七、二人の交差
だいぶ長いです。
申し訳ないです。
菜月は応接室から出ると、玄関先で会った執事を見つけた。
「ちょっとよろしいかしら」
「はい。お帰りになられますか」
「ええ。着替えたいのだけれど、案内していただけないかしら」
「かしこまりました。先ほど着ていたのはまだ乾いていませんので、違うものでよろしいでしょうか」
「いいわよ」
「では、こちらへ」
執事に案内されたのはさっき着替えた部屋とは違う部屋だった。
服は歩きやすそうな形をした質のよいものが置いてあった。
菜月は着替えると、執事に案内してもらい玄関へ向かった。
「ありがとう。王子様にもよろしく伝えてね」
と執事に言うと菜月は城から出た。
(これからどうしよう。貴さんのところへ行く?いや、今から会いにいったらなんて言われるか…)
菜月は考えがまとまらず、8月の暑い街中をフラフラと歩いた。
すると、大人っぽい綺麗なブローチが並んでいる店を見つけた。
(きれい…。この青いブローチ貴さんがつけたら似合うだろうな…。でも、お金もってないし)
と思いながら菜月がブローチを見ていると店員が来た。
「お客さん、このブローチがほしいのかい?1350ベルだよ」
「いえ、私今お金を持っていないので、眺めてるだけです」
「あら、そうかい。それならとっととおどき。商売の邪魔だよ」
菜月はムッとして店の前からどいて歩き出した。
菜月がチラッと後ろを見ると、若い男の人がさっきまで菜月が見ていたブローチを買っていた。
しばらく街中をブラブラと歩いていたが、暑さで疲れてきて、近くにあったベンチに座った。
ぼーっと座っていたが、ふと、今日の渚のことを思い出した。
渚はどうしてあんなことを言ったのだろう。元々渚は見合いはしているが、結婚はしばらくしないと言っていたのではないだろうか。いや、私はただの遊び女にされたのだから関係ないか。あんだけ 王太子様をバカにしておきながら渚だって同じだ。
「あっ、見つけた」
菜月は上を見た。上にはニコッと笑いかけてくる渚ほどではないが顔の整った男の顔があった。
「あのさー、さっき店で青いブローチ見てただろ?それを買ってさー、あんたに渡そうと思ったらいないからさー、探してたんだよね」
やたらと『さ』を伸ばす男は菜月のひざの上に小さな紙の包をのせた。
「あけてみな」
菜月は男に言われるがままに包を開けた。
「どう?これ?あんたが見てたの?」
菜月はうなずいた。確かにさっき見ていた青いブローチだった。
「ねぇ、あんたさー、おなかすいてない?」
また、うなずく。
「じゃあさー、一緒に昼ごはん食べに行かない?」
今度は、首をふった。
「どうして?」
「お金持ってないから」
「あ、そっか。じゃあ俺がおごってやるよ」
「…ありがと」
菜月は少し考えたが男と一緒に昼食を食べることにした。
時間は少しさかのぼり、菜月が出て行った応接室にて。
渚はだいぶ混乱していた。
まず、自分が振られるとは思ってもみなかった。そして、何故振られたのか分からない。“遊び女”というように言った覚えがない。菜月の中では、恋人=遊び女なのだろうか。
婚約者は無理と言ったから恋人にしたのだが間違っていたのだろうか。
それか、他にそれらしきことを言ってしまったのだろうか。
渚は十分間くらい考えてみたが、分からなかった。
「渚様」
樹利がノックもせずに入ってきた。樹利はニヤッと笑って言った。
「振られましたね。笑いそうになりましたよ」
樹利は応接室にある隠し部屋からすべて聞いていたのだ。
「うるさい」
「“遊び女”とは高千穂様もおっしゃいますね」
「うるさい」
渚はそう言ったあとに、ちょっと真面目の顔になって言った。
「どうしてそう思われたとおもう?」
「知りません」
「そうか…」
「渚様は高千穂様のことがお好きなんですか?」
少し間をあけて渚が言った。
「分からない」
「分からないんですか。それならどうして告白したのですか」
「どうしてだろうな。最初は遊びで『私の婚約者』って言えばいいと言ったんだがな」
「そしたら?」
「『大丈夫か』って聞かれた」
「それから?」
「それから、婚約者とか、恋愛とかの話をしていたら、菜月もいつかは嫁に行くのかなって思った」
「それで?」
「寂しいなって思った」
「だから、告白したんですか」
「だぶんな」
樹利はこれみよがしに溜め息をついた。
「なんだ?」
「なんでもありません。呆れただけです」
渚はあいずちをうたずに、次の言葉を待った。
「いいですか?そんな理由は下町でナンパする男のやつです」
「いや、違う」
「同じです。会ったばかりの女性に『ちょっと可愛いし、今一人になりたくないから声かけよ』とどこが違うんですか」
「………」
「そんなんじゃ振られて当然です。逆にそれで『はい』なんて答えた女の神経を疑いますね」
「…そこまでいうか?」
「事実ですから」
渚は少し考えて、口を開いた。
「どうすればいいんだ?」
「何がですか?」
「菜月のことだ」
「どうしたいんですか」
渚は腕をくんだ。
「…それは…まずは謝りたい」
「謝ってからはどうするんですか」
「どうするって言われてもな…」
「それならダメですね。決まってから行動するべきです」
「…ちょっと部屋で考えてくる」
渚は王城の奥にある自分の部屋に向かった。
ソファに深く座りもう一度考えてみた。
どうして私は菜月に告白したのだろう。菜月と話すことは今までのように権力を使って呼べばすむことだ。
それなら、菜月と他にしたいことがあったのだろうか。
菜月といると楽しい。それは他の女には感じないものだがそれだけで告白までするだろうか。
渚はいくら考えても分からないことに苛立ち、ソファからいきおいよく立った。
時計をみると昼すぎになったことに気づき、ホールに向かった。
「渚様お待ちしておりました。」
そこには樹利が立って給仕をしていた。
「まだ分からん」と言うと、渚は椅子に座った。
「今日の料理は少なめではないか」
いつもの品揃えと大きく違うのをみて渚が言った。
「樹利様のご命令です。ご不満でしたら今すぐおとりかえいたします」
副料理長が言った。
「樹利、どういうことだ?」
「渚様に答えは出せないのではないかと思いまして、微力ながらに手伝わせていただこうかと」
「手伝う?」
「はい。このメニューは高千穂様への事前調査をした者から聞いた、ある日の高千穂様のお食事です。本当でしたらお見合いの日のお食事にしようと思ったのですが、何しろ食材がここら辺では手に入らない ものを使っていたものでして」
「見ただけで食材がわかるのか?」
「何をおっしゃいますか。渚様が指名した調査団の一人がそういう事ができる人なんですよ」
「調査団を指名したのは私だが、選んだのは樹利だ」
「そうでしたっけ?」
しれっとウソぶく樹利を横目でにらんでから渚は料理に目を移した。
料理の素人の渚でも一つ一つのものが丁寧に作られていて、美しいと思うようなものだった。
菜月がこんなものを食べていると思うと特別な味がするような気がするから不思議だ。
渚はいつもより早く食べ終わって席を立とうとすると樹利が渚の前にマフィンと紅茶を置いた。
「渚様、先ほどのと同じマフィンでございます」
渚は樹利に目でどうしてか尋ねたが無視された。
樹利を問いただすきになれず、おとなしく口にマフィンを運んだ。
「どうですか?」
渚がマフィンを飲み込むのを待ってから樹利が言った。
「おいしい」
樹利は聞き方を変えた。
「先ほど、高千穂さまと食べたときと比べてどうですか?」
「味は変わらないけど、なんか物足りない気がする」
渚は正直に答えた。
「それなら大丈夫ですね」
「何がだ」
「いいえ、なんでもありません。渚様、これから高千穂様に会いにいきますか?」
「え?」
「行きますか?」
樹利がもう一度聞いた。
「…行く」
渚は樹利の変わりように驚いたが考えても分からないことは知っているので、うなずいた。
「どこにいるのか分かっているのか」
「渚様のご命令ということで尾行をたのみました」
「そこまで堂々と言われると、注意するきも起きんないな」
「では、いつ出発いたしますか?」
「今すぐだ」
「かしこまりました」
渚はどこかすっきりとした表情でホールから出て行った。
菜月は男と一緒に昼食を食べ終わると席を立った。
「ありがとう。美味しかった」
「だろう?ここは俺が好きな店なんだ」
と男は言って、会計を済ますと菜月の手を握り歩き出した。
菜月は心ここにあらずという状態だった。
菜月は渚がどうして告白してきたかをずっと考えていた。
だから、男に声を掛けられても気づかなかった。
「おーい、聞いてるか?」
男に体をゆさぶられてやっと気づいた。
「えっ?何?」
「あんたさー、悩みごとでもあんの?ずっとこわい顔してるよ」
「えっと…、別に」
「そりゃあねぇだろう?昼飯おごってあげたから恩返しってことで話してみろよ」
菜月は迷ったが、身分さえ言わなければ大丈夫だろうと思ったし、誰かに聞いてほしかった。
「いいけど、場所を移してほしい」
「あいよ」
男は近くにあった店の個室に行き、紅茶を二つ頼むと菜月に話すように促した。
菜月はぽつぽつと渚とのこと――マフィンを食べたときの渚の笑顔や、告白されたことまで――を全て話した。
「ふーん。あんたそんなに渚って奴のこと好きなんだ」
「何を…?渚はきっと私を遊び女くらいにしか」
「でも、あんたは告白されて振ったのに今はそいつのことでそうとう悩んでる。しかもあんた、そいつの話をしている時は笑ってたぜ」
「…」
菜月はしばらく考えてから男に聞いた。
「好きってなに?」
「難しい質問するねぇ。まあ、俺が思うに自分の心の中にずっといるやつってことかな」
菜月はなんとなくだが分かった。
それならきっと自分は渚のことが好きだといえるような気がした。
「ありがとう」
「いいって。ちょっと行きたい所があるんだけどつきあってくれない?」
「いいよ」
男は今度は菜月のてを握ることなく外に出た。
もう4月です。
時間が経つのは早いなと感じます。