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「外の世界に鯨を捜しに行こう……」
そう言って、病院を抜け出したあの日も、こんなゆったりとした雨が降っていたなと、僕は杏佳と一緒に、この街を見渡せるような展望台に続く石の階段を一段ずつ上っている時にそう思った。
こんな時間に、ここに来る人はいない。
僕達が住む、街全体を見渡すことのできる山の側面の展望台。ここは昔、立派な城が建っていたらしい。
けれど、僕が産まれるずっと前に火事があったみたいで、今は石垣と門だけが残り、街の見える展望台として観光客がたまに訪れる。
「鯨を見つけやすいような見晴らしの良い場所は?」と聞かれて、この場所を提案したのは、当時の僕だった。
こんな場所を、よく病室を抜け出して来ようなんて思ったものだと、今更ながら子供の冒険心というやつには関心してしまう。
あの時と同じように彼女は、僕の少し前を歩きながら、たまに振り返って、僕のことを馬鹿にする。「しっかりしてよ!」とそんな風に。
雨はとっくに止んでいた。もう少ししたら、鯨が空からやってくるのだろう……。
あの頃の僕は、「一緒に上の世界に行こうっ」と言ってくれた彼女対して、どうしてこの世界に残ることを決めたのだろう。
こんな、毎日が憂鬱で、息の詰まりそうな雨が降る、この世界に……。
なぜ、僕のことをこんなにも思ってくた、彼女の声が、聞こえなかったのだろう?
僕は石段を一歩……、また一歩と登るにつれて、そんなことを考えていた。
あの日の僕は、手を差し伸ばす彼女の手を握ることをしなかった。。
たぶん、それは。僕に勇気がなかったからだ。すべてを投げ出して、彼女と一緒に別の世界へ行く勇気が……。
でも、そんな彼女と、ある約束をしたのだけは覚えている。
今は行けないけれども、僕が大きくなったら、また迎えに来て……。
その時も僕は、君のことを、必ず、好きになるから……。