私、悪霊だって言ってるでしょ! 大災害
「ふっふっふ。はーはっはっはーっ!!」
どうも、南王子 未来と言います。この異世界に無理矢理召喚された挙句、勇者として魔王を倒した暁は帰してやろうという口車に乗ったのが運の尽き。あんまり強い私に恐れを成して、あのクソ国王、犯罪者として指名手配しやがった。逃げて逃げて、結局誤って毒物を口にしてしまって死にました。憎悪の念で悪霊として蘇った私は、当然、国王含め、国の中心人物を呪い殺してしまったのだが、なぜか、当時は革命中で、私は民衆の為に力を振るった『守り神』扱いされてしまった。
『守り神』扱いは、この世界への復讐を考える私の心境的な不満もあるけど、何よりも『守り神』扱いを受けると悪霊としての力が失われるのが困る。おかげで、最後に呪いを使ってから、既に100年近く経っている。
だが、それも今日までのことだ!
「ふふふ。はーっはっはっはっはっ!!」
私は高笑いを上げる。ようやく、この世界に復讐できる。私の心は大変に晴れやかだった。ここ数日の空模様も、ずっと晴れが続いていて、まるで私を祝福してくれるようだった。この世界のものに祝福されるなんていつもだったら死んでも嫌だったが、今日ばかりは喜びが先走った。
今、私の神社にある本殿の中には幾つもの藁でできた人形がある。いわゆる『呪いの藁人形』だ。これを見たとき、西洋風のこの世界でもこれがあるのかと、少し関心したのを覚えている。
この神社の外に出られない私はよく分からないが、現在この街では大規模な天変地異が起こっていて、心の余裕が無くなった人の一部がこうして呪いの藁人形をこの社に打ちに来るのだ。私は通常物質に触れられないが、こうした強い念を持つ物には時々触れる事が出来る。私は打たれた藁人形をこの社の内部に集めて、その力を利用しようと考えたのだ。
結果から言えば、それは正解だった。毎回呪いの思念に侵されて激痛が走るが、そのかいあって、藁人形の持つ呪いの力を取り込むことで私の悪霊としての力は大幅に上がった。何故か、途中からは手に入らなくなったが、既に十分な量は集まっている。前回は僅かな力で使い方を間違ってしまったから、上手くいかなかったが、今回は違う。
私はこの強力な力を使い、ただでさえ弱っているこの街に大嵐を呼び、止めを刺すのだ。それでこの街の者も私の力に恐れ戦くだろう。
「くくくっ、はーはっはっはー!!」
街は無残に壊されていた。数日前、巨大な大嵐がどこからとも無く現れ、強力な暴風と大量の水でこの地の物をみんな洗い流したからだ。
だというのに、この街を歩く全ての者の表情は明るい。旅人は不思議に思って聞いた。
「なあ、お前さん。どうして、ここの者は家や店が壊されて笑っとるんだい?」
住人の男は笑って、こう言った。
「なあに。家が壊れたから笑っとるんじゃない。それ以上に喜ばしいことがあったから笑っとるんだよ」
「ほっほう? しかし、家が壊れても良いほどの嬉しいこととは、何じゃろうな? ワシには、ちぃと分からんて」
旅人にとっては家や店を失うというのに匹敵する喜びというのが分からない。いや、自分はある意味、家を捨てて、旅路にある美しい世界を楽しんでいるのだから、自分は持っているといっていいのかもしれない。けれど、それは少数の意見だというのは分かっていたし、皆が皆、明るい顔をしている理由にはならない。
そんな旅人の困惑に、住人の男は笑った。
「まあ、それはここに居なきゃ分からんよな。実はな、こんなことがあったんじゃ」
しみじみと思い出すように、男は話し始める。
「ここ何年か、この街では天変地異が起こっていたのじゃ」
それは旅人も聞く所だった。飢饉に大日照りに、大地震。首都であるこの街の大惨事は、この国の者なら誰でも耳にしたことのある話しだろう。
「特に直近では、大日照りが酷かった。それに繋がる形で作物は枯れちまうし、川は枯れちまう。俺はぁ、もう終わりだと思ったね」
それでも、子供の病気を治すまでは街を出れなかったと男は言う。本当に泥水を啜って生きる羽目になったと、苦く笑う。
「そいつはぁ……大変だったな。よくも、頑張ったのぉ」
旅人は神妙な顔をして、頷く。しかし、旅人の脳内では、上手くその姿も苦痛も再現出来なかった。
「まあなぁ、正直な話な。俺はぁこの町の『守り神』を信じていたクチだが、今回、ずっと続く天災に信じきれなくなったんだよ。こんなに苦しいのに、何故助けてくれない、ってね」
「そいつは……仕方ないんじゃないのかねえ」
旅人の言葉に、男は苦笑する。
「そうなぁ。仕方ないのかもしれん。けど、それじゃ駄目だったんだなあ……」
男は遠い目をした。
「俺はなぁ、『守り神』様を信じ切れんなって、自分の苦しさとか憎しみとかを誰かにぶつけようとしたんじゃ」
旅人は目を見張る。その反応を見て、けれど、言葉を留めずに言う。
「勿論、直接では、無い。人形に呪いを掛けて、苦しめようとしたんじゃ。誰かは分からんが、誰かにこの苦しみを擦り付けたかった」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
黙ってしまった旅人に、もう目も向けずに男は離し続ける。
「そんで、藁人形を持って、『守り神』様のいる森に入ってったんじゃ。そこで、釘を打ち付けて呪いをかけてやろうと…………」
その時のことを悔やむように、男は苦々しい表情を浮かべる。旅人は、もう何も言わず聞いている。
「だがな、そこで見たんだよ。『守り神』様を。見間違いかもしれん。でも、俺はそれを見たと信じている。『守り神』様は小さな少女の姿をしていた。それで…………おそらく、俺と同じような奴がおったんじゃな。俺が持ってきたような藁の人形を木から剥がして、じっと何かに耐えるようにそれを眺めていた。そして、それを本殿の中に持ち込んだ。俺はその後を追って本殿の中を覗ける所まで行ったんじゃな……」
そして、男は大きく息を吐いた。
「……本殿の中には無数の藁人形があった。そして、その全てがどす黒い色をしていたように、俺は見えた」
「どす黒く?」
旅人は首を傾げた。
「あぁ、そうだ。いや、あれは人形が黒かったんじゃ無くって、周りに黒いもやが出ていたんだと思う。多分、あれが呪いなんだと思う……」
「そんじゃあ、何だ? その『守り神』様はそんな呪いの人形を持って何をしてたっていうんじゃ?」
旅人は不思議そうに首を傾げた。それから、思いついたように、
「そうか、本当は『守り神』様が呪いの力を使って、天変地異を起こしていた。そして、あんたが『守り神』様……いや『怨霊』を倒した。だから、これ以上天災は起こらないとみて、皆笑っているんじゃな!」
旅人は得意そうに推理して見せた。しかし、男はそれに首を横に振ってみせる。旅人は機嫌を損ねたようで、男に多少荒く聞いてくる。
「なら、一体なんじゃというんじゃ? 『守り神』様はそこで何をしていたんだというんじゃ?」
男は泣き出しそうな顔で言った。
「恐らく……呪いを吸い出していたんだと思うとる。実際、あの黒いもやは、『守り神』様が持った途端彼女の方へ吸い込まれるようにして消えていったからのう……」
「そんなら、わしの考えでいいんじゃねえか?」
旅人は不機嫌そうに鼻息を荒くする。男は苦笑する。
「いや、まだ続きがあるんじゃ。『守り神』様はそのもやを吸った後、突然苦しみだし、倒れたんじゃ。仮に天変地異を起こしたのが『守り神』様じゃとして、わざわざそんな苦しんでまでやるかのう?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「俺はなぁ、『守り神』様が人に向う筈だった『呪い』を代わりに受けてくれたもんだと思っちょる。『守り神』様は何度も何度も苦しみながら、『呪い』を受け止めておられた。でも、そうした、俺みたいな人間の、『人間の悪意』を受け止めるので精一杯で、天変地異の方まで助ける力を持てなかったんじゃないかと思っちょる」
旅人は何と言っていいのか、悩んでしまった。冗談の類かとも思ったが、こんな大変な時にわざわざこんな手の込んだ冗談をするだろうか。それにこの男の表情は全く真剣で、噓を言っているようには見えないのだ。
「俺はぁ、自分が恥ずかしくなったんじゃ。『守り神』様は身を挺して俺達を助けようとしてくださった。でも、俺は自分の出来ることもせず、自分の痛みを他人に押し付けようとしたんじゃ。でも、『守り神』様を見て変わりたいと思った。だから、俺は自分の出来ることを全力でやったんじゃ」
「朝早くから井戸を堀り、遠くの街まで食料を買い付けに行き、それに『守り神』様の所に打たれた呪いの藁人形は全て俺が回収したんじゃ。これ以上、人の悪意で『守り神』様を傷つけたくなかったからのう……それに人間に解決できることは人間の手で行われるべきじゃ」
男は瞳を上げた。その目には先ほどまでと違い力が宿っている。
「そうしたら、見てみい。この状態」
男の指差すほうには、氾濫した川に飲まれた家がある。
「うまくいかんかったちゅうことか?」
しかし、それでは、話しが続かないだろう。旅人は首を傾げた。
「違うわ。よう見てみい。あれが先に言ってた枯れた川じゃ」
男の言葉に、旅人は驚愕の表情を見せた。あのごうごうとうねりを上げている川が、枯れていたのだと。到底、旅人には信じられなかった。
「多分じゃが、『守り神』様がやってくださったのじゃ。確かに家も壊れたし、復興するのは大変じゃ。けれども、大量の雨が注いで川に水が戻り、水不足で死んだ畑も少しずつ芽が生え始めている。……『守り神』様はな、慈悲深いお方じゃ。信心を忘れ、人を傷つける事を覚えた我らを見捨てず、一人傷を負いながらも私達を救ってくださった。『守り神様』は我らを見捨てたのではなく、我らが信心を失ったから、手を差し伸べる力を失ったのだと、俺は思うちょる」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
旅人はしばらく何も言えなかった。そんな馬鹿なと思う反面で、そういう事もあるんじゃないかと思うところもある。しばらく、言うべき言葉を捜してからややあって口を開いた。
「……そうじゃったら、『守り神』様には感謝しなければな」
男はその言葉に満足げに頷き、家を建て直さなければならないからと、旅人に別れを告げた。
旅人はしばし、放心していたが、折角なのでその『守り神』の社へと向った。さっき語られた内容が事実でも事実で無くとも、一度見てみたい気持ちにさせられたのだ。
旅人は深い森を抜け、『守り神』様の神域に入りかかる。そこで旅人は思わず足を止めた。そこには、明らかに人とは違う存在が立っていた。旅人は直感で、それが男の言っていた『守り神』様なのだと分かった。彼女は、旅人には気付いてないようで、じっと街の様子を眺めていた。そして、そのまま動かない。
どこか神秘的と言えるその立ち姿に、旅人は目を離せなかった。特に、この世界に存在しない黒い髪は旅人の興味をえらく引き付けた。そして、旅人はこう決定付けた。
黒い髪など初めて見た。しかし、あれは元々の髪色ではあるまい。男の話す『呪い』のもやは黒色だと言っていた。ならば、呪いをその身で防ぐことでその髪の色までもが変わってしまったのではないか、と。
しかし、どこか目の前の事態を信じきれない思いもあった。しかし、それも『守り神』様の発した次の言葉に霧散する。
「良かった……ちゃんと生き延びてくれた……」
『守り神』様は、心底安心したような、ほっとした表情を見せた。それを見て、旅人は男の言うことが正しかったのだと、遂に心からに理解した。『守り神』様は、未曾有の水不足から人を救う為、嵐を呼び寄せた。しかし、人々を救う為とはいえ、この嵐で人々が死んでしまわないかずっと気に病んでいたのだろう。だからこそ、こうして無事に嵐を乗りきり精力的に働く人々の姿を見てようやく安心する事が出来たのだ。
神の力というのは、それほど融通の効くものでは無いらしい。それは、水を呼ぶのに嵐を呼び、人の作った呪いを止める為に自身の身体で受け止めるなど、これまで旅人が知っていた『万能の神』のイメージとは、全く異なる。
しかし、それがどうだと言うのだろう。信仰を失い、あまつさえ呪いなぞに手を出した人々をその身で守ろうとし、人々を救う為に嵐を呼び、けれど、それで人々が傷つく事を心配して心を痛める。その心のなんと純粋で慈悲深いものだろう。
旅人はこれまで、神への信仰さえ忘れなければ、万能の神が我々を救って下さるのだと思っていた。しいあし、今回の事でその認識は大きく変わる事になった。
神は我々が思うような万能の存在では無かった。しかし、彼らは日々我々の心に寄り添い、心を砕きながら、我々の為に出来うる力を振るっって下さる。であるならば、我々こそが日々努力して生きるべきなのだ。でなければ、あれほど我々の為に力を尽くして下さる神様に申し訳が立たない。
旅人がそんな事を思っている間に、『守り神』様の姿は見当たらなくなっていた。旅人は、どこか清々しい心持ちで、旅人らしく再び旅を始めた。
旅人はこの事を旅の途中、至る所で話しては聞かせた。やがて、自らの髪の色が変わるほど、身を持って人々を守り続けた優しき神の話は国中のどこにいても耳に届くまでになった。一方でそれを信じようともしない人々も居たが、常識を外れる程に急速に復興していく街の様子を見て「これは神の御加護がなければこうはなるまい」と心を入れ換えた。そして、そうした神の優しさに報いるべく多くの人々が日々の中で努力し始めた。
始めに神の姿を見た、あの男がその筆頭である。彼は復興の要になり、この街の急速な復興に大きく寄与した。その功績を認められ爵位を王より賜ったが彼はそれに驕ることなく、『守り神』への感謝と尊敬の念を一時として忘れる事なく、生涯に渡って勤勉に働き続けた。
そうした彼の態度が、『守り神』様への信仰に繋がってゆくのだが、それはまた別の話である。
私は、無残にも大嵐によって崩壊した街を見ていた。大災害の直後だからか、大勢の人間が慌ただしく動いている。
「良かった……ちゃんと生き延びてくれた……」
私は安堵の息を吐く。本来なら、この大嵐で街の全てが水の底に沈む事を望むところだが、事情により、今はまだ生き残りがいてもらわなくては困る。
私の『悪霊』としての力は、私自身の怨念と、周りから『悪霊』だと認知されることで、増える。それ故に、ここにいる全ての人が死ねば、『悪霊』としての力を得る事が難しくなる。だからこそ、大災害によって街を破滅に追い込みはしたものの、生き残って私に力を貢いでもらわなくてはいけないのだ。無論、再び力を取り戻した暁には、当然皆殺しにしてやるがな。はーっはっはっはー!!
しかし、この計画も失敗に終わることになる。あれから数ヶ月、今日も私の前には、一人の男がいる。その男は涙を流し、頭を垂れてしきりに手を合わせている。
「『守り神』様のお陰で、この街に水が戻りました。このご恩は、生涯絶対に忘れません。ありがとうございます。ありがとうございます」
「だから! 私、悪霊だって言ってるでしょぉーーーーっっ!!!!」
『悪霊』の悲痛な叫びは、誰にも届かない………………。