(5)
雪国の駅だったが、まだ雪が降るにはずいぶん早かった。
駅に降りる客は、俺と麗子さんしかいなかった。駅を出て、駅前のビジネスホテルに入る。
「ご一緒のお部屋でしょうか?」
「別々で」
「あっ……」
俺は駅のカメラ、このビジネスホテルのカメラに映ってしまったことを思い出した。
また、連中が追いかけてくる。
「ほら、部屋の鍵」
俺に部屋の鍵を投げてくる。
俺はそれを受け取り、言う。
「永島さん、明日、早く行動を開始した方がいいです。あちこちカメラに撮られているってことは……」
「……」
俺は目覚めると、急いで麗子さんの部屋に行った。
「ごめんなさい、寝坊しました、急がないと」
「……ああ、いいんじゃないこれくらい」
「何があるか分からないんで。先に飯食ってます」
そう言って、俺は先に食事についた。
鮭の切り身と、納豆とみそ汁とごはん。味付け海苔があって、地元の漬物が添えられている。
よく考えると朝飯をがっつり食うのは久しぶりだ。
「おはよう」
麗子さんがやってきて、向かいに座った。
何も言わずに食べ始める。
「永島さん。今日いくところって」
「ああ、ちょっと調べたんだけど、金型加工の工場みたいね。精度が高いから海外からも注文があるんだって」
「海外って、もし海外だったらどうするんですか?」
麗子さんは、納豆をのせたごはんを口にいれ、そのまま固まった。
しばらくして、からごはんをかみしめはじめ、飲み込んだ。
「肖像権の侵害…… って訳にはいかないのかな?」
「外務省に言ってみるとか?」
「そこまで考えてなかったな。ま、なるようになるでしょ」
そう言うと、またパクパクと朝食を食べ始めた。
「おいしい。民宿に変えて正解だったわね」
そう。
駅前のビジネスホテルは、あまりに監視カメラが多すぎた。少なくとも駅の監視カメラに映っているため、ダークウェブから検索されれば、あっという間に追跡が再開されることが考えられた。
だから観光案内図を見ながら、徒歩で民宿まで移動して泊まった、という訳だ。
食事を終えると、麗子さんが宿泊の支払いを始めた。
俺は働いていないので、今回の費用は全額借りている状態だった。
「タクシーつきましたよ」
俺は麗子さんの荷物も持って、外に出た。
小さな木造の一軒家を出ると、タクシーが待っていた。
麗子さんがドライバーにきく。
「ドライブレコーダーとか積んでないですよね?」
「はい」
念には念を、でカメラ関係がないことを確認してタクシーを選んだのだ。
乗って、住所を伝える。
高速道路のインター近くに工業団地のようなエリアがあって、その一角にその工場があった。
タクシーを降りると、警備員に伝える。
「昨日連絡した永島というものですが」
「ああ、伺ってますよ。ようこそツバメ工場へ」
警備員が軽く帽子を取って会釈すると、内線で総務の人を呼び出した。
しばらく受け付けで待っていると、社員らしき人がやって来た。
社員らしき人は、俺をみて言った。
「こちら、どこか修正が必要でしょうか?」
「?」
俺が、なんと反応していいいか分からず黙っていると、社員らしき人はつづけた。
「永島さんという女性のかた、だと聞いていたのですが」
「俺が?」
麗子さんが胸を押さえて、言った。
「私が永島です」
「えっ?」
社員の方はかなり驚いたようで、事態が把握できていないようだった。
俺もこの反応がわからない。
「……とにかく、応接室へどうぞ。こちらです」
社員の人が先導して部屋に入る。
座って待っていると、女性がコーヒーを持ってきて、去っていった。
周囲が静かになったところで、麗子さんが切り出した。
「私に見覚えがあるんじゃないですか?」
「……えっと」
社員は突然立ち上がり、名刺を出した。
麗子さんも立ち上がって名刺をもらう。
「三条と申します」
「私が永島麗子、こっちは中谷」
「どうぞおかけください」
俺も麗子さんも座った。
「で、どうなんです?」
「……正直、びっくりしました。あなたがオリジナルなんですね」
麗子さんはムッとした顔で言った。
「その言い方、非常に失礼ですよ」
三条さんは頭を下げて謝った。
この人はあのラブドールを見たことある、ということだ。そして、最初は麗子さんをラブドールだと思っていて、途中でこれがオリジナルだ、と見破ったのだ。何が違うんだろう? 俺はそこに興味があった。
「作成途中、何度も連れてやってきて、微細に直したもので」
「ここは金型を作ったところではないのですか?」
「そうですが、そのドールを一緒に連れてきては、『ここが違う』という注文を付けてきまして」
「金型に指摘するんじゃなくて、作り出した形に注文をつけてきた、ということ?」
「確かに、金型側のどこが悪くて、仕上がりに影響しているのかは、慣れないと分からないので、実物を持ってきて指摘する方はいらっしゃいます」
「なるほど」
麗子さんはコーヒーに砂糖を入れ、かき回す。
そしてゆっくり口に運んでから言った。
「私は肖像権の無断使用で、訴えを起こします」
「えっ……」
三条さんはびっくりして口を手で覆った。
そして、落ち着くと手を降ろして話し始めた。
「私どもは肖像権の部分はクリアしているものとして、提供を受けましたので、訴えるのであれば……」
「どうしました?」
また手で口を覆っている。
「私どもは、発注先の秘密を守らなければならないんです」
麗子さんは切り返す。
「そうですか。でればツバメ工場さんを訴えるだけです」
「そ、それは困ります」
「であれば、教えてください。ツバメ工場から聞いたということは秘密にします」
「……」
また手で口を覆い、しばらく考えていた。
「ちょっと相談してきます」
三条さんが応接室を出ていく。
麗子さんは大きく息を吐いた。俺は、周りを見回してからきいた。
「どこが作らせたんでしょうかね」
「どこでもいいわ」
「それと、どこで永島さんを『オリジナルだ』って判断したんでしょうかね」
「永島が女だ、って聞いてたのに、あんたが男だったから、でしょ?」
「……」
俺はそれを否定しなかった。だが、その寸前まで俺が永島だと疑わなかったのだ。男か女か、という事象で判断しているのなら、もっと早く『オリジナル』だと思っていてもおかしくない。
ノックの音がして、三条さんが別の人を連れてやってきた。
「部長の金森です」
「はい、よろしく」
「ほお……」
金森と名乗った部長は、麗子さんをなめるように足の先から頭のてっぺんまで見た。
「確かに、肖像権を無視して作成していたのであれば、本当に申し訳ない」
「ご理解いただけたのなら、ドールの発注元、あのアンドロイドの販売会社。教えてください」
部長は頭を下げ、指を組みながら、間をもった。
そして顔をあげると、言った。
「念書。非常に簡単な念書ですが、この事項を守っていただけるのであれば、お話いたしましょう」
机に紙を置いた。簡単に約束事が書かれている。
つまりは発注元の秘密をばらしたのはツバメ工場だと言わないこと。言った場合は、肖像権の放棄とみなすこと。ということが書かれている。
つまり、発注元を言う代わり、ツバメ工場から聞いたということは隠せということ。ツバメ工場から聞いた、ということになった場合は、肖像権はそもそも破棄され、肖像権によって訴えることはできなくなるよ、ということだ。
「お願いします」
麗子さんはペンをとると、そこにサインした。
「これでいいかしら」
金森さんはうなずくと、麗子さんに耳打ちした。
「えっ」
「よろしくお願いします」
金森部長は、部屋を出て行く。
俺はどうしようと思いながら、手を挙げる。
「どうしました?」
「三条さん、俺も聞きたいことが一つあるんですが」
「なんでしょう」
「俺たちが受付にいた時、急に永島さんのことをオリジナルだ、とわかったじゃないですか。あれはなんですか?」
三条さんは立ち上がった。
そして手招きをするので、応接室の端に行くと耳打ちされた。
「……」
「なるほど」
「なによ、ほら、戻るわよ」
「は、はい。わかりました」
三条さんが言った。
「お帰りですか。工場の見学をしていきませんか」
麗子さんは手を少し上げて、断った。
「私達は急いで帰らないと」
「そうですか。では行きましょうか」
三条さんが、応接室の扉を開けてくれた。