に影響を及ぼすまいと必死に税を肩代わりしていたが、そんな状況でここの人々の生活が維持出来る訳もなく、ここ一週間はろくに商売ができていない」
なるほど、それでニアの宿屋にも食料が届かなくなった訳だ。うん? 待てよ?
一人で納得する俺は一つ単純な疑問を投げ掛けた。
「税が増えたことは個人の責任じゃないんだし、買う側に負担してもらえばよかったんじゃないか?」
手元の資料から一瞬視線だけを俺に向けたお爺さんは何事もなかったかのように視線を戻した。
「馬鹿言え、この街の恥を国内に広められるか。それに一度失った客の信頼を取り戻す事は容易ではない。それ故に、腕に自信のある料理人たちが次々とハバネに料理バトルを挑んだ。しかし、ハバネの元に付いている料理人は凄腕のようで、誰一人勝てた者はいない。一ヶ月もすると、ワシらの蓄えも底を尽きかけておる。そんな状態で勝負を挑もうとする者はそうそうおらん」
表情はハッキリと見えなかったが、それでとお爺さんが心を痛めていることかは伝わった。
「勝手なこと言ってすまねぇ......」
「なに、お主が悪い訳じゃないさ」
酒場には似つかない重たい空気が部屋の中を満たしていた。
「後これ見たことないか?」
俺はその空気に耐え切れず、咄嗟に腰のケースから牛の顔をした金色のバッチをお爺さんに見てもらった。
「これは......、お主アピスの関係者か?」
「アピス?」
「これだ」
お爺さんはずっと持っていた一枚のチラシを俺が見えるように掲げる。そこには、
六月八日午後五時、最後の希望、アピスのプタハが暴君ハバネに料理バトルを挑む。
と書かれていた。そして、チラシの半分には男、もう半分には女の写真が貼られていた。小太りの男が領主ハバネ、背が高く、褐色の肌の女性がプタハで間違いなさそうだ。
「これは!」
プタハの胸元にはニアから貰った牛の顔をした金色のバッチをペンダントにしていた。
「彼女がアピスのリーダー、プタハだ。彼女ならここを真っ直ぐに出て、三つ目の交差点を右に入った路地にいるはずだ。騒がしい奴らだ、そこまで行きゃあわかるはずだ」
お爺さんにお礼を言い、言われた通りに足を進める。
もしかしたら、そこにフィンがいるかもしれない!
早まる鼓動が、期待が膨らんでいることを物語っている。少しでも早く足を動かし、プタハがいると言う路地までやって来た。
「それじゃあよろしくね」
「任しときな。そっちも頑張りなよ」
路地に唯一明かりが灯る建物から聞き慣れた声が聞こえてる。それはこの数日間探し求めていたのだ。
俺は家主の了解を得ることも無く、目の前にある扉を勢い良く開ける。
「フィン!」
俺の声に反応したのは部屋の中央にあるテーブルを囲むように置かれた椅子に腰掛ける男二人と、扉の近くに立っている真紅の薔薇のような長い髪を細いゴムで一つにまとめ上げ、馬の尻尾のように振ります女性は
先程チラシで見た人物本人、プタハであった。
「何だい、アンタ! 人の家に堂々と押し掛けてきて」
彼女の言葉は耳には入っていたが、その返答よりも先に大きな溜め息が口から吐き出された。
「うん? アンタさっきフィンって言ったね。なるほどアンタがクロウかい、残念だったね。時計を見てみな」
彼女が指さす方に視線を向けるとそこにある真上よりやや右に向く時計の針が目に入った。
「零時三分……。ちょっとぐらいここで待ってろよ.........」
ここにいない人物への愚痴が思わず溢れる。それを聞く彼女は随分と楽しそうだ。
「それで俺は何をしたらいい?」
「うん?」
俺の質問に首を傾げる彼女に更に言葉を続ける。
「さっきまでここにフィンがいて、明日
、料理バトルする人間がここにいるってことはここで何かしないと次のヒントが貰えないんだろ?」
「察しがいいね。まぁ、立ち話もなんだ、あっちで食事でも取りながら話そうじゃないか」
彼女に勧められるがままに、男達が待つテーブルへと案内された。
それから数時間、この国に対する不満や彼女の料理の腕を褒め讃える男達の話が続く。
彼女らの話をまとめるとこうだ。
一つ、料理バトルに使用する食材、幻の牛肉の確保の手伝い
一つ、料理バトルのアシスタント
以上の二点がこの街で俺がすべき課題のようだ。しかし、料理もろくにした事の無い俺にとってはどちらも未知の領域であるため、酔っ払っているプタハを信頼するしかないのだが、彼女の姿から不安を拭えないまま朝を迎える。