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空の上の鯨  作者: 大塚束紗
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 駅前の近くの喫茶店で、僕の目の前に座った南杏佳は、頼んだワッフルケーキをフォークでほおばりながら、僕への当てつけのつもりか、それとも単純に美味しいのか、口の中をもぐもぐとさせ食べていた。


 そんな、彼女の仕草を見ていると、どことなく落ち着く。シロップを絡めたケーキを口に運ぶたびに、彼女の表情は満足しきった様子で、とろとろに、とろけてしまうのだ。


「ここのワッフルケーキ、とっても美味しいよ!ほっぺたが、とろけ落ちちゃいそうだよ!」


 本当に彼女のほっぺたが、落ちてしまいそうなのはさておき、なぜ僕は、こうやって彼女と一緒に、喫茶店なんかにいるのだろうか?


 そう思いながら、僕は、頼んだコーヒーを口にしようとすると、


「湊君もどう?あーん」


 彼女は突然そう言って、フォークに刺さったワッフルケーキを僕の口元に運ぼうとした。


 グフゥ!


 突然の彼女の行動に、含んでいたコーヒーを半分噴き出した。


「汚いなー。大丈夫?」


 彼女はそう言うが、全然心配しているという様子もなく、どちらかと言えば楽しそうにする。


 今のは、決して僕が悪い訳ではない。突然そんな恋人みたいなことをされたら、普通、男の反応というものはこんなものだろう。それに、第一彼女とは恋人でも何でもない。


 僕は、自分に何度も落ち着けと言い聞かせた。そもそもなぜ、彼女とデートみたいなことをしているのかと言うと、放課後、彼女が僕に言った『空を自由に泳ぐ鯨の存在……』だった。僕は、その真意を彼女に聞くためにいるのだ。


「ん~。ケーキ美味しい~!」


 しかし、そんな彼女から謎めいた言葉を聞いたのは一瞬だけで、それからというものの、ゲームセンターだったり、ショッピング、カラオケと、今日一日さんざん彼女につき合わされた。


さらに言えば、たった今、夕食と称して、こうやって彼女はワッフルケーキをおいしそうにほおばっている。よく考えてみたら、僕は鯨の話で、彼女に弄ばれている気もしなくはない。


「さぁ~次はどこに遊びに行く?バッティングセンター?ボウリング?それともまたゲームセンタ―で再挑戦する?」


 どこからそんな元気が湧いてくるのだろうと、思いながらも僕は冷静を装った。


「あのさ……こんな時間だし、そろそろ帰らなくってもいいの?ご両親、心配しない?」


 喫茶店の時計を見る。時間は午後の八時過ぎ。制服姿で高校生が、遊んいい時間までのタイムリミットはもう始まっていた。


「え?私の両親に会いたいの?もう~湊君はせっかちだな~」


 そう言いながら彼女はまた、パクリとワッフルを口に入れる。


「じゃ、なくってこんな時間まで遊んでいて、大丈夫なのかって聞いているの……!」


「ん~おいしい~!」


 って聞いてないし……。


 そんな彼女を見てがくりと首を落とした。正直に言って、彼女には聞きたいことはたくさんある。なぜ、今朝、僕の名前を呼んで泣いたのか?なぜ僕のことを抱きしめたのか?それと、なぜ鯨の話を知っていたのか?


「あ、あのさ!」


 僕が勇気を振り絞ってそう言おうとした瞬間、僕の口に何か放り込まれた。


 パクリッ。


 それは甘くふわふわとした触感。これは、彼女の食べているワッフルのケーキの最後の切れ端だ。


 顔が突然、熱を帯びたように赤くなった。


「その話はさ、ここではしちゃだめだよ……」


 彼女はニッと小さく笑いながらそう言って、僕の口に入っていたフォークをゆっくりと取り、小さな音を立てて前の白い皿に置いた。


「あぁ~おいしかった~。また、一緒に来たいね~」


 僕は口に含んだワッフルをかみ砕く。確かに美味しいが今はそんな場合ではない。


「それにしても、もうこんな時間か~。君の言う通り、そろそろ帰ろうか?」


 そう首を傾げたかと思うと、僕の了解なしで席を立ち上がり、喫茶店の出口へと向かう。「湊君、私もうお金ないから、お支払いよろしく~。シェフには大変おいしかったって伝えておいてくれたまえ」


「はぁ?なんで僕が……!」


 僕はすぐさま席を立つと、彼女はもうすでに店の扉から外に出ていた。


 ああいうのを世間一般では、自分勝手と言うのだろう。彼女はその典型例だ。


 僕は財布を出してレジに向かい、会計を済ます。ワッフルケーキ、一個二千四百円。しかも以外と高い。


 僕が彼女のワッフルケーキ代と自分が頼んだコーヒー代をしぶしぶ店員に渡して、店の扉を開いた。すると


「はいっ!」


と言って彼女の声と共に、僕の傘が手渡された。傘は開いている。


 そうする彼女の表情は、相変わらず太陽のような笑顔でニッと笑っていた。




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