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学校の放課後、人影がだいぶん消えた教室で、俺は湊の机に座りながら、窓の外から見える屋根の付いた連絡通路で、楽しそうに話す湊と杏佳の姿を見る。
普通に見たらカップルのようにも見えるが、あいつは今日の朝、「好きなのか?」と聞いた俺の質問を否定しやがった。
あいつとは、今日はそれっきり話をしていない。別に俺は、あいつら二人のことを妬んでいるわけではない。だが、今のあいつがどう思っているのか、正直分からないでいる。
「あいつら、絶対おかしいよな……」
俺は湊の席に、向かって、落ち込んで顔を伏せている恵にそう言った。こいつもこいつで、朝からずっとこんな調子だ。しかも、帰りに呼び止めたくせに何も話そうとしない。
「何かあったのか……?」
俺がそう聞くと、恵に反応があった。
「……分かるの?」
籠った声で、恵は言う。
「いつからの付き合いだと思ってんだよ?」
「……四年くらい?」
「正確には五年と半年だ。小学生の時に委員会で一緒になってからだろ?」
「そっか……。じゃあさ、私が……」
「ん?」
「私が、湊のこと、ずっと好きだったってことも……知ってるの?」
「知ってる……」
「うぅ……」
言葉を濁す恵。たぶん、恵の信号を気が付かないのはあいつだけだろう。
「お前、何って言われたんだ?あの女に……」
「……私は、湊君が大好き……だって」
「あぁ……」
言葉にならない声が漏れた。
「私、もう分かんないよ……。急に現れて、突然、湊に抱き着いて……。今じゃ恋人みたい。私は、ずっと、ずっと……。湊のことが好きだったのに……!」
恵はもう、泣き出してしまっていた。途中ずつ、言葉を詰まらせて言うこれが、こいつのずっと抱えてきた、誰にも相談できない本音なのだろう。
女の子が目の前で泣いているこんな時に俺は、いったいどうすればいいだろう?
俺は、目の前で失恋に泣く恵を見て、今朝のあいつとの会話を思いだしていた。
それは、いつもへらへらと笑って、一緒に馬鹿していたあいつとの初めての喧嘩。
「……関係ねぇよ……」
湊は、朝から彼女との関係を問い詰めようとする、俺に向かって小さくそう言う。
「聞こえねーよ!」
俺は湊にそう言うと、こいつの両手が震えていることに気が付いた。
「お前には、関係ねーって言ってんだよ!」
心の底を搾り取ったような声だ。正直びびった。
「はぁ?」
「どうせ、お前には言っても信じてくれないだろ!」
俺はたぶん、驚いていたんだ。俺の親友はこんな自分の思いを正直に言えるような奴だったのかと……。
「言わないのなら、信じようがねーよ!」
俺がそう言うと、湊は口を閉ざしたので、さらに言葉を続ける。
「お前って、本当にひどい奴だよな。恵の気持ちも考えずにさ……」
俺がそう言って湊の前から立ち去ろうとすると、
「待てよ……。それってどういう?」
そんなあいつの情けない台詞が聞こえて来た。
「自分で考えろよ、鈍感野郎!」
我ながら俺の捨て台詞も、相当恰好の悪いものだったと思う。
あいつと話したのはそれっきりで、俺はその日は、泣きじゃくる恵を、途中まで送って帰った。たぶん、俺は初めて親友だと思っていたあいつを、嫌いになったと思う。俺と恵の心に傷をつけて、どこかへ行ってしまおうとする、あいつの存在が……。
そんなあいつから、メールが届いたのは、恵と別れた帰り道だった。その内容はどこかの建物の住所。それと、下へ下へとスクロールしていくと、ずうずうしく、『ここに行けばすべてが分かる!』とそんなことが書かれてあった。メールの文面を見て俺は思う。
くそやろう……と。
そして、俺は雨の中を走り出した。