プロローグ
「ねぇ、私の事好き?」
俺の隣に座る幼馴染みはうなじ辺りまで伸びている向日葵のような金色の髪をかきあげる。そして、元々俺よりも身長が低いせいなのか、何かを狙っているのか、少し上目遣いで突然問い掛けてきた。自慢でもないが、この幼馴染みは俺の住むスダッド村で随一の美女である。その上、成績優秀、スポーツ万能と完璧超人と言うおまけ付きである。
何が言いたいかと言うとだ、こんな美女に好意を持たない男などいる訳がないと言うことだ。つまりそれは俺も例外ではなく......。
「なっ、きゅっ急に何言ってんだよ!?」
「本当、クロウはわかりやすいね」
馬鹿にされているが、その向けられた笑顔すら愛おしく思える俺はかなりの重症なようだ。
「でもよかった、そうじゃないと始まらないしね」
「えっ?」
「ねぇ、私と追いかけっこしようよ」
「はい?」
彼女の一言一言全てに理解が追い付いていない俺であったが、パニック状態に陥るよりも先に「またか......」と言う感情が湧き上がる。
完璧超人である彼女の唯一の欠点、それこそがこの一般人では到底なし得ないだろう奇行。
彼女の奇行は今に始まった事じゃない。
五歳の頃には、恐ろしい魔物の話を聞かされその生態を知りたいと、魔物の巣に忍び込んだ。
十歳の頃には、村を襲いに来た山賊を一人で追い払い。
十五歳の頃には、世界を見たいと一人で各地を飛び回った......。
「うん? ちょっと待て! 追いかけっこってお前の神技はテレポートだろ! そんな奴に追い付けるわけが無いだろ! 」
神様に選ばれた人間は、神様からの御加護を授かる事が出来る。それは人智を超越した力、神技と呼ばれている。
十五歳の時に神技を授かったフィンは、それをきっかけに文字通り世界を飛び回ったのだ。
「もちろんその事も考えてるわ。追いかけっこのルールはこうよ。
一つ、追いかけっこの範囲はこのオニーゴ大陸の中とする。
一つ、私は神技を使って移動し、その場所に三日間滞在する。
一つ、一回の移動距離は百キロ以内とする。
一つ、滞在した場所には次の場所へのヒントを置いておく。
これでどう?」
どうと言われても、大陸全土を使っての追いかけっこなんて、通常であれば間違いなく不可能である。
だがしかし、俺にはそれを可能にする術がある。それは、
「俺も神技を使っていいのか?」
「もちろんよ。じゃないと、フェアじゃないでしょ」
彼女はこのやり取りすら楽しんでいるかのように、にこやか表情を向ける。
「ルールはわかった。で、それで俺になんのメリットがある?」
「もし掴まえられたら結婚してあげる」
自分自身が景品に相応しいと揺るぎない自信を持つ彼女。
「けっ結婚!? お前本気で言ってるのか?」
さすがに結婚という言葉には驚きを隠しきれない。
「もちろんよ。私は自分で言った事は守るわ」
確かに昔から彼女は有言実行型であり、こうと決めたらとことん突き進むタイプであった。
もうこれはお手上げだなと感じたことが、フィンにも伝わったのか彼女の表情は達成感に満ちていた。
「決まりね。それじゃあ、追いかけっこスター」
「ちょっと待て!」
「もうなによ」
話の腰を折られたのが面白くなかったのか、彼女が少し不貞腐れているのがよく分かる。
「追いかけっこをするのは構わないが、始める前に俺からもルールを追加させてもらう」
「ふぅーん、どんなルールよ?」
「一つ、フィンは追いかけっこの間全てにおいて嘘をつかない。
一つ、フィンは変装や隠れることをしない。
一つ、フィンが滞在する場所は俺も入れる場所とする。
の三つを追加させてもらう」
「なるほどね、まぁいいわ。それじゃあ、改めて追いかけっこスタート! はい、これ最初のヒントよ。頑張って私を捕まえてね」
バイバイと手を振ると、フィンは光に包まれその場から姿を消した。
「はぁー、面倒なことになったな。で、最初のヒントは」
『その町は色とりどりの楽園。しかし、その命は短く、儚い』
「なんだこれ? とりあえず歩きながら考えるか…...。全くとんでもない女を好きになったもんだ」
こうして俺とフィンの結婚を賭けた追いかけっこが始まった。