五、マフィン
今回は短めです。
菜月がマフィンを食べていた時にノックの音がした。菜月はノックの音を聞いた瞬間に食べていたマフィンを紅茶で押し流し、姿勢を整えた。さっきまでマフィンを頬張っていたとは考えられない程の美しく優雅な姿勢だ。
入ってきたのは王子だった。そうと知った時は菜月は立ちあがり深く一礼した。
「今日はお招きいたしましてありがとうございます。こんな早朝におしかけてしまい申し訳ありません」
「いえ、今日は急に来てもらうことになりましたので、お気づかいなさらず。座ってください」
菜月は座って初めて王子の後ろにいる、王子に劣らないはどの美貌の持ち主がいることを知った。
「高千穂令嬢様、渚王子の専属執事をさせていただいています樹利と申します。」
樹利はそういうと一礼して菜月と王子のカップに紅茶をいれた。王子は一口飲むと話はじめた。
「昨日はあのような会話しかできずにすいません。今日お招きしたのは二人でゆっくりと話したかったものですから」
菜月は少しイラついた。皮肉をこめて、おだやかな微笑を浮かべながら言った。
「まあ、そんなこと思いもしませんでした。それなら、昨日おっしゃってくだされば予定がない日に話すことができたのに…」
菜月の思ったことは
(別に私はあんたとゆっくり話したいなんて思ってもないの、なんでよりにもよって今日なのよ) というところだろう。
「それは、 それは。 気が回らずにすいません。でも、高千穂令嬢は私に言いたいことがあってきたのでしょう?」
菜月はハッとした。ここに来た目的を忘れるところだったのだ。
「はい」
菜月は背筋を伸ばしていった。
「王子様、先日のお見合いの席で無礼な行いをしてしまい申し訳ありませんでした。私は、母に必ず王子様のお許しをもらってから帰るようにという命を受けたため、王子様にお会いいたすために参りました。王子様、お許しを頂けないでしょうか」
「私にも非がありますから」
王子も背筋を伸ばし、厳かに言った。
「高千穂令嬢、先日私に無礼を働いたことについては不問とします」
菜月は一礼して感謝を述べた。
「ありがとうございます。王子様の寛大な措置に感謝いたします」
「いや、先ほども言ったが私にも非があるといえばある。それよりも、高千穂令嬢はもう少しここでお茶をしないか」
「いえ、そこまでお邪魔するわけにはまいりません」
「いいではないか。 樹利、 この後の予定は?」
「午前11時より、 高科公爵と王太子様が例の案件について話し合うので渚様も来ていただくようにとのことです」
「あー、 あの兄上が惚れたというのが高科公爵の娘だったという話しだろう?兄上は一年中誰かに惚れているんだがな」
「いかがいたしましょう?」
樹利は渚が断るのか聞いた。
「ああ、そんなつまらない話はうんざりだからな。 理由はカマール国の公爵と話すため
とでも言っておけ。 あながち嘘でもないだろう」
「かしこまりました」
菜月は驚いたが、気を取り直していった。
「私のために王太子様との約束を破るわけにはいきません 」
「高千穂令嬢、 これはあなたのためではない。 私のためなのだ」
「しかし」
渚の目が鋭く光った。
「あの、 では私の迎えが来るまではお邪魔させていただきます」
「良かった。では、 新しい紅茶を運ばせよう。もう冷めてしまったからな」
「樹利、もう下がってよい。 高科公爵によろしく伝えてくれ」
「かしこまりました」
樹利が退室し、 王子は紅茶とクッキーを持ってきた侍女に人払いを命じた。
「お前、樹利のことが好きなのか?」
「何をおしゃっているのですか」
「いや、最初にガン見していたからな。あと、かたくるしいのはなしだ」
菜月は今さら王子に取り繕っても意味がないと開き直って砕けた口調で言った。
「それは、樹利さんは王子様と同じくらい綺麗だったから」
「ああ、それでか。樹利は私が信頼している唯一の人だ」
王子の言葉の端から、樹利への信頼の厚さを感じた。
「それはいい人なんだね。…あのさ」
菜月は少しためらいをみせた。
「なんだ?」
「…いやなんでもない」
「気持ち悪いから言え」
菜月はこんなこと聞いていいのかと頭によぎったが、口を開いた。
「…王太子様はどんな人なの?王子様との仲は?」
「王子様じゃなくて、渚と呼んでくれ」
王子は菜月の話を無視して言った。
「それなら私のことも『お前』じゃなくて『菜月』と呼んで」
菜月は無視されたことに苛立ち、少しぶっきらぼうに言った。
「分かった。菜月」
「う゛っ」
菜月は危うく紅茶をふき出すところだった。
「…本気でいってるの?」
「本気じゃなかったらなんなんだ?」
「冗談かと思ったから」
王子――いや、渚は心外だというような目を菜月に向けた。
次回はもう少し長くなります。