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花の町ブケ

フィンが姿を消してから二回目の夜を迎える。俺はと言うと、未だ森の中を彷徨いていた。それもこれもフィンが出したヒントの答えに辿り着けていないからである。


俺は腰に着けているケースに手をやる。片手程の大きさのケースから焼きたてのパンを取り出し口にする。


「本当こいつは便利だよな」


このケースは入れたものをその時の状態で保存することが出来る特殊なケースだ。中に入れられる量も見た目と反し、一週間分の食事程度なら楽々入ってしまう。


具体的な仕組みはよくわからないが、去年、十九歳の誕生日のお祝いとしてフィンがプレゼントしてくれたものだ。


世界各国を飛び回っているとこのような変わった代物が時々存在するらしい。


「それよりもだ......」


『その町は色とりどりの楽園。しかし、その命は短く、儚い』


彼女が姿を消す前に渡された一枚のカード。そこに書かれている文字を焚き火の灯で照らしながら眺める。


眺めると言うのも、俺はもう何十回とこの文章を読んでいる。それこそ暗記できるレベルでだ。


スダッド村から百キロ圏内にある町はそう多くはない。それ故に、楽園がある町など聞いた事がなく、目的地をきめれないでいたのだ。


「だが、もう二日経っちまった。明日で三日目、なんとかしねぇとまた別の場所に行っちまう」


この追いかけっこ、時間が経過する事に難易度が上がっていくのは言う前でもない。


俺は焦りの余り、カードを持つ手に力が入る。その手を額に当てて考えいた時。


「この匂いは......」


それは微かな香りであったが俺にはハッキリと感じることが出来た。


「俺はこの匂いを知ってる......。これは確かカサブランカ! この辺りでカサブランカが咲いている町と言えば、花の町ブケか!」


俺は改めて手に持つカードに視線を戻す。


「なるほど、色とりどりの楽園ってブケにある花畑を示してたのか。だけど、ここからブケまでだと二日はかかる......」


腕を組み知恵を絞るが、どう考えてもあと一日でブケに行く方法は思いたらなかった。


「悩んでても仕方がねぇ、明日の朝一で向かうしか」


目的地を決めた俺は横になり、明日からの道なりに備えて体を休めるのであった。


----------


「やっと着いた......」


歩き続けて二日、花の町ブケに到着したのはフィンとの勝負が始めてから四日目になる。


花の町と言うだけはあり、町の広場や建物の側には色とりどりの花が咲いている。町には花の香りが充満していた。


「もうフィンは次の場所に移動してるだろうな……。仕方がねぇ、次の手がかりを探すか」


ブケはそんなに大きな村ではない。この村にある宿屋は一つしか無く、酒場も数えれる程だ。俺は一先ず、宿屋を訪れた。


「いらっしゃいませ、何泊されますか?」


受付には大きめの丸い眼鏡に、髪を三つ編みにした小柄な少女がが明るい声で話し掛けてきた。営業スマイルなのか、俺に向けられたその表情はとても好印象だ。


彼女の右側には上の階に上がるための階段があり、その反対側にはいくつかの丸テーブルと椅子が置かれている。宿泊者用の食堂のようだ。


「えっと、客じゃないんだ。ちょっとききたい事があって」


「私の方こそ勝手に勘違いしてしまってごめんなさい」


いや、宿屋に人が入って来たら店員としては正しい対応だと思うのだが......。


彼女は余程謙虚な性格をしているのだろう。その必死に謝る姿は心からのものだと感じた。


「えっと、この町にフィンって女の子来てないか? そこまで長くない金髪で、身長は百六十ぐらいの女の子なんだが」


「もしかして、あなたがフィンさんの知り合いのクロウさんですか?」


「フィンここに来てたのか!?」


これは食い入るように彼女に質問を投げ掛けた。


「はっはい。昨日この町を出たばかりです」


いきなりのフィンの手掛かりに俺は興奮を抑えきれないでいた。その態度を見てか、目の前の少女は少しビクついているように見える。


「あぁー、えっとすまない。えぇっと......」


「あっ、私はニアと言います」


俺が言葉に詰まっている原因を汲み取った彼女はすかさず自身の名前を口にする。


「ニアさん、何かフィンから預かった物はないか?」


「預かった物ですか。あっ、はいこれです。クロウさんが訪れた時に渡すように言われてたんですよ」


店の奥から取り出してきたニアから手渡されたのは片手で持てる程の真っ白な花瓶であった。


「これが次のヒント......?」


受け取った花瓶をジッと見つめるが俺にはこの花瓶が意味する物が全く見当がつかない。


「うぅーん、すまない。フィンはここに宿泊してる間何か変わった事してなかったか?」


「そうですね、これと言って思い付きませんが、強いて言うなら毎日花の丘に足を運んでたようですよ」


「花の丘か、わかったありがとう」


俺は彼女に一礼し、宿屋を出た。簡単に次の場所へのヒントが貰えると思っていたけど、フィンはそこまで甘くはないようだ。


「仕方がねぇ、とりあえず花の丘に行ってみるか」


ニアから貰った花瓶をケースに収納し、この町の少し離れた所にある花の丘へと足を運ぶ。


気持ちいい風が花の丘を吹き抜ける。すると、丘に咲いている色とりどりの花から甘いに香りが漂う。そこには、あのカードと同じ香りを持つカサブランカの花も咲いていた。


俺は少し懐かしい気持ちに浸っていた。ここに来たのは初めてではない。幼い頃親に連れられて時々来ていた。その時はフィンも一緒に。


幼い頃からフィンはこのカサブランカの花が大好きだった。白く美しい花を手に持ち、無邪気な笑顔を見せるフィンの姿は有名な一枚の絵画のように思える程である。


そんな光景を一人占め出来ていた俺は幸せ者だったんだろうな。


昔の光景を思い出しながら一人花の丘に立つ俺は、今は一刻も早くフィンに辿り着かなければならないと思い直し、花の丘を調べることにした。


「これと言って変わった所はねぇな......」


何度見渡してもそこには花が咲いているだけであった。


「カサブランカの香りが付いたカード、空の花瓶とくれば」


俺はケースから真っ白な花瓶を取り出し、咲いていたカサブランカの花を挿していく。花瓶が花で満たされ、本来の役割を全うしたが、特に何かが起こるわけではなかった。


「違ったか......。仕方がねぇ、一旦宿屋に戻るか」


気が付けば、花の丘の花は夕陽の光を浴びていた。


次のヒントが見つからない限り、この町を出ることは出来ない。そうなれば次こそは宿屋の客となる必要がある。


宿屋に戻った俺の耳に入った声はニアの声ではなく、野太い男の怒鳴り声であった。


「おいゴラァ、お客様が来てやってんだ! さっさと料理と酒出しやがれ! ちっ、全く使えねぇガキだぜ」


怒鳴り声を響かせる男は丸テーブルに足を乗せる。その拍子にテーブルの上に置いてあった花瓶が無残にも床に落ち、割れてしまった。


「それにしてもつまんねぇ町でしたね。何もねぇド田舎って感じッスよね」


同じテーブルに着いている小太りの男が悪態をつく。そんな中ニアはと言うと、調理場で体が小刻みに震えながら、両眼に涙を浮かべながら料理をしている。


「あぁん? なんだテメェは?」


俺の足は自然と男たちの元へと歩を進める。俺を見る男たちはなんとも不愉快そうな表情を浮かべる。


「いや、せっかくの宿屋の食堂に害虫が湧いてる見たいだからちょっと駆除しようかと思って」


即座に凄みを増した睨みを利かせたのはテーブルの上に足を置いた男だ。もう一人の男はと言うと。


「兄貴! ここ害虫がいるらしいですぜ!」


などと俺の言葉をそのままの意味で受け取っているようだ。


「お前は黙ってろ。ガキ、この俺に喧嘩売ってんのか?」


「先に俺の知り合いに喧嘩売ったのはそっちだろ?」


男は椅子から立ち上がり俺の前に立つ。俺より少し背が高い。百八十ぐらいだろうか、軽く見下ろされるのは気分がいいもんじゃないな。


俺が食堂に入ってからの騒ぎを厨房から覗いているニアは心配そうにしているが、怖くて近寄れないって感じだ。だが、それでいい。荒事にか弱そうな女性を巻き込むのは気が引けるからな。


「なんだ? あの女はテメェの女か? 女のためにのこのこ出てきて、正義の味方気取りか?」


「あぁ、そうだな。なんせ俺はスーパーマンだからな」


「カッコつけてんじゃねぇよ!」


男は腕を大きく振り上げ、拳を作り俺目がけて振り下ろす。その瞬間俺は神技を使った。


俺の神技、超人化はフィンのような目立つ神技ではない。この力は十分間だけ俺のありとあらゆる力を極限まで高めてくれると言うものだ。だから、


「なっなに!?」


俺に向けられた男の腕を掴み、その動きを止める。更に手に力を込めると男は叫び声と共に悶えるように身体をばたつかせる。


「イッ、テェ、おい! テメェ! その手を離しやがれ!」


「じゃあ誓え、今すぐ宿代置いてここから立ち去ると」


「わかった、わかった! 約束する!」


助けを乞う男の言葉を聞き、男の腕を解放する。すると、男は数枚の硬貨をテーブルに叩き付け、舌打ちをし宿屋を出て行く。


「あっ兄貴! 待って下さいよ!」


騒動が収まると、俺はニアの側へと向かった。ニアはその場に座り込んでいる。よっぽど怖い思いをしたのだろう、ヤツらが去った後だと言うのに未だ身体の震えは続いている。


「そのなんだ、大丈夫か?」


「すっすみません、腰が抜けちゃって......」


彼女なりの今できる精一杯の営業スマイルなのだろう。無理に笑顔を作っているのがバレバレだ。だけど、そんな彼女の心配りは俺は嫌いじゃなかった。


「アンタはここで少し休んでな」


「ヒャッ」と驚きの声を漏らす彼女を抱きかかえて近くの椅子へと座らせる。それから俺は割れた花瓶の片付けへ向かう。


「あの、その何から何まで本当にすみません。助けて頂いたばかりか食堂の片付けまで......」


少し落ち着きを取り戻した彼女は片付けを続ける俺に謝罪の弁を述べる。本来ならば両親もこの宿屋にいるはずなのだが、いつもなら定期的に来るはずの食材などが届かなく、街まで取りに行ってるとのことだ。


「別に悪いのはニアさんじゃないだろ。それに可愛い女の子が困ってたら助けるのが男ってもんだ。あと一つだけ教えといてやる、男って奴は女の子にごめんなさいって言われるよりもありがとうって言われる方が嬉しいんだぜ」


俯いていたニアは両手で涙を拭い、先程の無理な笑顔でも、営業スマイルでもない、満面の笑みで俺を見つめる。


「そうですよね、クロウさん、本当にありがとうございます」


その屈託のない笑顔に俺の心が一瞬ときめいたとしても誰も責めることは出来ないだろう。


あぁ、ここにフィンがいなくて本当に良かったと思いながら、俺の片付けは終わりを迎えようとしていた。


「よし、後はこれを」


「それって......」


俺は割れてしまった花瓶の代わりに、今日の日中にカサブランカの花でいっぱいにした花瓶をテーブルの中央に置く。


「いいんですか? この花瓶はフィンさんからの......」


「いいんだよ。多分アイツがここにいたら同じ事してると思うからさ」


困った人を放っておけない性格なのは何も俺だけではない。フィンも放っておけない性格なのだ。


ただアイツの場合は俺の比じゃないけどな。などとフィンの事を想いながら花瓶を見つめる。


「本当、フィンさんから聞いてた通りクロウさんは優し過ぎますね......」


「えっ? 今なんて?」


ニアの呟くように出された声は俺の耳に届くことはなかった。


「なんでもありません。あっ、ちょっといいですか?」


そう言うとニアは花瓶の中に一輪だけ残し、奥へと姿を消した。


「お待たせしました! これどうぞ!」


姿を現したニアの手にはカサブランカの花で作られた花束が持たれていた。


「これをニアさんが?」


「はい、せっかくですのでここに来た思い出として持っていて貰いたいなと思いまして......。後、これもフィンさんからの預かった物です」


「えっ?」


俺の思考回路はフリーズした。花束を受け取った後、フィンが俺に渡したヒントが書かれたカードと同じ形をしたカードを目の前にいるニアが手渡ししてきたのである。


「えっ、なんで!?」


俺は感情のままにニアに質問を投げ付けた。


「すみません、フィンさんから花瓶をカサブランカの花でいっぱいにしてきたらこのカードを渡してくれってお願いされてて......」


申し訳なさからくる謝罪のなのか、ニアは俺の顔を見ることなく頭を下げ続ける。


「まっまぁ、この際細かい事は気にしねぇ。次のヒントは」


『幻の牛肉』


「これだけ?」


思わず出た呟きにニアが慌てて反応した。


「後、このバッチも預かってます」


金色のバッチは牛の顔を象っている。この二つだけでは今一つ答えに辿り着けそうになかったが、幻の牛肉と言葉が関係しそうな街はそうそう多くない。


「次の場所は、食の都クッキンか」

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