青春インデックス
第1章 満たされた時やっぱり...
今年から田舎の中学を卒業し、春から少し都会の高校に通う。それと同時に、一人暮らしもスタート。沢山のアパートの中で、一番安いからって決めたアパートに引っ越す日がきた。書類などは、俺が未成年だから親が手続きしてくれた。しかも、親戚の人が管理するアパートらしく、かなり安い。後は、田舎から離れられたことが最高。新しく始まる高校生活が、待ち遠しい。
「今日から新しい生活がはじまるんだなー。もう荷物は持っててもらってるから後はアパートに行くだけか」一人暮らしに憧れて、3年ついに、念願の一人暮らしが始まると思うと、テンションが上がってしまう。飛躍する気持ちを抑え、手書きの地図に視線をおくる。
「なんだよこれー!!買い物のメモじゃねーかよ!!どうすんだよコレー!」生活が始まる前に路頭に迷うという結果になってしまう。それだけは回避しようと、考えを巡らせる。巡らせた所で、何も出てこず、とりあえず歩いて探すことにした。
「たしか、ナミダ荘って名前のアパートだったなー。聞いてみるか」ここから何回聞いたんだろ...色んな人に聞いたが知ってる人がいない。もう日が落ち始めている。途方に暮れている俺の前を同じ歳ぐらいの女の子が通る。髪は黒色で顔が見えないほどの前髪の女の子。一か八かの勝負で、声をかける。
「すみません...ナミダ荘っていうアパートに行きたいんですけど、道に迷ってしまい、困っていて...もし、ご存知でしたら、教えて頂きたいのですが...」ダメかと思った時、女の子は言葉をかみながら、
「わ、わ、私、ししし、知ってままます。あああ案内、しまましょしょうか」彼女は俺の前を歩き、道を教えてくれる。時折俺の方を確認しては歩き出す。20分ぐらい歩いた頃、彼女が告げた。
「こここ、ここででです。」想像では、ボロいアパートを想像してはいたが、それ以上にボロい。住んでる人がいないと思うぐらいボロい。トタンの壁でトタン屋根、窓にはテープがビッシリ。外からの印象は正直に言って最悪。家賃が安いわけだ。ふと思い出す。
「一也!着いたら大家さんに電話するのよ!」俺が家を出る時、母さんに、耳にタコができるぐらい言われた事がふと過る。
「電話しないと...」プルプルプルプル、プルプルプルプル、俺が電話をかけるとほぼ同時に彼女の携帯電話が鳴る。電話を切ると、彼女の電話の音も消える。もう一度かけると、彼女の電話も鳴る。切ると音も消える。もしかして、と思い彼女に声をかける。
「あのー大家さんですか?俺、今日からここに住む事になった、桐谷 和也 です...」そうだったという動きをして、彼女は言う。
「わわ私、ここココのおお大家をしししてます。たた立花 涙 と申しままます!かか一也さんのへへお部屋は、私のとととなりの、203番のおおお部屋です。な何かああったら、きき気軽にここ声をかけて、くく下さい」そういうと、彼女は韋駄天の如く、階段を駆け上がり自分の部屋へ走っていった。俺も年期の入った階段を登り、これから自分の家になる部屋の前に立つ。ドアノブに手をかけ、ゆっくり回す。
ガチャ
目に飛び込んできたのは、外見とは真逆の内装だった。綺麗な部屋の隅に家具とダンボールの山が、聳え立つ。家電製品などアパートのがあり、買わなくて済む事に、ホッとする。体力の限界と空腹に耐え、山の片付けを開始。家具の配置を決め、段ボールの中の思い出をソッと押入れにしまう。空いた段ボールは潰してビニール紐で縛り、キッチンの隅へ。今までは、ほとんど親がやっていた事が、これからは自分でやらないといけないと思うと、憂鬱な気分になる。しかし、感謝の気持ちも込み上げてきた...
片付け始めて半分頃インターホンが鳴り響く。出るとそこには、涙さん。
「ゆ夕食、ままだですよね。よよかったら、ど、どどどうぞ」俺に夕食を作って、持ってきたらしい。いい匂いが部屋に広がり、部屋を満たしていく、この匂いは多分、肉じゃがと味噌汁だ。匂い嗅ぎ、忘れていた空腹が蘇る。腹の音がイビキのように鳴り始めた。それをきき彼女が俺の部屋から出ようとしたので、俺は言った。
「あのー今日はありがとうございました。これから、よろしくお願いします。」彼女はペコリと頭を下げ、部屋を出て行く。彼女の歩く音が隣から聞こえ、なぜか落ち着く。この土日が終われば、新しい学校生活が始まる期待と不安を、胸に抱きながらも、夕食を食べ、床につく。
鳥の鳴き声が窓の外から聞こえてくる。まだ、肌寒い、初春の朝。俺は、目が覚めた。片付けは6割ほど終わっており、明後日の学校は大丈夫そうだ。中庭の方から声が聞こえる。
「ムーさん、今日もかわいいね」デブ猫と戯れる髪を結んだ女の子、猫は喉を鳴らし、彼女に擦り寄る。視線を感じたのか彼女は、俺の方に振り向いた。その瞬間、雷にうたれたように、ビリビリ全身が震える。その女の子は吸い込まれそうになるくらい綺麗な瞳と、綺麗で長い黒髪をなびかせた。俺と目が合うとすぐに、視界から走って消えて行く。それ以来、俺はその女の子の事が気になるように、なった。これが一目惚れというものか、これが恋か、心臓が動くのが良くわかる。
俺の恋が始まった。
だが、その子の名前も知らない、だけど、彼女はここ、ナミダ荘に住んでいる事はたしかな事実だった。いつか、出逢えると思い、俺は出掛ける準備をする。呼び鈴が鳴った。扉を開けるとそこには、さっきの女の子だった。喜びの気持ちが吹き出そうになるが、ソッと蓋をする。そして、挨拶。
「初めまして、昨日からここで住むことになった、桐谷 一也 と申します。是非、仲良くして欲しいです!あのーお名前は...」困った表情で、彼女は答えた。
「き昨日も、あ挨拶させて、もももらった!ああの、立花 涙 です。突然きてすみません!むムーさんが、和也さんの部屋に行きたそうだったので!」下に視線をやると、そこにはデブ猫が、警戒しながら座っていた。そんな事より、目の前の女の子が涙さんだという事に、驚きが隠せない。見た目は全く別人、だが、声、話し方が涙さん。本人だと認めるしかない。
彼女を直視できず、汗が滴り落ちた。思い切って、
「今日、この町を案内してくれませんか?」戸惑う彼女は、緊張している俺に優しく言った。
「いい良いですすよ!」今は、彼女の話し方も愛おしく感じる。俺は、改めてこのアパートを選んでよかったと実感した。高揚する気持ちが、今にも弾けそうなる。そんな時、足元にフワッとした感触がするそれと、ズッシリとした重量感。俺の足の甲に座り動こうとしないデブ猫。それを見て笑う涙さん。弾けそうな感情を猫が止めてくれたのかと、思った。猫は俺の顔見るなり、足の甲から降りた。彼女は全ての人を幸せにするような満面の笑みで言った。
「ムーさんって、私以外の人には懐かなくて!でも、一也さんにはこんなに近く寄り添っていて、私本当に嬉しんだー!!」彼女の話し方の硬さがとれ、自然に話す姿は生き生きとしていた。だけど、ハッと我に返り恥ずかしそうに笑う。その顔も良い。
「俺、準備できてます!何時でもいけます!」彼女は徐に束ねていた髪を下ろし、前髪で顔隠す。なんとなく、彼女は周りからの視線を自分に向かないように、意図的に前髪で顔を隠しているように見えた。あっているかはわからないけど、そんな事より今は彼女と仲良くなるのが第一優先。
「か、一也さん、わ私準備できました。ど何処からごご案内したら良いですか?」最初よりは話し方の硬さが取れた彼女。だいぶ、俺に慣れたらしい。俺にとっては、スタート地点立てたということだ。
「やっぱり学校ですかねーたしか...白蘭高校って学校だった思います。涙さんも今年から入学ですか?」心中で、何当たり前の事を聞いてるんだと、自分に一喝する。ハッと空気の変化で我に返った。彼女の周りには黒い靄が見える。思わず、目を擦ってもう一度確認する。黒い靄は見えなかった。気のせいだったのか。ふと彼女は口を開いた。
「ああの、私...1年ダブってて、今年も1年生ななんですよ...ももしかしたら、同じクラスななるかもしれないです。迷惑をかけたらごめんなさい」ダブっていた事は然程驚かないが、涙さんが歳上だということのほうが断然驚きだった。見た目は同じ歳か歳下にしか見えないのに、歳上なんでギャップがあって良いと思う。今年入学する人たちは、涙さんが美少女だと知らない。そして、先輩たちも知らないはず。だから、それは俺の中では好都合、1年が2年のクラスに行ったら、目をつけられそうだし、こんなに可愛くて天使みたいな人と同じクラスで、一緒にお昼なんて食べたら幸せ以外に例えようがない。早く始まれ高校生活。涙さんは俺が知らない町を細かく丁寧に案内してくれた。なんだかデートみたいで、心躍っている。時間が短く、早く感じる程、俺は彼女と素晴らしく楽しい時間を過ごせた。日が沈み、冷え始める。アパートに戻ってきた。彼女と月光が照らす、階段を上る。彼女が部屋へ戻ってしまう前に、どうしても伝えたい事、イヤッ言いたい事がある。
「涙さん!!俺と友達になってください。学校生活を楽しみましょ!!」やっと言えた。最初から付き合ってなんて言えないけど、友達になって涙さんの事をよく知りたい。そして俺の事も知って欲しい。その願望は叶うかはわからないけど、願望を実行に移す事はできる。後は、実行した願望を現実にするため、努力するだけだ。
名前を呼んだ時、彼女は顔を真っ赤にしていた。顔が戻る頃には笑顔に変わっていた。そして、「こちらこそ!!」そう言って、彼女は部屋へ入って行った。高校生活が始まる前に、最初の友達ができた。
友人から始まる恋はきっとある...
月の光が二人を照らした時、二人の距離は縮まる。友達から始まる恋物語。
誰も居ない部屋で静寂に包まれ俺は、目を閉じた。
最初に言っておくが、これは夢だ。
漆黒の闇の中、俺はその世界で座っていた。座っているはずなのに、お腹にズッシリした何かが乗っているような違和感がある。この世界はきっと俺の心を映した世界だと思う。頭上には切れ目があり、光が射しこめる。
その光をみていると自分に足りない何かが満たされる気持ちになる。その光が何かは、全く分からない。だけど、手に入れたい...何故かそう思った。正体は分からないが、温もりを感じる。そしてそれは、近くに存在していると直感している。絶対にこの手で掴みとると決心した。
最初から持っている人も、努力でつかみ取った人も、どちらも憧れた事があったはず、憧れという行為、真意は、その物を見た時、感じた時に生まれる。
漆黒の闇の中、俺は白く輝くその切れ目に目掛けて跳躍。体は宙に舞うように飛ぶ。黒の世界から白く輝く切れ目へ吸い込まれた。
目が覚めた...。
お腹にはデブ猫が寝ていた。玄関は鍵をかけて寝たはずだから、この猫、この体型でベランダから入ってるのかと、驚きながらも身軽な猫だと感心していると、呼び鈴が鳴り響く。そして声が聞こえてた。
ピンポーン「か、一也さん起きてますか?あ、あのー...早く起きないと、入学式に遅れますよ...」そうだった今日は入学式だった。あんなに楽しみにしていた事をわすれるなんて、一生の不覚だ。電光石火の如く仕度をしていく。電光石火と言っても、はたから見たら、少し急いでるようにしか見えない。だけど、自分の中では超スピード。
準備も終わり、外に出た。そこには優しい笑顔があった。例え、前髪で顔が隠れていても、口元は見える。だから彼女が今、笑顔だという事はわかる。急いだ甲斐があり、時計を見ると、少し余裕があった。
「涙さん、お待たせしましたーすいません。行きましょうか」さぁ今日は入学式...。涙さんと同じクラスになれる事を祈る。
途中まで、デブ猫もついてきた。春の匂いを感じながら、二人と一匹で桜並木の歩道を歩いていく。一度通っているはずなのに、何故か、とても新鮮に思えてきた。長い坂を上っていくと、学校があった。沢山の新入生で人混みができている。横で一鳴き、デブ猫は、来た道を戻っていく。
その後ろ姿は、何か目標を達成したかのように、達成感が満ち溢れていた。我が子を送り出したかのように...。
俺の目標と目的は、これからと自分に言い聞かせ、俺は彼女と正門をこえる。掲示板にクラス分けが貼り出されている。そのため、人が集まっていた。人混みで揉みくちゃになるのを避け、遠くから二人はクラス分けを確認する。掲示板を見つめる彼女の横顔は、なぜか赤面だが真剣な気持ちが伺えた。俺も、掲示板に視線を移し自分と涙さんの名前を探す。
一也さんと一緒のクラスになりたいなぁ...。AもBも...Cは?...。なんて思いつつ、名前を探していると、横から視線を感じた。それは、なんとも言えない程優しく、とても暖かい視線。
私、顔になんかついてるのかな?そんなに見つめられたら、恥ずかしいのに...。なぜか頬が熱くなる。今どんな顔しているかはわからないけど、鏡で見たらきっと、面白い。
D組のクラス分けには...
「あったー!!」
「ありました!!」
二人の声が揃う。
思わず私は、彼と。
思わず俺は、彼女と。
ハイタッチをしていた。
周りは、何事というような目で俺と彼女を見る。死ぬ程恥ずかしいのに、口角が上がってしまう。体と心が別々のように思えた。
本当に恥ずかしいのに、周りの視線が気にならないぐらい嬉しい。私の初めての友達が一緒のクラス。去年は上手く過ごせなかったけど、今年は違う。奇跡が起こった。
俺が涙さんのいるアパートに引っ越しをしてこなかったら、今彼女と一緒に笑うことはできなかったであろう。今までになかった幸運が、幸せが、潤いをなくしていた心に染み渡る。とても満たされる気持ちになった。なぜか、昔に彼女と会っていたような、懐かしく切ない匂いが静かに頬を撫でた。
俺と彼女は、並んで長い廊下をD組目指し、歩く。窓からは、桜並木から花が風になびかせられ、優雅に散る様子が観える。彼女と重なるその光景は背景として、彼女をより一層引き立てていた。
「涙さん、改めて1年間よろしくお願いします。今日からクラスメイトです。一緒に謳歌しましょう。」そんな事を言っているうちに、クラスの扉の前についた。俺は一呼吸置いて、扉に手をかける。ガラーッ!行き良い良く扉開く。強く開けすぎたと後悔はあるが、俺は黒板に席順が貼り出されている見つけ、滑っているかのようになめらかに席を確認し、ポツンポツンと生徒がすわっている間を通る。彼女もその動きついてきた。
俺は、自分の席に腰掛け、一息つく。涙さんは、紙と俺を交互に確認して、顔を茹でたタコのように紅くして近づいてきる。そして、隣に座り、恥ずかしそうに笑う。俺と彼女の間には現実では考えられない何かが、あるのかもしれない。それが赤い糸だったらと願うも、自分で掴み取ると決意し、ガッツポーズ...。
どうしよう...一也さんの隣だ...こんな事あるんだなーなんか恥ずかしいな...私が隣で合ってるかな。やっぱり隣だよね。早く座らないと...。
一也さんと目が合った。恥ずかしいよー。
また、奇跡が起こった。
そんなかんだで、入学初日が終わり、下校時間が近づいてくる。荷物を鞄に入れながら俺は、彼女に声をかけた。
「涙さん、一緒に帰りませんか?嫌だったら無理にとは言いません。」自分の中では、かなり積極的だと思うが、断られたらって考えると逆さ吊りで洗濯機に入れられる程の恐怖と苦しみ。その負の考えにそっと蓋をのせて、心の引き出しにしまう。そして、俺は彼女の返答待った。
「いいですよ。わ、私、スーパーに寄りたいんですいいですか?夕食の買い出ししないと...。」彼女に背を向け、思わずガッツポーズ。振り返ると、彼女は微笑んでいた。
鞄を持ち、二人は帰路へ歩を進める。
正面玄関を超え、校門を超え、二人は見慣れた桜並木の歩道を歩く。何故か、緊張が解れたかのように身体が軽くなった。「ニャーオッ!」頭上から、呼び止めるように聞こえる猫の声。何故かその、強くて野太い声に聞き覚えがある。声のする方へ俺は目線を変えた。
そこには、デブ猫が今にも跳びそうに構え、こちらを見ている。目が合う。大きなボールのような体を弾ませ、揺らし、見た目とは裏腹にデブ猫は大の字で青空を跳ぶ。この時俺は、咄嗟に両手を広げていた。
デブ猫をキャッチしかけた時、前から何かが突っ込んできていることに気づく。ドンッ!!不意の突進で体勢が崩れ俺は、何かを抱きしめる。ふわっとしていて、なんとも言えない落ち着く優しい匂い。懐かしい匂いに包まれ、俺はアスファルトに吸い込まれるように倒れた。徐々に、徐々に、衝撃により閉じていた瞳を開いていく。そこには、顔を赤くして瞳を閉じる彼女、太々しい表情でドヤ顔をするデブ猫。一人と一匹が俺の胸の中にいた。
「涙さん大丈夫ですか!?怪我は?痛いとこは?」俺は、彼女の身体を見渡し、擦りむいてがないか、青くなってないか青ざめた表情で確認する。ぶあっと、冷たい汗が全身から出て、俺の身体を冷やす。パニックで我を失いかけたその時、彼女の瞳がゆっくりと開いた。
彼女は体勢を直して、俺を見つめて優しく微笑む。我に戻り、体少し暖かくなる。
「和也さん。大丈夫ですよ。和也さんが守ってくれたから、無傷です。私の事より、和也さんの方が痛そう...。あっ、よかったらこれ使ってください。」そういうと、彼女は綺麗に整理された鞄から無地のポシェットを取り出し、中から消毒と絆創膏を手に取った。小さな手で、俺の手に触れる。柔らかく暖かいその手で、俺のキズを手当て...。外側も、内側も...。
何故か満たされる。ジンジン痺れるように痛みを感じながら、温もりを感じやっぱり彼女が好きなんだとわかった...。